第2話婚約解消2

「静奈殿のご想像通りです。

 妻を迎えるのが条件です。

 金主の娘を妻に迎える事を条件に、今回の話がなりました」


「どういうことなのですか、真司郎様?

 私を裏切られたのですか?!」


 美幸は真司郎に取り縋ろうとした。

 だがそれを母親の静奈が厳しく止めた。


「狼狽えるのではありません、美幸。

 真司郎様ほどの男前です。

 傍惚れされることくらいあるでしょう。

 それくらいの覚悟は、当然しておかなければならない事です」


「申し訳ありません。

 静奈殿、美幸殿。

 私も確かめてはいません。

 父の医薬料がどうしても必要でした。

 ですが、もうどこも金を貸してはくれません。

 確かめる事で、この話が流れては困るのです。

 時間をかければ、妻を迎える必要のない、同じような条件を探す事はできるかもしれません。

 ですがそれでは、明日の薬代に困るのです。

 それに、今回の条件は決して悪いモノではありません。

 特に長屋の大家株をもらえれば、妹たちが嫁入りに困ることもないでしょう。

 私には、何も聞かずにこの条件を呑むしかなかったのです」


 真司郎は下を向いて、畳の一点を見つめて独白した。

 妻に迎えるはずだった美幸の顔も、義母となるはずだった静奈の顔も、内心の後ろめたさで見れなかった。

 その事は美幸も静奈も理解できた。

 特に静奈には、妹たちを、家を護ろうとする真司郎の気持ちが痛いほどわかった。


 ずっと武士として育ってきた真司郎には、商人となる才覚などない。

 職人となる腕もない。

 代々内職はしていたが、内職だけで妹たちの嫁入りの持参金は稼げない。

 一時金などいつかは使い切ってしまうモノだ。

 だが大家株は違う。

 大家株は世襲可能な特権なのだ。

 それを提示されれば、気持ちが動くのは当然なのだ。

 

 いや、それだけではない。

 相手は恐らく札差だろうと静奈は考えていた。

 札差の娘が、金策に来た真司郎に傍惚れしたのだ。

 ならば娘を上手く説得できれば、柴田家を存続させることも不可能ではない。

 娘に同心の妻になりたいと言わせればいいのだ。

 大番組同心柴田真司郎成正の妻になりたいと言わせるのだ。


 札差ならば、次男のための同心株など、時間をかければ他にも手に入れられる。

 札差も、娘の夫が長屋の家主よりは、幕府同心の方が面目が立つだろう。

 今はまだ娘が心変わりすることを期待して、札差は同心株を購入するのだろう。

 同心株の購入なら、どちらに転んでも札差に損はない。

 そう静奈は考えた。

 そして動くことにした。


「分かりました。

 武士は相見互いです。

 その話に何か罠がないか確かめるために、夫に立会人になってもらいます。

 今回の件は、黒鉄家も無関係ではありません。

 そう金主に伝えてください」

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