本当に求めていたもの
やっと手に入れた。
初めて出会ったあの時から、ずっと求めていた。
胸で鳴った鼓動の音が耳にまで届く。
これを興奮というのだろうか。
あの瞬間から熱を持ってサイの中に生まれた感情。
滾る想いを必死に隠そうとしたのに、どうしても笑みが隠せなかった。
だから、向ける相手を変えた。
サイが欲しがる物の所有者は間違いなく強者だった。
だから悟られてはいけない。
敵対してはいけない。
むしろ必要なのは好意だ。恋慕の気配すら見せてもいいかもしれない。
そうして勝ち取った信頼を、ここまで積み重ねて。
ようやく潜り込めた懐で、全てを支配した。
運命だとか引き寄せの法則だとか、そういったスピリチュアル的な考えは一切持った事無いが、出会うべきものに出会い、それを今ようやく手に入れた事実がここにある。
「これが呪刀……」
知らず知らずの内に呟いていたサイ。
独り言なんて意味をなさないといつもなら考えているのだが、この刀を前に、サイの中には昂る何かがあった。
そう、この刀が側にあった時、サイはいつも滾る気持ちを持て余していたのだ。
サイには何が呪いなのかわからない。
この引き寄せられる魅力が呪いだというのか。それとも、手にしたらクラリスの様に暴走してしまうのだろうか。
構わない。
全てを擲ってでもこの刀が欲しい。
元々持っていた刀は投げ捨てる様にして影の中に収納した。
空いた右手で漆黒の呪刀を持ち上げる。
途端に冷静さが戻ってくる。
さっきまでの激情が嘘の様に。
刀はクラリスが持った時の様に荒狂う魔力を放つ事は無い。
しかし。
サイには感じられた。
この力は静かなる海だ。
そこに存在しているだけで強大さを感じる。
波を起こせば全てを飲み込んでしまう事だろう。
「え……うそ……クラリスちゃん……?」
背後から聞こえた声。大井伶奈だ。
彼女が来る気配は感じていたし、その前からついてくるだろうとは思っていた。
「僕のせいだ……僕が弱いから……守りきれなかった……」
振り向かずにサイは言った。声を震わせながら。
竜のブレスを浴びたクラリスの身体は当然ボロボロだ。また、サイの体も同じくボロボロだった。
竜の逆鱗を抉り、躱せない一撃が迫った時、サイは瞬時に氷魔法で盾を作った。その場凌ぎで作った魔法だ、当然すぐ壊れた。だが威力は多少削った。
魔気を纏っていたサイは身を守る事に集中し、ブレスを正面から受けながらも、その勢いを利用して後方に大きく飛んだ。
その身に受ける威力を出来る限り軽減し、受け流した事により、どうにか五体満足で危機を乗り切った。肌が爛れたって、身体中傷だらけだって、身体が動くなら無事だ。サイにとってはそういう認識。すぐに戦闘に戻ることも出来た。
だが、サイはクラリスの暴走を見て、これはずっと求めていたものを手に入れるチャンスかもしれないと考えた。瞬時に闇魔法で気配を隠し、いつでも飛び出せるように近くの物陰に隠れた。
そうして時を見極め、自らの左手を犠牲にし(侮れない相手ゆえになんらかの反撃が来る事を予想していた為、利き手では無い左手で命を奪った)今に至るのだ。
「違うわ! 私がもっと早く来てればよかったのよ。あぁ、可哀想に……サイくんも痛々しい……あぁ! 左手が無いじゃない!」
伶奈はサイに大きな信頼を寄せている。
更に、彼女の知能は著しい低下を見せている。
故に伶奈は戦後の状況を見ても何も疑わない。サイの言葉が正しいのだと受け入れる。彼女はクラリスの胸に刀の刺し跡があっても、サイの左腕が刀で斬られた様に綺麗に落ちていたとしても、全て竜のせいだと思い込んでいるのだ。
(頭の悪い奴は扱い易くていいね)
サイの本心など露知らず、伶奈は泣きそうな顔でサイの左手を運んで来る。接着でもするつもりか、とサイは白痴を見る様に眺めているが、一つ思い当たる事があった。
(そうか、もしかしたらあの人なら治せるかも)
呪刀を手に入れたお陰で左手の価値を軽んじていたが、流石に片手では不便だ。治るなら治った方がいいに決まっている。
そしてサイにはアテがある。
