ひとりぼっちと一匹

 

 サイは悩んでいた。


「つまり、君は伶奈さんなんだね? それなのに、人型に戻ることが出来ないと」


 自分よりももっと大きな蛇を見上げてサイは問う。

 大蛇は「シュルシュル」と舌を出しながら何度も頷いている。


「僕の言葉も理解している。そしてこれからは僕と行動を共にしたいと」


 蛇は再び頷いた。


 漆黒竜を倒してから蛇がやたらと懐いてくる為、サイは鬱陶しく思いながらも言葉を掛けてみると、伶奈は今回の獣化では自我を保ち続けていたのだと知った。

 魔法の練度が上がったのか、それとも本来の獣化魔法より弱い力で発動されたのか、理由はわからない。

 ただ、彼女は邪魔だからと言って殺すには惜しい存在だという事は間違いない。

 何故なら彼女はサイに依存とも言えるほど懐き、盲目的に信頼している。その信頼とは、避難所で零士や叶子から受けた類のものでは無い。例えるなら、零士などはサイが悪事を働けば咎めるが、伶奈は元々サイと思考が似ていた事も相まってサイの行動全てが正しいと思い込むのだ。おまけに知能が低く、喋ることも出来ない。

 つまり伶奈はサイの行動に疑念を持たないし、サイこそが正義だと信じてる故に何事にも力も貸してくれるだろう。また、喋ることが出来ないため、他人と関わる時に低知能故のボロも出ない(蛇姿の伶奈に関わる人間などそもそもいないかもしれないが)

 それでいて強力なのだから、サイにとっては扱い易い兵器を手に入れたようなものだ。


(よし、こいつは連れて行こう。今後も強い魔物が現れる事を考えれば、僕一人じゃ手に負えない可能性もあるからね)


 サイは決して慢心を抱かない。自分の力を客観的に見て、勝てる敵と勝てない敵を正確に判断出来る。

 また、サイは自分の行動が他人に咎められるものだと知っている。どれほど厚い信頼があったとしても、サイが殺人を行えば誰だってそれを悪だと非難する。

 だから伶奈の様にサイの全てを肯定する存在は貴重なのだ。

 きっとこの先漆黒竜よりも強い者たちと戦うことになる。竜ですらサイ一人では倒せないのだから、力は備えておくべきだ。


「じゃあ、改めてよろしくね、伶奈さん。僕の進む道は茨の道だけど、君の力を信じているよ」


 サイがそう言うと、大蛇はサイの手に頬を擦り付けてくる。獣化してからスキンシップが激しいのは、喋れない代わりだろうか。


「とりあえず」とサイは呟いてから竜に右手を向ける。「闇の操り人形ダークドール


 オーガの死体を玩んだ様に、竜の死体も動かせないかと考えた。竜には翼があるから、それを動かせば空も飛べる。

 だがサイの思い通りにはいかない。

 魔法が発動している感覚はあるのだが、竜はピクリとも動かない。まるでトラックを持ち上げようとするかの様な重さ。どれだけ鍛えても不可能な気配だ。

 サイは出来ないことは即座に諦める。

 他にこの死体に用はない為、さっさと立ち去ろうとするが。


「なんだい」

 サイは不機嫌そうに伶奈を振り返る。

 大蛇はサイの衣服を口に咥えて待てと言ってる様だった。

 サイが振り向くと、蛇は自身の尻尾でクラリスの亡骸を指した後、地面を叩いて穴を掘る。


「埋めろって事かい?」

 蛇は正解だと頷く。


(別に態々埋めなくても、どうせすぐに魔物が寄ってきて綺麗に食べ尽くしちゃうと思うけど。学校にいる避難民は脅したから来ないだろうし、水谷零士は多分避難民に依存されて動けない筈だ。つまり放っておいても僕が彼女を殺した事は露呈しない。けど……)


 恐らく伶奈がクラリスを埋めたがっているのは“埋葬”というものだろう。死者を埋めて弔うという精神がサイにはわからなかったが、伶奈はクラリスの亡骸を敬意を持って処理しようとしているのだ。


(彼女は避難民など嫌いな人間には殺意を向けるけど、仲が良い人の事は大事にする傾向がある。ここが僕と違う所だな)


 まあ今生きてる中で彼女と仲が良いのは大田健くらいだ。僕も彼とはだから今後伶奈と敵対する心配は無いだろう。サイはそう考えながらクラリスの埋葬を手伝った。






 さて、サイは左手を治すために父――美城拓魔みしろたくまに会いに行こうと考えている。

 彼は外科医だ。

 サイはこの壊れる世界でまともな設備が使えるとは思っていない。電気も通じないのだし、そもそも病院が魔物によって破壊されている可能性すらある。故に外科医では腕の接合など不可能だろう。

