第5話習い事
長太郎は強面の顔に似つかわしくないくらい子煩悩な男だった。
美幸の事を心から愛し、今後の事を心配していた。
だから手に入れた百両のうち、大和屋与兵衛の娘を養女にする代償の五十両は札差への返済に使ったが、婚約解消の慰謝料五十両は美幸に渡し、大奥入りのための習い事費用に使っていいと言った。
だが無駄遣いを戒める事は忘れなかった。
「だがこれだけは忘れるなよ。
大奥で立身出世したいのなら、有力者の引きと運、最後に容姿だ。
その金で支援を頼まなければいけない事もあるのだぞ」
「心配していただかなくても無駄遣いなどしません。
習い事も父上と母上のお陰でひと通り学んでおります」
そう言って美幸は父の前を辞した。
そして言葉通り、今迄学んでした読み書き算盤を復習した。
芸事の踊り、琴、三味線も復習した。
仮親は父親の上司であるお先手組の頭、建部荒次郎に頼むことのなっていた。
だがそれが有耶無耶になってしまった。
建部荒次郎広般が火付け盗賊改め方長官に任命されたのだ。
そうなると黒鉄長太郎勝頼もお先手鉄砲組の同心から火付け盗賊改め方の同心となり、その引継ぎに忙殺されることになる。
大奥のお吟味が今日明日行われるのならともかく、まだまだ先の話なので、幾ら可愛い娘の事でも後回しになるのは仕方がない。
だが美幸も黙って待っているわけにはいかない。
失恋の辛さを忘れるには日々忙しくするしかない。
そこで読み書き算盤や芸事の復習だけでなく、料理を学ぶために、料理屋に修行をつけてもらえるようにお願いに回った。
普通なら女が、それもお先手組同心の娘が、料理修行をしたいといっても門前払いされるところではあるが、ここで火付け盗賊改め方に父親が移動したことが生きた。
誰だった火付け盗賊改め方に睨まれたくはないのだ。
冤罪で拷問され、やってもいない火付けを自白させられるのは嫌なのだ。
それくらい火付け盗賊改め方は恐れられ忌み嫌われていた。
美幸は有明楼で働けることになった。
「大奥の採用基準」
1:事前に手習い・踊り・琴・三味線などを習得する。
2:御家人以下の武士や町人などの娘は旗本を仮親とする。
3:「お吟味」と呼ばれる採用試験を受ける。
4:振袖姿で御広座敷に行き御年寄にお目見えする。
5:書の試験として、小奉書に「上々様御機嫌能被為成御目出度有難がり候」と書き、親の名前と自分の名前を書いて提出する。
:裁縫の試験として、裁縫の良し悪しを示す袖形を提出する。
6:合否が決まるまで宿元に滞在し、数十日かけて身元調べが行われる。
:宿元は小姓・小納戸役・奥医師などが当たる。
7:「お呼び出し」といわれる合格
:御広座敷で御年寄から大奥での通り名や役向を貰う。
:これを「御名下され」という。
:御目見え以上は御台所にお目見え。
:長局への廻勤してお披露目が行われる。
8:守秘義務などを課せられる誓詞の提出する。
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