探索者
山場叶子と関口翔太が最初に向かったのは、美城サイの自宅だった。
「どうかな? 翔太くん」
現在レベル三十となった叶子が、レベル十五程度の翔太に頼るのは、その探索能力である。
「ここには誰もいないみたいだけど……いちおう入ってみよっか」
二人はマンションの壊された一室に入って行く。
“探索者”の称号を持つ翔太は、人や魔物の気配を感じやすく、探し物を見つけやすい。特に、強く願う物の在り処ほど見つけられる可能性が高い。
そんな彼がいないと言っているのだから誰もいないのだろうが、なにかの痕跡が残っているのではないかと思い、二人は住居内の捜索を始めた。
「うわ……このオーク、すごくくさいね」
案の定人のいない家で唯一見つけたのは、オークの死体。
それは死後数日も放置されていた様子で、強烈な異臭を放ち、腐敗を始めている。
「……ここはもう出ましょう」
足下を通った害虫を飛び退いて避けた叶子は、気分悪そうにマンションを出て行った。
以前だったら叫び出していたような惨状でも、悲しい事に少しは適応してしまい、気分を悪くしながらも足取りはしっかりしている。
そしてそれは翔太も同じで、二人は黙って外に出た。
外にも死体は転がっているし、血痕はそこら中で見かけるが、死体のある室内よりも遥かに空気は正常で、外に出てから二人は息を整えて次の場所へ向かった。
「次は南小学校ね」
実は叶子は南小学校に行く事を焦っている。
南小学校は恋人である水谷零士の職場だ。もしかしたらそこに彼がいるかもしれない。
だが、焦りは禁物だ。
今の自分の目的は、関口みずほを探し出して保護する事。その前に焦って魔物にやられてしまっては話にならない。
現在に集中し、周囲に気を配り歩いて行く。
零士ならきっと大丈夫。彼は強い人だ。どこかで必ず生きている。
だからまずは、みずほちゃんを。そして、美城サイをどうするか――
襲って来た白狼の魔物を翔太と二人で倒して暫く歩いていた時、叶子は驚くものをみた。
「……こっちだ」
翔太が今までの無邪気な態度をやめ、突然真剣な顔つきで方向を変えたのだ。
この変化に叶子は嫌な予感がする。
もしかしたら探索者の少年には、探し求めていた姉の場所が分かったのかもしれない。そして、その状態までも。
二人は一軒の家屋に入った。
背後の叶子を振り返る事も無く、翔太は狭い廊下をどんどん進み、二階へ上がって行く。
叶子は翔太を落ち着かせようと思ったが、周辺に魔物の気配は無いためそっとしておく事にした。
家屋の奥に行けば行くほど、嫌な予感は確信に変わっていく。
それは嗅ぎ慣れてしまった腐臭のせいだ。
この先の部屋で腐敗を始めている死体は、一体誰のものなのか――
「ぁ……あぁぁ……」
一足先に奥の部屋にたどり着いた翔太は、膝をついて絶望に目を見開いていた。
翔太の隣に来て室内の惨状を目にした叶子も、叫び出したい気持ちに駆られ、腹の中が煮えたぎる様だった。
そこにあったのは、三人の男の死体と、一人の少女――関口みずほの亡骸だった。
部屋の床も壁も真っ赤に染まり、死んだ男の顔は三つとも恐怖に歪んでいた。
そして可憐であった少女の顔は、その身体から離れ、裏切られた事による絶望と、犯人に対する非難を表していた。
「うあぁあぁあぁぁぁぁぁあぁあ!」
喉が潰れるほど大きな声で泣き叫ぶ翔太の隣で、叶子はただただ静かに、血が出るほどに強く唇を噛んで、人間の惨たらしい行いを見つめていた。
そんな惨劇の室内で暫く動けなかった二人の元へ、一人の男がやってきた。
「おい! 静かにしろ! 絶望は後でしろ! 外を魔物に囲まれてるぞ!」
男の言う通り翔太の泣き声を聞きつけて、獲物を喰らうために沢山の魔物がこの家を取り囲んでいる事に叶子は気付いていた。それでも何も対処する気にならないくらいに叶子は参っていたのだが、男の声に振り向いた時には全てを忘れて感涙を流し始めた。
「れいじ……零士っ!」
叶子と翔太を救う為に魔物の群れの中に突っ込んで来たお人好しは、再会を夢見ていた恋人、水谷零士であった。
叶子と零士は再会を喜んだ後、急いで周辺の魔物を駆逐した。
お互いがお互いの能力に驚いていたが、勇者となった二人にとって群がってきた魔物達は大した脅威ではなかった。
そして零士は泣き続ける翔太を背負い、叶子と共に南小学校避難所へ帰還した。
「水谷先生! どこに行ってたんですか! 先生がいないと僕らは不安で……その人たちは誰ですか」
「大袈裟に怖がるな。俺たちは来たる魔神に備えなくてはいけないんだ」
「せめて皆んなに声を掛けてからここを離れて下さいよ……」
「俺がここを離れると言えばお前達は反対するだろう」
三人が校門を通る時、門衛をしていた生徒達が驚いた様な、ほっとした様な、責める様な表情で零士に近寄った。
その様子を見た叶子には、零士が無断で外を出歩いていた事と、零士がこの避難所でどれだけ頼りにされているのかがよくわかった。それと同時に、人の良い零士が独断行動をしている事を意外に思った。彼もこの災害を経て何かが変わりつつあるのかもしれない。
零士は背負っていた翔太を保健室に連れて行きベッドに寝かせた後、叶子と二人で校長室に入った。
室内は災害前の様に綺麗にされており、外から見えない様にカーテンが引いてあった。そのせいで少し暗い。
「ライト」
零士の人差し指から一つの光球が浮かび上がり、天井に貼り付いて室内を照らした。叶子にはそれが電球の様に見えて、朧げながらに魔法が常識となる未来を想像した。
夜の灯は光魔法で、人々の家は土魔法を用いながら建設して。料理は水と火の魔法を活用すれば今までより効率的に行えるかもしれない。そうして人々は環境に適応しながり強かに立ち上がるのだ。
決して希望を捨ててはいけない。
そう思っていた叶子に、零士の重い現実の話が始まった。
「実はな……」
零士の話は世界が改変した日の話から始まった。
異常事態に気付いてすぐに南小学校へ向かった事、その道中で出会った異世界の少女の話、そして少女から聞いた絶望的な事実。
叶子は魔神の存在と勇者の使命を聞いた時、自らが夢想した希望が酷く暗く染まっていく様な感覚を覚えた。
異世界の絶対的強者、魔神ウラリュスに勝たなければこの星は蹂躙される。そしてその重大な役目を与えられたのが自分達二人。
勝てるだろうか?
