ジュエル

江戸端 禧丞

結婚式

 とある建物に、人型の魔物や人の形を成していない魔物が、次々と入って行く。今日は、この世界で誰もが認める者同士の結婚式がり行われる。客の中には武神や闘神、上級貴族に天才変人発明家、殺し屋一族やギャングにマフィアまで幅広い面々が顔を揃えている。どの世界にも、こういった何かを祝う儀式というのはあるもので、この世界にも互いが生涯を共にする伴侶になりたい、となったときには婚姻の儀式というものがある。


 婚姻の儀式には、幾千と形がある。種族で縛りのある式から、儀式なのか何なのか誰にもサッパリ分からないものまで様々だ。が、共通項としては、それぞれの正装で参加する事、となっている。神々が参列する際には本来の姿で、となっているのだが、中にはその姿が巨大である神も存在するため、婚姻の儀式が行える場所は、それ自体が非常に巨大な建物になっていることが多い。


 今回の儀式に於いても例外なく、巨大で頑強な性質の、真っ黒な黒聖石こくしょうせきで作られた教会の中で、2人の男女がにぎやかしの友人知人を前にして誓いの言葉を交わしていた。比較的厳格な習わしがある種族の結婚式だが、それは祝いの順番や、衣装の指定だけであり、参列客については特に触れる定めはない。その為、外野は式の始まりから現在まで騒ぎっぱなしの飲み続けで、招待客席だけを見るとまるで酒宴の果ての乱癡気らんちき騒ぎだが、儀式としては順調に進んでいる。


 此処ここでこうして誰からも祝福される新郎の名は、ユリオーレ・シュノレイアーノという。彼は、娯楽都市ベルゲンと王都イルベスタの境に構えられた老舗服飾店の店主、不老長寿の妖魔ようまで、穏やかにして口調も丁寧、いつも穏やかな笑みを絶やさない人当たりの良い魔物だ。褐色の肌、純白の長髪に、銀色の眼、身長は2m近くあり、向かい合う花嫁と比べてしまうと大人と子どもほどの身長差がある。衣装は純白のタキシードで、艶のある髪との揃いで神々しさをかもし出している。


 その花嫁も、彼と同じく不老長寿の妖魔だ。非常に珍しい種族で、希少種族として登録されている。【宝石ジュレアリーの一族】又は非常に強力な力を持つ【呪術師の一族】とされており、貴族でもある。元々は地底を治める王族だったものが、2万年前の戦争時、地上へ上がってくる際に貴族になったとされている。現在では、地底に残っている同族の全てが宝石商となり、魔術を宝石に吹き込むことを生業なりわいとしている。彼女の名はルーナ・リナ・マリーという、真っ白な肌、首から下は色とりどりの美しい宝石が生えて覆われており、通称は【ジュエル】だ。


 彼女等の一族には婚姻に関する決まり事がいくつかあって、それを守るためにユリオーレはプロポーズに至るまでの数年で、世界中を旅している商人達からせっせと石を買い溜めていた。決まり事の1つに、ジュレアリーの花嫁が歩くヴァージンロードには、研磨済みの美しい宝石を敷き詰めねばならない、とある。それは、まだ魔物たちが地底で暮らしていた頃……すなわちジュレアリーが王族であった時に教科書で学んでいた。そして、族長が認めるウェディングドレスを用意せねばならない。コレについては、世界中に散らばっている顧客が気を利かせてくれた。


「よっ!幸せ者ーっ!」


「羨ましーぞユリオーレ!!」


 婚姻関係を結ぶための万事を成し遂げたユリオーレは、婚約指輪を用意し、ルーナにプロポーズをした。そうして今日、待ちに待った時が来たのだ、その年月なんと千年、気の長い者同士、見目も麗しい2人がついに結ばれる。周りのお祭り騒ぎな連中もなんのその、とどこおりなく式は進んでいく。


 ルーナは宝石を散りばめ純白総レースのドレスを身にまとい、少し恥ずかしそうにチラチラと、向き合うユリオーレの白い正装を見やる。実は彼女、千年前たまたま友人と彼の店を尋ねたとき彼の美しさと、戦闘種族とは思えぬほどの穏やかさに一目惚れをしたのだ。対するユリオーレも、彼女の真っ白な唇を見つめながら出会いを思い返していた。実は、彼もルーナに一目惚れをしてスタートした関係だったのだが、当人同士だけがソレを知らない。奥手な2人を見て、周りがほぼ全てお膳立てしながら、様子を見守っていたのだ。後々、酒のさかなにでもしてやろうという、慎ましやかな欲望を勝手に持たれていた。


「病める時も、健やかなる時も――」


 この世界には、神が実在する。東西南北を、それぞれに治める武神が大貴族として所有し護っているのだ。地上に住む彼等は、王都に君臨する聖魔神せいまじん、魔王の名に於いて生涯の伴侶となることを誓う。これまでルーナは、ユリオーレのプライベート上でだけの関係を築いてきたが、プロポーズを受けて、これからは宝石担当の職人として、宝石を散りばめる服のデザインもする。という、専門性の高い職に就くことになる。


 ユリオーレの店には、地位の高い常連客が非常に多い、かつての戦争前から地底のほうに彼の店はあったのだが、ソコに通うことが、今も常連客のステータスになっている所がある。その店【シュノレイアーノ】に関われることが、いずれルーナにとっても誇りとなるだろう。

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