第4話
ハロー、アンネ。こちらは今艦内で訓練をしているところです。身体も大分作られてきて、次に会った時には少し驚くかもしれません。身長も随分伸びたつもりです。もしもそっちで暇をもらえるようになったら、一緒に出掛けるのも良いかな、と思っています。勿論君が良ければですが。
潜水艦の中では娯楽が少ないので、最近は料理を始めてみました。ドッグとモンキーにも意外と好評で、缶詰は本当に非常食になっています。ちょっと太った、とドッグは言うけれど、元が細身な人だから丁度良いんじゃないかな、と思ったり。ピクニックなんかに行けるようなら、お弁当も俺が作ります。まだ一人で艦から出たことはないし、一人で街に出たこともないから、本当いつの話になるやらですが。
君はどうですか? 何かに不自由していたりしませんか? 何かあったらすぐにモールス信号でSOSを下さい。・・・---・・・です。世界中どこの海にいても、駆け付けます。時間は掛かるかもしれないけれど。必ず君を助け出したいと思います。
親愛なるアンネ・コルンブルーメ・フォン・フォーグラーへ。
トムキャットより。
「色気がねえなあ。相変わらずお前の手紙は。デートに制服で行って銃持ってるみたいだな。シドー君にちょっと似てる」
「はあ……」
誰だシドー君て。
「くっく、まあ良いんじゃないかね。最初の短文よりは随分ましになったと思うぜえ俺は。もうちょっとアプローチ掛けても良いかもとは思うがな」
「特に問題もないみたいだし、それじゃあ預かっておくわね。次にフォーグラー嬢に会った時に渡しておくわ」
「お願いします」
手紙を読まれるのは慣れた事になっていた。中学生みたいだと言われたけれど、学校に通った経験のない俺にはそのたとえがよく解らなくて、とりあえず渡された高校の教科書を各国分読むようになってからは多少ましになったと言われているぐらいだ。あと道徳の教科書には宗教色とかお国柄が出ていて面白いと思った。と言ったらモンキーに一日二時間勉強を教えられるようになって、それはそれで面倒だったり。でもあの腕力のCQCは怖いから、丁度良いかもとも思ったり。モンキーの手は変幻自在に短距離を攻めてくるから、正直訓練と分かっていても怖いのだ。そういうことでも書けばよかっただろうか。でも女の子にCQCの怖さを伝えるなんて、それこそ制服に銃、みたいな色気のなさだろう。そのうち出掛けましょう、程度で俺も限界だ。川縁のあの城ならば、父親のフォーグラー卿の見える範囲でピクニック出来るだろうし、心配は掛けないだろう。と言うと、親の目気にしてたらどっこも行けねーぞ、とドッグにあきれられた。でも俺もいろいろとしがらみを背負う身になってきたんだから、安全は大切だろう。ドッグとモンキーと暮らして一年近くになるけれど、そう思う。
一度シープに引き取られそうになったけれど俺の赤髪は相当目立つようで、従僕やボディガードには向かないそうだ。だったら潜水艦コンビに預けておいた方が得策だろうということで、今もこうしている。次の目的地とミッションは、とドッグに訊くとちょっとだけ眉を顰められたけれど、彼女は嘘やごまかしが得手ではないので、素直に教えてくれた。
「『ナンバーズ』を取り扱った、娼館の摘発だってさ」
「それって」
「まあ自分の奴隷たちを交換したりまぐわらせてたりする変態たちの巣だよ。お前の知り合いもいるかもしれないけど、そっちに気を取られてくれるなよ。私は一応お前には期待してんだからな、キャット」
「はあ」
「場所はアメリカのテキサス。ヒューストン。潜水艦では行けないからホースのMWで行くぜー」
「まるちわーかー……」
「まあ作業用の延長アームズを戦闘用にした機械だな。ホースはその名手なんだよ。だから暇な時はそれで傭兵やってる」
「暇な時にするもんじゃないでしょ、傭兵って……」
[それに名手と言うほどでもなくてよ。何度かに一回はぼろぼろにして帰って来るんだから、懸賞金が修理費で飛ぶこともザラなんだから」
ふうっと呟くシープは、それでも何となくホースを心配しているけれど信頼もしているんだな、と思える複雑そうな表情をしていた。ちょっと拗ねたような顔、黒目の大きいシープはそれがちょっと分かりやすい所がある。本人は感情をあまり表に出していないつもりなんだろうけれど、俺みたいなのには丸分かりだ。俺みたいなの。きっと一生抜けない習性。
「よっし、テキサスのドックに着いたな。各々自分の武器と食料持って十分後に集合!」
