2 私以外私じゃないの

 世の中はどうしてこう理不尽なのかと考えを巡らせながら、教室の左端に位置する自分の机に突っ伏して、教室の真ん中にいるひとりの女を眺めている。


 校則に引っかからないくらいの洒落たショートボブはたぶん毎日丁寧にセットしているっぽいし、制服もきちんと着ているけれど、どこかやはり洒落たというか少し垢抜けた雰囲気がある。化粧はしていないけれど顔にぽっと赤みが差して、おなじ女のわたしから見ても、まあ、かわいいわけではないけれど、スーパーで売っている無名のジャガイモに比べればメークイーンぐらいの感じではある、かもしれないが、やっぱりただのジャガイモかもしれない。


 誰と話すでもなく、休み時間の今ひとりで自習をしているっぽい彼女、あれが他並他得子で、わたしの好きだった男が好きな女で、つまり悪い奴。



 わたしたちは今中学三年生になりたてだけれども、確か中二のはじめくらいだったか、彼女は地元テレビ局のなんたらオーディションに受かって、地元のテレビやら地元のイベントやら地元のなにがしか、とにかく地元のあれやこれやに出るようになった。なんてオーディションだったっけ。次世代ヤングなんたら、どうたら、学校の図書館の隅に置いてある漫画くらい古い言葉が並んでいた気がするけれど、わたしはよく覚えていない。陶芸の有名な町に行ってあの粘土みたいなものを、なんて言ったっけ、ろくろ? あれを回してぐちゃぐちゃにしてたり、気球の世界大会があれば気球に乗ってわーきゃーどーきゃー騒いだり、料理していたり、とにかくそこそこ見かける。


 まわりの大人は彼女を褒めそやすけれど、同じこどものわたしたちからすれば、正直彼女は浮いている。元々彼女は地味で大人しめでアイドルなんてやっているイメージがなかった。クラスのどのグループにも入っていなかったし、けれどそれでスレていたわけでも、いじけていたわけでもなかった。ただひとりだっただけで、ひとりをずっと守っていた。ひとりで十分なんだと声にせず言っている感じがしていた。ひそひそと陰口を言うものがいても、プリントを飛ばされても、彼女は平気な顔でしゃんと立っていた。彼女はひとりで“ちゃんとやっている”と思っていた──アイドルなんかになる前はね。



「みーちゃん睨みすぎだから……」


 きいちゃんが肘でわたしをつついて言う。ちがう、目つきは生まれつきだから。


 わたしは、ひとりでシャンと背筋を伸ばしている人間はそこそこ好きだ。なぜって? わたしがそうじゃないから。わたしは言葉遣いが荒い、ちょっと悪ぶっている、制服だって少し崩して着る。けれどそれをひとりっきりでやるのは、すこしだけ、いや、かなり勇気がいるじゃない。わたしは、はじめひとりでそれをやろうとした。切っ掛けはなんだったかな。何度目かの失恋だったような気がする。髪を少し変にして、制服も変にして、それで教室に入っていったらざわざわされたし、先生からも呼び出されたし、最悪だった。今まで仲の良かった──たとえばめぐみちゃんとか、あいちゃんとか──は途端に距離を置くようになった。変わらず付き合ってくれたのがきいちゃんとまいちゃん、その二人だけ。わたしと一緒にいるようになって、この二人も浮いた存在になってしまったのに、ずっとわたしと一緒にいてくれている。もしこの二人がいなかったら? わたしは早々に、悪ぶったマネはやめてめぐみちゃんたちのグループに戻っていたかもしれない。もしくはずっとひとりだったかも──ただ、背中をきっと、丸めていただろうけど。


 だからまあ、ひとりなのに頑なに前を向いている人間は、そこそこ好きなのだ。ただ、それがアイドルだとか、そういうそもそも浮ついた存在になったのなら話は全く別で、例えば前を向いていると思っていたら実はずっと空を眺めていて「今日はプリンが食べたい気分だな」みたいな甘ったるいことを考えていた感じで、いやプリンが食べたいことイコール甘ったるいわけではないしわたしも今プリン食べたい、わかりやすく言うと他並他得子は嫌いだということなのだ。わかりやすい。



「みーちゃん、昨日も言ったけどしょうがないって、たえ子ちゃんはほら、人気あるから」


「そうそう、わたし達がただの蜜柑なら向こうは太良の伊予柑だよ」


「太良町の伊予柑美味しいよね」


「この間おじさんが段ボール三箱くれたけど、もう一箱しか残ってないんだあ」


「……蜜柑だって」


 わたしが口を挟むと二人は同時にこちらを向いた。


「蜜柑だって、伊予柑より小ぶりだから、その、食べやすい……」


 すこし間を置いて、きいちゃんがわたしの肩に手をポンと置いた。そうしたらチャイムが鳴って、休み時間が終わってしまった。


 くそう。くそう。


 わたしは所詮ジャガイモなのか。無名の蜜柑なのか。相手は博多の明太子じゃないんだ、太良の伊予柑に過ぎないんだ、それでもわたしは負けるのか……


 悶々とした気持ちを抱えて、その日は終わった。

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