「ありがとう」
サイは伶奈から自分の左手を受け取って影に仕舞う。亜空間に入れておけば時は経たないらしい。
「まぁ、仕方ないよ。竜はそれほど強敵だった……だった……え?」
終わったつもりで言った言葉が間違いだった事にサイは気付いた。
振り返れば、竜の傷が再び修復しようと蠢いている。いや、既に傷は半分ほど回復していた。
「まだ終わってなかったのか……!」
その生命力に呆れながら、サイは右手だけで刀を抜いた(鞘は影の中に落とした)
「サイくん待って! 私がやるわ! 貴方もうボロボロじゃない!」
サイは邪魔をするなと思いながら振り返る。
「構わないで! 身体は動くから!」
二人が喋っている間に漆黒竜は活動を再開しており、凶悪な爪がサイの側まで迫っていた。
サイは避けようと考えたが、好奇心が閃いた。
刀とは脆いものだ。特に刃の方向ではなく、それ以外の方向から力を加えられれば簡単に折れてしまう。
それを知った上で、サイは刀の腹で攻撃を受けた。
折角手に入れた呪刀を、折りたいわけではない。この刀なら折れないだろうと確信があり、それを証明したかったのだ。
そしてそれは叶った。
(やはり! なんて強度だ。クラリスが荒々しく使ってるから頑丈だとは思ってたけど、これ程か!)
寧ろ折ろうとしても折れないのでは、と思うくらいに強靭な刀だった。刀が強いなら一切気を遣う必要が無い。好き放題の戦闘が許される。これはサイにとって重要な事だ。
サイは刀で攻撃を受けたお陰で無傷だが、竜に力で押し負けて後方に大きく飛ばされる。
「サイくん!」
伶奈の叫びが前方向に流れてどんどん遠くなって行く。その最中、サイは思う事があり、ステータスを開いてみる。
【名前】 美城サイ
【称号】 鬼人
【レベル】 35
【体力】 A
【魔力】 A
【魔法】 無、火、水、闇
【装備】 呪刀“黒夢”
(こちらもやはり、だな。筋力が上がった気がしたんだ。それにしても鬼人か。早くも成人したお陰で、火力はきっと上がっただろう)
実際には成人などしていないし、身体は子供のままだ。しかし同じ体型のクラリスに、自分よりも筋力があった事をサイは知っている。それは魔族の血がそうさせているのだろうが、今、サイは自分の身体にもそれらしき――人間離れした力を感じている。
(というかレベルが大幅に上がった……まさか、クラリスを殺しただけで十以上上がったのか! 確かに強者だが、人間を殺しても経験値が入るのか……やはり無駄飯食いの避難民は殺した方が得だったな。これからはバレない程度に積極的に殺そう)
それから、新しく出来た枠を見た。装備の名前は黒夢。他にわかる事はない。なぜこの刀だけ表記されるのか不明だが、わからないなら仕方ないし、名前なんてどうでもいい、とサイはステータスを閉じ、筋力の上がった足で地面を踏みしめた。
強くなった肉体を試す為に強く大地を蹴って竜に迫るが――
「サイくんをこれ以上傷付けさせないわ!」
意気込む伶奈の声と、紫色に発光する彼女の体。
(おいおい、まさか、嘘だろ)
獣化魔法とやらを見たいとは思っていた。だが、今獣化されたら困る。何せ自我を失うのだ。強力な力を得た彼女がサイに攻撃して来たら余計に戦いが不利になる。
一瞬の迷い。
強力な味方になるか、強力な敵になるか。
知性の無い獣に期待など出来ないな。
今の内に殺すか。
決断を下したサイは早い。
方向を修正。
光に包まれて姿形を変え、大きくなる伶奈に向かって大地を蹴る。
一歩で距離を半分にする。
伶奈の姿は大蛇に変わった。背の鱗は濃い紫、腹は白。全体的に見れば竜よりやや小さいが、竜の首よりも太く、竜の尻尾よりも長い。
こちらに向かってくる前に仕留めよう。
サイが二歩目を踏み出す時だった。もうこの一跳びで獲物に迫る。そんなタイミングで、大蛇の黄色く細い目はサイを見た。そして向かってくる事は無く、細い舌をチロりと見せ(まるで手を振るような挨拶に見えた)竜に向かって這い迫った。
サイは思わず足を止め立ち尽くす。
(僕のことがわかるのか?)