 しかし美城拓魔は精神病質者サイコパスだ。

 世界が変わる以前から地位が高く、人を操る事に長けており、冷酷な取捨選択はどこまでも合理的。

 更に知能が高く、恐れを知らない彼がこの世界で低いステータスを持っているとは考え難い。

 きっと彼も特殊魔法が使える筈。

 何せこの称号は現時点の自分を表しているのだ、天才外科医が優れたステータスを持ったなら、腕の一本や二本くらい治せても不思議じゃない。

 サイはそんな考えで父に会いに行くと決めた。

 因みに、父が生きているかどうかなんて、考えるだけ愚かというものだろう。












「伶奈さん、僕はこのショッピングモールにいる人たちを全て殺そうと思う。何せ彼らは仲間内だけで全ての物資を独占している悪人だからね」


 時刻は夕暮れ時。竜の死体を置いて歩き出したサイ達は現在、南小学校から北にあるショッピングモールに来ていた。

 本来は今日クラリスと物資の調達に来る筈だった場所。しかし今朝と違い、物資を避難所に届ける必要は無くなり、全てを自分の物に出来る。


「何故って? だって僕らが来たのに彼らはシャッターを開けようとしないし、中に感じる気配は十数人しかない。きっと沢山の避難民が訪れただろう。だけど彼らは食料が尽きないように、入る人間を制限しているんだ。ほら、辺りを見てよ。この血痕なんてステータスを持たない人間のものだろう。可哀想に。この人は中に入れて貰えないからここで魔物に食われたんだ。うん。間違いなくそうだよ。だからあんな奴らは殺すべきだ。さぁ、行こう。手伝ってくれるね?」


 サイの言葉が真実かは誰にもわからない。

 何せサイ達はシャッターに固く閉ざされた入口の前に立っているだけで、中の人とコンタクトをとったわけでもないのだから。

 だが、何が事実なのかなんてどうでも良い。

 今、伶奈が頷いたこの瞬間から、ショッピングモール内の人間はサイの経験値に変わることが決定され、全ての物資の所有権はサイが持つ事になったのだ。



 始まりはサイの右手から放たれた爆裂魔法だ。

 これは火属性魔法を熟達して辿り着いた魔法。爆裂魔法の存在はクラリスに生前聞いていたから容易く扱えた。

 爆音と共に入り口のガラス、その奥のシャッター、それからシャッターの裏に積み上げられていた机や棚などの商品が殆ど粉砕され、爆風によって吹き飛ぶ。因みに爆裂魔法を習得したサイは、同時に風魔法を扱えるようになった。ただ、適性が無いためか、ステータスに“風”とは表示されないし、上手く扱うことも出来ない。簡易な魔法が使える程度だ。