今まで平和に暮らしていた自分達に。
背負えるだろうか?
全ての人類の命を。
自分が負ければ、それは即ち全人類の敗北。
戦えるのは勇者だけだという理不尽なルールを恨みたくなった叶子だが、もう一人の勇者は瞳を燃やしている。
彼は正義感の強い人だ。勇者の使命を受け入れ、魔神と戦う為に爪を研いでいる。
叶子は一度深呼吸をした。
彼と共に歩む者として、私もやらなければならない。大丈夫。零士が一緒なら、なんだって出来る。
零士は叶子の覚悟が決まった様子を見守ってから、漸く話の続きを、つまり自分の近況を話し始めた。
「数日前、サイがやって来たんだ」
零士の言葉を聞くと同時に、叶子は机に手を付き立ち上がった。
「美城くんが! 今、どこに!?」
その勢いに半ば気圧された零士だったが、すぐに平静を取り戻す。
「落ち着いてくれ。あいつの居場所は今はわからない。まずは俺から話そう」
サイの名前を聞いて焦り始めた叶子に、何があったのか聞きたい衝動に駆られた零士だが、どうにか平静を保ち続ける。
本当は直ぐにでも恋人の話が聞きたい。無事を確かめ合い、離れていた時間をどの様に過ごしていたか知り、二人再会できたことの喜びをもっと伝え合いたい。
しかし、魔神はきっと待ってくれない。
もしかしたら明日にでも来るかもしれない化物に備える為、時間は僅かでも無駄にしてはならない。
零士のそんな理性が、彼を冷静たらしめている。
そして叶子も零士の想い全てを理解出来るくらいに彼を愛していた為、直ぐに話を聞く体勢に入った。
「サイの成長には驚いたよ。叶子を捜し歩いていた俺とクラリスが避難所に戻った時、あいつは柔和な笑みで俺たちを迎えてくれた。俺はその瞬間、サイを何度も疑っていた自分を恥じた。こんなに自然で優しく微笑む奴がサイコパスな筈がない、そう思い込んでしまった……そう、それが最初の間違いだったと、今なら断言できる」
零士は落としていた視線を上げ、叶子の目を真っ直ぐ見た。
「俺はお前を捜し続けていた。だけど勇者の俺を守りたいクラリスは、それを反対していた。そこでサイが声を上げたんだ。自分が叶子を捜すと」
「なっ…」
「……やっぱりそうなのか。サイはここに来る前、叶子と会っていたんだな……ともかく、こうしてサイはクラリスと一緒になって叶子を捜し始めたんだ」
サイが零士と叶子を会わせない様にした理由は二人にはわからない。それでも話は零士の主観で進んで行く。
「二人はかなり仲が良い様に見えた……本当に仲が良かったのかは、サイの考えがわからない俺には不明だが、でも、サイは糾弾されるクラリスを庇った。そして二人でここを出て行ったんだ……それが昨日の事で、その後はどこへ行ったのかわからない」
零士は「いや」と一度首を振ってから言った。
「あいつらが出て行った直後、竜が来たんだ。巨大で、足がすくむ様な威圧を感じるくらいの強敵だ。竜はサイ達が去った方角に降り立ったから、恐らく戦ったんだろうな。そして勝った。今朝竜の死骸が転がっているのを確認したからそれは間違いない。ただ、サイとクラリス、そして後から向かった大井伶奈の全員が無事かどうかはわからない……」
零士の話はそこで途切れた。
子供達を心配する零士を安心させたい叶子だが、根拠もなく「大丈夫」なんて言えない。この世界において楽観的な者は直ぐに絶望を味わう事になるのだ。
それに、美城サイと行動を共にしている以上、命の危険は常にある。一刻も早くクラリスと大井玲奈を助け出さなくては、と叶子は思う。
その為に、叶子は目を背けたくなる、信じたくもない事実を話し始めた。
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