盲目でいさせてくれ。

偶像崇拝という名の愛

「で、結局その人のどこがいいの?」

「……まず顔がいいだろ? 神が与えた造形美だよ。あと歌声と、よく笑うところと、バラエティとかの仕事でも臆する取り組むところ! プロ意識、って感じがするんだよ!」


 デビューしたばかりのアイドルへの愛を朗々と語る友人の声を聞きながら、僕は部屋の隅に置かれたCDラックを眺める。アイドルは守備範囲外だが、彼の語りは聞いていて小気味良かった。その人の人格そのもの、察するに全てを推しているようだからだ。

 僕にはできない事だ、と思う。それはとてつもなく不安定で、揺らぎがあるものなのに。


 薬物事件で逮捕されたアーティストの曲が好きだった。不倫が発覚した人気俳優の主演ドラマを好んで見ていた。政治的な発言でSNSが炎上した小説家の長編小説は愛読書だ。動画サイトの視聴履歴には、女性関係が問題になってインターネットから姿を消したクリエイターの数年ぶりの復帰動画が残っている。

 問題を起こす人ばかりを好きになるわけではないが、それでもなお辟易するときはある。こんなに良いものを作る人々が、社会から毒を吐かれるようになるなんて。


 いつか見たワイドショーで、コメンテーターが世間を代弁するように言った。

「反省のために活動を自粛するのは、妥当だと思います」

 いつか見たSNSでは、問題を起こしたクリエイターの過去の作品を揶揄するようなコメントが流れている。ファンの擁護するようなコメントとぶつかり、不毛な争いを繰り広げていた。

「○○さんは悪くないのに!」

「あんな問題起こしたなら引退は当然だろ。まさかのうのうと帰ってくる気か?」


 どれも下らない。その人そのものを愛そうとするから、歪みを直視してしまうのだ。

 僕はその人自身を愛せない。その人の偶像を愛しているのだ。その人の作ってきた作品を、その人の世間に出している綺麗な表層を、その人に抱いている『かくあれかし』という幻想を。


 その人が起こした問題に直接関係しない限り、作品に罪はないのは当然だ。僕が抱いている憧れにも、きっと罪はない。

 本質的に、僕は彼らを人間として扱っていないのだ。偶像というコンテンツを吸って、幻覚を見ている。要するに、彼らが人間じゃなくたっていいのである。表面さえ取り繕っているなら、皮の下が悪魔でも畜生でも、宇宙人でも構わない。むしろ、そっちの方が楽だ。彼らのすべてを理解することなく、憧れだけを抱いていける。

 彼らの私生活も含めて愛するほどの情熱は抱けないが、だからといって幻滅することもない。過去に生み出したものを書き換えることはできないのだから。


「なぁ、その子にもし恋人がいたとして……ファン辞める?」

「ハァ!? 何言って……」

 意地悪な質問をした。内心で渦巻いている感情の捌け口を他人に求めるのは、最低なことなのに。

「顔が良くて、歌がうまくて、仕事熱心。その表層と恋人はなんの関係もないんだよ。その子の全てを愛するなら、恋人の存在は?」

「……難しい、かもしれない。裏切られた、って思うかも」

「……ごめん、ただ聞いてみたかっただけだよ。仮定の話、な」

「なんだよ〜〜!! ヒヤッとしたわ……!」


 恐らく、彼の言葉が世間一般的な考えなのだろう。恋愛禁止のルールを破って丸刈りになったアイドルが数年前に居たし、社会はそれを禊として受け入れていた。

 彼らは偶像を愛していたはずなのに、忍び寄る現実に瞼を開けてしまったのだ。偶像は偶像であり、本人の私生活とは関係がないはずなのに。


 僕はCDラックからお気に入りを取り出し、プレイヤーに再生する。

 こんな時代だ。サブスクリプション・サービスがあっても、アーティストが不祥事を起こせば配給は止まる。今聴いているアーティストは不祥事を起こしていないが、何かあった時のリスクヘッジとして現物は持っておきたいのだ。これも現実に誑かされない方策の一つである。


 僕の敬愛するロックバンドのギタリストは、歌うように弦を弾き、物語を紡ぐように歌詞を作る。彼はリアリストで、捻くれ者で、ロマンチストだった。

「夢を見るために目を瞑る」と彼は言う。永遠の少年性を持った彼の偶像にダイブするように、僕は音に身を委ねる。


 目を瞑るのにも、努力が必要だ。彼は有名な女優と結婚し、父親になった。時代を経て、紡いでいる言葉は徐々に変化したが、僕の抱いているイメージは常に不変だ。ギター1本で己の夢を描いていく、吟遊詩人である。

 それは今も変わっていない。数年前に週刊誌に撮られ、ネット上で離婚危機も囁かれている。だとしても、僕が見ている世界の彼は、今でも楽しそうに言葉を紡いでいるのだ。


 願わくば、僕が愛する偶像全てがそうあらんことを。


 信者? 違う。理想論者? 違う。下世話な現実を見たくないだけの自分だ。

 目を開いてはいけない。忍び寄る現実を振り払い、理想から目を背けないように力を込める。

 盲目でいさせてくれ。本質を理解させないでくれ。信仰の強度を保たせてくれ。これを誰かに押し付けるつもりはないから、憧れは憧れのままでいてくれ。

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