 とにかく、正面入口が吹き飛んだ事により、二人の青年が走って来た。


「何事――魔物!? と、人間? あれ、どういう関係……」


 青年はまず大蛇の伶奈を見て、次に少年のサイを見た。

 人と魔物が共にいる事に驚いていた彼は、言葉を言い切る前に頭部をサイの水魔法ウォーターレーザーで貫かれた。


「ひっ!? て、てめぇ……」

 もう一人の青年が怯えながらも怒りを表す。

 しかし既に大蛇が側に迫っており、その巨大な口に挟まれて彼も容易く絶命した。


「……ん? 伶奈さん、人間を食べてるの?」


 サイは気配を探りながら伶奈を横目で見た。大蛇は人を噛み殺し、そのまま咀嚼を続けている。


「そうか、こりゃあもう完全に魔物だね。いや、構わないよ。折角だから全部食べちゃいなよ。ただ、僕に牙を剥いたら敵とみなすから注意してね」


 サイの冷徹な言葉に、伶奈は何度も頷いた。僅かばかり残っている知性を最大限活用してサイに危害を加えない事を表現しているようだ。



「さて。僕は最上階に待機している五人を殺ってくるよ。間も無く十人がここに来るから、伶奈さんはそいつらも食べちゃっていいよ」


 サイは大蛇の反応を見る事もせずに走り出した。音を聞きつけた人間が二人、近くまで迫っていたのだ。


影膜シャドウフィルム


 クラリスと竜の戦闘時にも発動した闇魔法を唱える。

 薄い影に覆われて気配を消したサイは、壁際を音を立てずに走る。途中、騒ぎを聞きつけて伶奈の元へ向かう男とすれ違ったが、彼はサイには目もくれずに走り去った。

 南の入り口から入って百メートル程先に進んだところでサイは上を見た。

 吹き抜けの廊下から飛び上がれば、最上階の三階まで瞬時に辿り着ける。

 石畳の床を踏みしめて、サイは地を蹴った。

 途中、空いた右手で風魔法を扱い、自分の身体を上へ加速させる。

 手摺りを超えたところで身体が重力に従い三階の廊下――ショッピングモール最奥の映画館前――に足をつけた。



「本当に大丈夫かしら? 凄い音がしたけど、強い魔物が入ってきたり……」

「大丈夫だよ。一階で生活してる奴らは最もステータスの高い奴らなんだから。僕らはここで高みの見物でも……」

 サイは映画館のロビーにて、ソファで寛ぐ五人の男女を確認した。

「待って……誰かいるの!?」


 一人の少女が立ち上がり、異変を感じて周囲を見回した。


「刀剣魔法……斬撃拡張」


 だがサイにとっては全てが遅く、最期まで呑気な動きであったと言える。

 五人の元へ走り寄り、瞬時に取り出した抜身の呪刀を左から右に、水平に振り払う。その一太刀で五人の命を奪った。

 刀身の届かない場所にいた者ですら身体を真っ二つに斬られたのはクラリスに教わった刀剣魔法のお陰で――彼女からは本当に沢山学んだサイである――込めた魔力量に比例して刀の斬撃が拡張する。拡張した斬撃は実際の刀で斬るよりも威力が落ちるのだが、人を切断するのに不足は無かった様だ。






 さて、サイが一応急いで一階に戻ったのには理由がある。

 それは伶奈の強さを知る為だ。

 彼女は竜と戦ったとき、その猛攻にもめげずに翼に噛み付いていた。そのお陰で竜の翼はボロボロになり、飛ぶ事が出来なくなったのだから、サイの勝利に十分貢献していた。つまりそれなりに役に立つのだ。

 だが、その評価はまだ曖昧だ。

 一回の戦闘で全てを知る事はできない。サンプル数は多ければ多い方が良い。

 相方の強さを正確に知っておく事は、そいつを切り捨てる時に重要な物差しとなるのだ。

 例えば、サイが勝てない敵が現れたとして、相方が弱ければ相方をおとりにしてサイは逃げるだろう。

 だが、相方が強くて有用ならば、サイは相方と上手く組んで敵を翻弄し、隙を作って二人で逃げるだろう。


 つまりサイは物差しを作る為に大勢から襲われる伶奈を見物しに戻ったのだが。


(なんてこった……もう戦闘が終わりそうだ)


 大蛇の武器はその肉体や牙だけらしい。

 ブレスや翼、爪を扱う竜と比較すれば残念な生物に思えるが、それ以外からすれば十分な化物だ。

 何せ彼女は今、叩きつけた尻尾で一人を圧殺し、巨体に見合わない速度で動き、更に一人刺殺したのだ。また、彼女の鱗には傷一つ見当たらない。何人か魔法を放っているが、それすら効かない様だ。


(相手が弱いというのもあるが……それにしても想像以上に使えるじゃないか)


 この瞬間に伶奈の寿命が伸びる事が決まったのだが、それは彼女の知らない話。






「お疲れ様、伶奈さん。今ので全部だよ。そうさ、僕らはこの場所を奪還したんだ」


 伶奈が最後の一人を噛み殺した後、サイは漸く物陰から出て行った。


 伶奈は殺した人間を一人ずつ食べながらサイの話を聞いている。


「僕は食料や衣類を調達して来るよ。ここを出発するのは明日の朝だ。一階に確か家具の専門店が入っていたから、今夜はそこのベッドで寝ようと思う。店のシャッターを閉めておけば魔物にも音で気付けるしね。まあ伶奈さんは大蛇だからベッドには乗れないか。好きな所で過ごすと良い」


 サイがそう言うと、伶奈は紫色の光に包まれる。

「まさか」

 人に戻るのか、とサイは思うが、人の姿よりも更に小さくなっていく。

 やがて、とぐろを巻けばサイの手のひらに乗りそうなくらい小さくなった蛇が現れた。


「小さくなる事も可能なのか……え? 違う? 逆か。それが通常の姿で、大きくなるには魔力の消費が必要って事だね?」


 サイの推理に小さくなった蛇は頷く。

 人を食べたお陰で魔力は回復したらしいが、戦闘時以外は小蛇でいる事にしたらしい。


「さて、とにかく僕は商品をありったけかっさらって来るよ。何せ腕を治す対価が必要なんだからね」


 まだ亜空間の中に沢山の物資があるサイだったが、それでも沢山の物を欲しがったのは、左腕を接合してもらう対価を集める為だ。

 今までの父ならば、義務だと言って無償でサイの生を支えてくれていた――そこに愛情が無くても。

 だが、美城拓魔は今の壊れゆく世界ではサイの事も他人と同じ様に扱う可能性がある。法も秩序も失くなったこの世界で、父がこれ以上息子の面倒を見る必要は無いからだ(美城拓魔はそう断言する様な人間なのだ)だからタダでは治してもらえないと考えるべきだ。

 幸いにも亜空間の容量は魔力量に依存し、サイの魔力は並より高い。

 サイはショッピングモール内を走り回り、ひたすら商品を影の中に落とすのだった。


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