その場で呆然としていても大蛇はサイを敵とは認識せず、竜だけに集中している。
伶奈の意識がまだ残ってるのか、或いは魔法発動前に願った目的(恐らく竜討伐)を達成する為に伶奈の別人格である蛇がそっちに向かったのか。
何が大蛇を動かしているのかサイにはイマイチわからなかったが、蛇にサイを攻撃する気配がない事は感じられた。
ならば参戦しよう。
サイは再び方向を修正し、竜の元へ跳んだ。
「――――――――!」
竜はすっかり回復し、煩い雄叫びを上げる余裕すらあるらしい。
因みにその雄叫びは、伶奈に首を噛まれた痛みによる怒りだ。大蛇の牙は竜にしっかり刺さっている。
そこでサイは尻尾に迫った。クラリスが攻撃していた場所に。
そこは既に半分が斬られており、サイが一振り刀を降ろせば簡単に切断された。
刀の斬れ味に満足しながらも、サイはふと気になった。
何故尻尾の傷は回復しないんだ?
今にも切れそうだったのに。
胸の傷は殆ど塞がっているのに。
胸の方が大事なのか?
あの生命力、回復力を誇る秘密が胸にあるとすれば。
心臓か。
尻尾を斬られて悲鳴を上げる竜の真下にサイは潜り込む。
やはりもう浅い傷しか残っていない。
再び開かせてやろう。
サイは無心に刀を振るう。
闇雲に撒き散らされるブレスによって周囲の温度は熱く、騒々しくなっていく。
しかし外に意識は向けない。
今は斬ることだけが全て。
意識を切り離せるというのは、自分が受けた痛みを他人事のように捉えて痛みを感じづらくしたり。
自分の感情(サイコパスは必ずしも無感情というわけではない)を自分と切り離し、客観的に見つめることもできる。だから怒りや悲しみに振り回されないどころか、その感情を操って周囲をコントロールしたりする。
そして、現在のサイも例のごとく、あらゆる意識をその身から切り離していた。
刀だけに集中する。
自身の身体ですら、自分で動かしている感覚が無い。
外から見ればサイが踊っているようにも見えるのだが、彼にその意識は無く、最低限の動きで竜の爪やブレスを避け、その隙を縫うようにして刀を振っているだけ。まさに合理性を追求した剣筋。因みに竜が飛ばないのは伶奈が翼に噛み付いている事が理由だ。
だからサイはひたすら刀を振るう。
一太刀。
二太刀。
数を重ねる毎に威力は増して行き、傷は大きくなっていく。
刀は自然を体現したように、ありのままに動く。
これこそが海の様に強大な力の使い方。
刀が心を映す鏡だとしたら、そこには何も映してはいけない。
力の激流は、塞き止めても、制御しても、使いこなすには至れない。
ただ流れれば良い。
水が低いところへ流れる様に。
星が広大な宇宙を流れる様に。
時が一定の方向に流れる様に。
竜の傷が開き、その胸に半透明の黒い宝石が見えた時、サイはもう刀と同化したかの様に刀と共にあった。
「刀剣魔法奥義――」
見様見真似の技術魔法。
それでもサイ(或いは呪刀黒夢)は扱い方を知っていた。
「――無明之
そしてもっと合理的に、自分に合う様な技に変化させた。
全てを剣先に集中してから放たれた刺突の一撃を、竜の宝玉は何からも守られる事なく食らった。
本来はもっと強固だった筈なのに、完成された刀奥義を前に僅かな抵抗も許さず、粉々に破壊された。
暴れていた竜は宝玉を破壊された途端、糸が切れた様に動かなくなった。
それを見て今度こそ絶命したと判断したサイは思うのだ。
(何が呪いの刀だ。僕は自我も失わなかったし、大幅に強くなった。至上の刀じゃないか)
呪刀を使いこなしたのは初代鬼族長以来二人目、鬼人の美城サイとなった。
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