作戦はこうだ。
まずは娼館――というより秘密クラブになっている建物に煙幕を俺が持ち込む。パニックになったところでモンキーとドッグが入り込んで、警備員を蹴散らす。それからMWで建物ごと解体して、性奴隷たちは一か所に集めておく。オーナーたちも、別の個所に集めておく。騒ぎを聞きつけた地元警察が現れざるを得なくなったところで俺たちは撤収――。
「俺みたいに引き取るんじゃ、ないんですね」
「面倒くさいわよ、そんなに一気に抱え込んでもいらんないわ。こっちには『ドラゴン』と『ラビット』、それに『バード』が派遣されてるはずだから、そっちに押し付けるつもりよ。上が懐柔されてもドラゴンなら大丈夫でしょうし」
「また給料は下がるだろうけどね。くっくっく」
「良いじゃない二人なんだから。最近はラットに頼んで家庭菜園も試しているところらしいし。食べては行けるでしょう」
「鬼だな、相変わらず」
「仕事の鬼よ。何か文句があって?」
「ありませんよ、シープ様!」
シープ。ホース。ドッグ。モンキー。ラビット。ドラゴン。バード。ラット。――そんでもってトムキャット。
「……俺、もしかして仲間外れ?」
「あら気付いたの、賢しい子は好きよ」
くすくすとシープは笑っている。
そう、俺以外の連中のコードネームはみんな十二支から取られているのだ。日本人らしいと言えばそうだが、その外れものである猫の名前を持たされているのはちょっとばかり疎外感がある。結局いつかは捨てられるんじゃないか、なんて、考えてしまう。捨てられる? まるでここが自分の巣だと思ってるみたいだな。それはそれでちょっと、癪だ。俺の帰る場所。業突く張りの変態たちが集まる場所? シープの隣? ドッグとモンキーの間? ――アンネの傍?
できれば一番最後でありたいと願いながら、俺はMWの上でクランキーチョコを食べる。携帯保存用だから味はいまいちだけど、腹の足しにはなる。町のちょっと離れたところにMWを置くと、中から出て来たホースが俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。いたわりの心を感じ取ると、ちょっとほっとする。この人の撫で方は、好きだ。
「ちょっとお前にはきつい仕事かもしんないけど、頑張れよ。終わったらシープちゃんが頭撫でてくれるかもしんないし」
「変な係を押し付けないでちょうだいな、ホース。さ、行くわよ『ハチロー』」
そう。
今から俺は少しだけ、『ハチロー』に戻る。
「これはこれは。珍しいお客様で」
シープの長いウェーブの掛かった髪は特徴的だ。そして連れられている俺の赤い髪も同様だ。シープが俺を競り落としたのは裏界隈ではちょっとした噂になったらしく、あの潔癖な女が性奴隷を、結局あの女も女だったということか、なんて。ホースはそいつらに牙をむいて反論しようとしたようだったけれど、シープはいつも通りのクールさでほっとけと言ったらしい。こういう時に使いやすいからだろう、と、俺は脂ぎった目で俺を検分するオーナーの視線に吐き気を覚える。両ポケットに入れた煙幕弾はまだ出さない。もう少し奥に行ってからだ。
「実はこの子をこちらに売りに来ましたの。少々飽きが来てしまって。存分に遊んだから、あとはあなたたちにと」
くすくす笑うシープの目は嘘を吐いている目だ。そのことに少し安堵してから、入口の方でドサドサっと音がするのに任務が順調に続いているのを確認する。モンキーとドッグが入口の警備員を倒した音だろう。気づかない支配人は、それはそれはと揉み手でシープを奥に案内していく。俺は奴隷部屋に連れていかれ――る前に、さんざんモンキーに鍛えられたCQCで、そいつらを張り倒した。
まずは控室に煙幕を一つ。それから『本番』用の部屋にも一つ。中はあえて見なかったが、鳴き声が聞こえるのは耳を塞げなかった。すっかり調教されてるのもいればまだ新品――新入りに近く怯えているのもいる。モンキーとドッグがガスマスクをつけて『本番』部屋に入り込み、『ご主人様』たちを蹴り出していた。そして平屋建ての建物の屋根が、めりっ、と音を立てる。
ホースのMWのアームが屋根をめりめりと剥がして行っていた。煙も同時に漏れ出して、外の連中が火事じゃないかと騒ぐ声がする。そうだ、もっと騒げ。大ごとになってしまえ、こんなこと。セックスの途中でイキ損ねた奴隷が一心不乱で必死に性器を擦るのも、驚いて萎えてしまった身体を離して逃げ出そうとする主人たちも、みんな表沙汰になってしまえ。
