第8話黒鉄長太郎

 美幸の手紙は間違いなく火付け盗賊改めに届いた。

 丁度父親の黒鉄長太郎が役宅にいたので、長太郎が受け取る事になった。

 長太郎は手紙を読むと急いて身支度を整え、役宅にたむろしている御用聞き三人を引き連れて、急いで有明楼に向かった。


 御用聞き、岡っ引きとも呼ばれる者達だが、基本的には民間人だ。

 現代で言う情報屋と賞金稼ぎに恐喝犯を混ぜ合わせたような存在だ。

 普通は手柄を立てるために、同心が個人的に使っている。

 他の同心に情報を売られないように、自分の屋敷に出入り自由にしておき、何時でも食事が出来るようにしている。


 長太郎にも個人的な御用聞きがいるのだが、直ぐに呼び出せるわけではない。

 時間がかかれば、御転婆な美幸がどんな危険な真似をするか分からない。

 そこで火付け盗賊改めが抱えている御用聞きを使うことにしたのだ。

 御用聞きは勇んで十手の貸し出しを受けてついて行く。

 十手は何時も持てるものではない。

 公的な御用と認められた時にだけ、奉行所や火付け盗賊改めの役宅で貸し出される大切なモノなのだ。


 長太郎はそれなりに剣術はできるが、元々は御先手鉄砲組の同心だ。

 その本分は鉄砲術にある。

 御用聞き達も元犯罪者でそれなりの経験はあるが、地獄の鬼太郎や壬生の捨弥の足元にも及ばない。

 有明楼にたどり着いた途端、店の雰囲気を激変させてしまった。


「さっきの仲居に聞かれていたようだな、捨弥」


「そのようですね、お頭。

 何気なく出ていきますかい?」


「いや、つけられるのも面白くない。

 腕利きがいないとも限らない。

 この時間で駆けつけたとなると、人数は少ないだろう。

 塀を跳び越えて逃げるぞ」


「そういつは面白いですね。

 わくわくしまさぁ」


 地獄の鬼太郎と壬生の捨弥は面白がっていた。

 御し込み強盗の準備という、気の使う状態だったのでいい気晴らしと考えたのだ。

 二人は部屋の障子をちゃんと閉めて、一気に庭を走り抜け塀を跳び越えた。

 もちろん塀の向こうに誰もいないか、十分に気配は探っている。

 路地裏に出た二人は尾行に気を付けながら大通りに消えていった。


 二人が逃げてしまってからしばらくしてから、御用聞きの一人、浅草の彦六が部屋を見張ろうと庭に潜んだ。

 すでに二人がいない事に全く気が付いていない。

 その間に御用聞き達は下っぴきや手先と呼ばれる配下を呼び集めていた。

 そんな彼らが鬼太郎に逃げられてしまっているのに気が付いたのは、美幸が様子を探るために部屋の外から声をかけた半刻後であった。

 

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