第9話大和屋の峯次郎

「峯次郎、お前は勘当だ」


「何だって?

 何を言っているんだ父さん。

 いきなりそんな横暴な話があるものか!」


「いきなりではない。

 もう何度も言って聞かせていたはずだ。

 それなのにお前は、私の名前で遊郭で散財する。

 賭場で借金を作る。

 それだけならまだしも、金を笠に着て弱い者を虐げる!

 もはや許し難い」


「何を言っているんだ?

 父さんだって弱い武士を金で虐めているじゃないか!」


「お武家様と私は真剣勝負をしているんだ。

 ひとつ間違えば借金を踏み倒されるだけではなく、闇討ちされる可能性すらある。

 そんな真剣勝負が札差という仕事なんだ。

 町娘を弄んでおいて、店の金で黙らせるお前のような外道とは違う。

 もう昨日のうちに人別帳からは名前を抜いてある。

 とっとと出て行け」


「嫌だね。

 絶対に出て行かないからな!」


「先生方、話は聞いていましたね。

 叩きだしてください。

 四の五の言うようだったら、両腕の骨を叩き折ってください。

 足の骨を折ると出て行けなくなりますからね」


「ちくしょうめ!

 覚えていろよ!

 必ず仕返ししてやるからな!」


 大和屋の次男峯次郎は捨て台詞を残して自分から家を出て行った。

 父親の本気を感じて、何を言っても無駄だと悟ったからだ。

 何より父親の側にいた用心棒達が怖かった。

 長年父親の仕事を手伝ってきた強面の男達だ。

 父親がやっていいと言っているから、峯次郎が相手でも一切躊躇せずに腕を折る。


 札差の父親から信用され用心棒として遇されている者達は、旗本御家人が追加で借金を申し込むために送り込む、蔵宿師といわれる凄腕を相手にしなければいけない。

 そんな強面を相手にしなければいけない札差は、対談方と呼ばれる凄腕を雇っているが、中には五十両、いや二百両もの給金を得る者までいる。


 年収が二百両を石高で直せば二百石だ。

 手取り二百石といえば知行五百石の直参旗本に匹敵する。

 しかも軍役の家臣や下男下女を雇う必要もない。

 恐ろしく手取りのいい仕事だが、命懸けでもある。

 そんな対談方の中でも、特に信用があり腕もある者が、大和屋与兵衛の用心棒を務めており、それを峯次郎もよく知っていたので、内心は兎も角、素直に家を出て行ったのだ。


 峯次郎には行く当てがあった。

 今迄散々いい思いをさせてきた遊び人が数多くいたのだ。

 ですが、金の切れ目が縁の切れ目だ。

 大和屋与兵衛は、峯次郎が今迄遊び歩いていたところに、峯次郎を勘当したことを知らせていたのだ。


 もう誰ひとり峯次郎の相手をしてくれない。

 遊郭には入れてもらえず、賭場では散々殴られて叩きだされる。

 今迄御追従を言っていた遊び人からも足蹴にされる始末だ。

 ですが、そんな峯次郎に近づく者がいたのだ。

 

 

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