「な――なんだこれは!?」
「あら思ったより制圧が早かったわね。キャットもちゃんと働いたということかしら」
「シープ!? 貴様か、貴様が私の城をッ」
「不夜城なんて無いものですわよ、ミスター。さあ両手を上げて壁に向かいなさい。――天国を見せてあげる」
出て来たシープは怪しげな注射器をハンドバッグにしまっていた。なんですそれ、と訊いてみると、ただのドラッグよ、とさらり言われる。
「阿片に近い中毒性のない、ケミカルなもの。以前モンキーに作ってもらったのを忘れていてね。本当は暴れるようならあなたに使う予定だったのよ、キャット」
「劣化とか大丈夫なんすかそれ」
「悪玉には丁度良いでしょう。それで、そっちの守備は?」
「しっかり出来たよー。シープちゃん、ドッグ、モンキー、キャット、早く手に乗って! そろそろ警察がおっとり刀で出て来る頃だよ!」
言われて屋根を捨てたそのMWの手に乗ると、確かにパトカーのサイレンが聞こえた。と、そこでドッグが手榴弾のようなものを投げる。
「撃ち抜け、キャット!」
背中に隠していた短めのライフルで、俺はそれを狙い撃つ。
パァンと轟音がした。
ライアット・エージェント――音だけの手榴弾だ。でも効果はてきめんだろう。周囲の住民もわらわらと出て来る。
「ちゃんと捕まってて、飛ぶよ!」
「飛ぶって」
「こうやって!」
ぶおんっと一層エンジンをふかす音がして、機体が持ち上がる。慌ててマニュピレーターに抱き着くと、そこから見えた景色は綺麗だった。アンネにもいつか見せたいぐらいの、星屑をちりばめたような絶景だった。白い煙を吹いている娼館も、まるで星雲みたいな。
飛ぶというよりは長距離のジャンプのような様子で、スラスターが着地を支える。それからは普通道路で基地まで向かっていった。本当はトラックの荷台に人を乗せてはいけないように、MWの手にも人を乗せてはいけないらしいんだけれど、見つからなければ――露見しなければ犯罪は犯罪ではないというし。そういう意味では今日はたくさんの犯罪者が露見したのだな、と思うと、ちょっとホッとした気分になった。でもドラッグ漬けにされたりしていた子たちもいたから、一概に良かったとも言えないのかもしれない。シープが使ったような中毒性の低いものだったことを願いつつ、俺はまたチョコバーを齧る。
やっぱりあんまり美味しくないな、と思った。今度は自分で作ってみて、アンネに送ってみようかなんて呑気な考えが広がる。あれもこれも、俺やアンネの末路の一つだった。ハチローとハナの辿り着く未来の一つだった。それを自分の手で潰せたことは、良かったんだろうと思う。多分。きっと。そう思いたい。地上は星のようだったけれど天空に星の見えない矛盾した街の街灯に淡々と照らされながら、俺はそう思った。そう願った。自分たちを助けられたのだと、そう、願いたかった。
「うげー精液くせぇのまだ鼻にこびりついて気持ちわりー……ちょっと嗅がせろモンキー、お前の方がまだましだ」
「おや、熱烈なお求めだねぇ」
「お前で中和しようってんだよ。同じ臭さなら垢くせぇ方がまだましだ」
「はいはい、色気のないやつだね、お前も」
「出してほしいのか?」
「いやそれはどうだろうな……」
「真顔で考えんな」
「シープちゃんはいつ色気出してくれても良いからね!」
「言われると出す気が無くなるわ。元々無いだけにマイナスよ」
「まいなすっ!? そんなー、シープちゃーん」
「甘ったれた声を出さないでちょうだいな、気持ち悪い」
「シープちゃん釣れない。そんなところもラブー!」
「うわっ」
「いきなりスピード出すとキャットが飛ばされてよ。そんなことになったらどうなるか、分かっているでしょうねホース?」
「くすん、シープちゃん冷たい……」
ハロー、アンネ。新聞やテレビで見たかもしれないけれど、アメリカで巨大売春組織が摘発されましたが、あれは俺たちのやったことです。『ナンバーズ』仲間も多数いましたが、今はみんな更生施設に入って適切な処置を受けているとのことです。あれは僕や君の末路の一つだったと思うと、潰せて良かったような、同じ穴の狢の俺がするにはおこがましい仕事だったような、複雑な気分です。だけど取り敢えずこれで『ナンバーズ』の製造は一時止まるだろうと思えば、やっぱり良かったのかもしれません。今度はもっと研究されたロットが出て来るのかと思うと憂鬱ですが、それも潰していけば良いとドッグには言われました。そうなってくれれば良いけれどと、俺としては不安です。より地下に潜られるようになったら、結局今回のミッションは無駄だったことになってしまうから。
