第3話失恋

「美幸。

 真司郎殿の事は諦めなさい」


 札差大和屋与兵衛との激しい話し合いを終えた長太郎は、娘の美幸を呼び出して引導を渡した。


「しかし父上、私と真司郎様は婚約しております」


「それは私と恭太郎殿が話し合って円満に解消した。

 元々婚約は私と恭太郎殿が話し合って決めたことだ。

 話し合って解消するのに何の不思議もない」


「ですが父上。

 私は真司郎様の事を愛しております」


「それは大和屋与兵衛の娘も同じだ。

 あの者も真司郎殿を愛している。

 そして真司郎殿のために父親を動かし、三百両と大家株を用意した。

 美幸にそれだけのことができるのか?」


「それは……

 でも、柴田の父上に孝養を尽くす事はできます」


「確かに美幸なら恭太郎殿に孝行することができるだろう。

 それは素晴らしい事だ。

 だが薬代はどうする?

 薬がなければ恭太郎殿の病は治らんぞ」


「それは……」


「今回は大和屋与兵衛の娘の愛情のお陰で、柴田家は潰れずにすむ。

 私が間に入って約束を取り付けた。

 真司郎殿を愛しているのなら、今回は身を引くのだ」


「それはどういう意味でございますか?!」


「大和屋与兵衛の娘は、我が家の養女として真司郎殿に嫁ぐことになった。

 持参金に三百両を持っていくことになっている。

 そのうち百六十両で柴田家の借財はきれいさっぱりなくなる。

 残りの百四十両は大和屋与兵衛が運用して、利益を月々柴田家に渡す契約になっているから、もう柴田家が勝手向きで苦しむことはなくなるだろう」


「酷過ぎます、父上。

 幾ら何でも我が家の養女にするなんて、私が可愛くないのですか?!」


「儂も黒鉄家を守らねばならんのだ。

 黒鉄家も札差に借りた借財が五十両に膨れ上がっている。

 この度の婚約解消の慰謝料に五十両。

 養女するのに五十両。

 併せて百両の金が入る。

 今の武家には算術も必要なのだ。

 美幸も毎日内職を手伝っているから分かっているであろう。

 自分を通すにも金が必要なのだ」


「私は尼になります。

 このような世の中が嫌になりました。

 尼になって仏に仕えます」

 

「尼になどなっても何の役にも立たん。

 尼になるくらいなら芸事を極めてみろ。

 惚れた男を養えるくらいの女になってみろ」


「父上は私に芸者に成れと言われるのですか?!」


「芸者でなくても男を養える仕事はある。

 大奥に奉公して金を貯めてもいい。

 髪結いになって亭主を養うくらいになってもいい。

 腕のいい髪結いなら、大工の頭領の二倍は稼ぐぞ。

 そうだ、美幸は料理が好きだったではないか。

 いっそ幕府の台所役人を目指したらどうだ?」

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