君はどう思いますか? 俺のしたことは無駄に組織を潜らせるだけだったと思いますか? 良ければ意見を聞かせてください。
親愛なるアンネ・コルンブルーメ・フォン・フォーグラーへ。
トムキャットより。
ハロー、キャット。本当は電話をしたいけれど何かのミッションの最中だったらと考えると、中々掛けられなくてごめんなさい。
私はキャットたちが今回の摘発に関わっていると知らなかったから、まずそこに驚きました。訊いてみるとお父様がその情報をシープさんに流したそうです。オークションで『ナンバーズ』を買ったことが知られている客には、今回の乱交パーティーの開催の通達が来ていたとかで。勿論お父様は無視したそうだけれど、何かの役に立てばとシープさんに。お父様らしい判断だと。私は思いました。
そしてそれが私たちの未来の一つの可能性であったことは、私も否定できないと思います。私たちはどんな状況に遭っても結局は『ナンバーズ』、人工性奴隷でしかないのだと。そして組織を地下に押し込めることは出来ても殲滅には時間が掛かるだろうということも。
でも時間が掛かるだけで、きっといつかはその日が来ることも信じています。それがキャットの手でなされたら、私はとても安心するだろうとも。今は今助けられるだけの『ナンバーズ』や性奴隷として売られていた子たちを助けられたのだから、それで良いのだと思います。未来のことは、今考えたって仕方のないことだと思います。私だって人間扱いされて城に連れてこられた時は、まさかシュタインさんに裏切られるなんて思ってもみなかったことだから。
だからキャットも、そんなに気に病まなくていいと思います。私は、そう思う。キャットは良いことをしたんだと、本気でそう思っています。
親愛なるトムキャットへ。
アンネ・コルンブルーメ・フォン・フォーグラーより。
「ほんっと中学生みたいな手紙のやり取りだよな、お前ら」
一緒に検閲がてら手紙を読んでから、ドッグがはーっと息を吐く。反対側からのぞき込んでいたモンキーは。くっく、と笑った後で、良いじゃないのと言った。
「純粋なんだよ、どっちも。俺たちみたいな擦れた大人じゃないってだけ。喜ばしいことじゃないの、弟子がそんな風に育ってさ。なあドッグ?」
「それにしてもキャット、お前いくつだ?」
「そろそろ二十歳ぐらいにはなると思う」
「そんな二人のやり取りがこんなに色気なくていいのかと、私は思うけどなー」
「良いじゃない、下手に色気出されても検閲される手紙だよ? アンネちゃんは知らないんでしょ?」
「と思う……」
「なら二人の距離はこれで良いでしょ。適切だと思うよ、俺は。いつか二人っきりになった時に、胸の内の事は話せばいいと思う。それこそピクニックなんかでね」
「盗聴器付けられてのピクニックだろうけどな」
「そうなのか」
「そうなのだ。私らにプライベートなんてないない。何せ公僕と呼ばれていたんだからな!」
「俺は違う……」
「ま、仲間なんだから同じようなもんだよ、キャット」
「猫は仲間外れじゃないですか」
「タイガーも間に合ってるしなあ。はは、難しい立場だな、若人よ」
「若人って。モンキーたち歳いくつだよ」
「三十三」
「三十六」
「ドッグその顔で三十路越えは若いよ!?」
「俺は? キャット」
「まあ妥当かなって」
「妥当って。お前の歳にはもう機動課の外郭作りに参加してたんだぜ」
「頭良かったんですね」
「スポーツも好きだったけどね。フリークライミングとか趣味でやってたもんだよ」
「今は?」
「自室にボルタリング付けて偶にぶら下がってるぜ、そいつ」
「ナマケモノじゃないか……」
「失礼な。まああれも握力すごいらしいけれど」
「やっぱりナマケモノじゃないか」
「ふはっ、モンキー改めナマケモノか、くははっ! これで猿の位置が空くけど、入るか? キャット」
「いや、遠慮しとく」
「大体空けてないからね。今も昔もこれからも、死ぬまで俺がモンキーだからね」
「縁起悪いこと言わんで下さい。俺だって猫で十分ですよ」
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