真実を知るきっかけ
「あぁ! よく帰ってきた、二人とも! 怪我はないか?」
門衛を務める二人の間を無言で通り抜けたクラリスとサイは、校庭で未だ鍛練を続ける水谷零士に迎えられた。
「先生。僕たちは無事です。しかし、山場先生を見つけられませんでした……」
「そんな気にしないでくれ。直ぐに見つかるとは思ってないし、あまり焦って自分の身を疎かにしないでくれ。今日も遅いし、二人とも夕食にしてから休んでくれ」
汗にまみれた零士に肩を叩かれ、サイは頭を下げてから給食準備室に向かう。クラリスは零士の訓練に少し付き合うと言い、彼女が待っていた荷物を預かり、サイは一人歩く。
夜はまだ始まったばかり。電気がつかないせいで明かりこそないが、ステータスが発現した者は大抵夜目がきく。故にまだ眠りにつかない人間は多い。
「おかえり、サイくん」
暗い廊下にスルリと現れ、サイの荷物を半分引ったくったのは大井伶奈。
「荷物ありがとう」サイは言ってから微笑んだ。
「ただいま、ちょうど会いたかったんだよ」
「まぁ!」伶奈は隣からサイの顔を覗き込んで笑った。
「嬉しい事言ってくれるじゃない」
「ご飯は食べた? よかったら一緒にどう?」
「ディナーのお誘いね。わかったわ、急いで食堂に行きましょう」
【名前】 美城サイ
【称号】 子ども
【レベル】 9
【体力】 B
【魔力】 C
【魔法】 無、火、水
【名前】 大井伶奈
【称号】 蛇女
【レベル】 7
【体力】 C
【魔力】 C
【魔法】 無、獣化
数分後、食堂として利用している給食準備室にて、二枚の紙を覗きながら食事をするサイと伶奈の姿があった。
「何よ、私に会いたいって言うからロマンチックな話かと思いきや、ステータスを見せてくれなんて」
伶奈は不満そうに口を尖らせているが、サイは野菜炒めを頬張りながら真剣にステータスを眺めている。
「それにしても、野菜が食べられるのはあと何日かしら。風香さんも野菜が傷んできたって言ってたものね……」
風香さんとは、この避難所の調理担当をしている女子大生だ。
「ねぇ、それよりさ、獣化魔法を使った時の事ってどうしても思い出せないの? どうして使ったのかとか、使用後はどんな気分だった?」
話を聞かないサイに伶奈は再び口を尖らせた。
「思い出せないわよ。まだここに来る前、コボルトっていう犬の魔物の群れに囲まれたのよ。一体殺した後、体中が熱くなって、気付いたら周辺が更地になっていたわ。コボルトは地面に埋まってたり、遠くの方で倒れてたり……後になってステータスを確認して、クラリスちゃんに話を聞いたから獣化魔法のせいだってわかったけど、自分では本当に何が起きたのかわからないわ」
「ふぅん……」
「それよりサイくん、子どもって称号そのまんまじゃない! 何の効果があるの?」
「よくわかんないけど、可能性を秘めてるんだってさ」
サイはこの避難所では嘘のステータスを教える事に決めていた。自己開示を行った方が信用されやすいし、この世界の事が少しずつわかってきたため、上手な偽装が出来るようになった。隠すべき物は隠し、周りから突出し過ぎない程度に優れているように。実際、伶奈は何も疑っていない。
「へぇ、これからが楽しみね。まぁ、もうすでにステータスも高いから、即戦力なんだけどね」
因みに、サイの実際のステータスはもっと高い。
【名前】 美城サイ
【称号】 鬼の子
【レベル】 19
【体力】 B
【魔力】 B
【魔法】 無、火、水、闇
魔物の群れと戦った時と、オーガと戦った時のお陰で、レベルだけならこの避難所の中でもトップになる。ただ、零士のレベルは十であるが、体力も魔力もAであり、闇以外の全属性魔法に適性がある。故にサイは自身を彼より強いとは思っていない。
「さぁ、ご飯も食べたし僕はもう寝るよ。伶奈さんもゆっくり休んで」
サイは食器を流し台に持って行き、自分で水魔法を使って洗う。
「じゃあ、おやすみ」
そう言って出ようとするサイだったが、開きっ放しのドアから丁度入ってきた零士とクラリスに止められる。
「おいおい、一体どこで寝るつもりだ?」
サイの目の前に立った零士は問いかけた。
「え? 普通に体育館で……」
「ダメだ。俺の為に働いてくれてるサイを、その他大勢の人間と同じ待遇にするなんて俺が許さない。お前は六年一組の教室を使ってくれ。一人部屋だからゆっくり出来るだろう」
サイは驚いた顔を作る。「そんな、僕のために」
「いいんだ。さぁ、ゆっくり休んでくれ。危険なお願いをしてすまないが……明日もよろしく頼む」
「……ええ、わかりました。お気遣い感謝します、おやすみなさい」
サイは素直に頷いてから食堂を出て行った。
(いつの間にこんなに信頼されていたのだろうか。水谷零士は僕の事を精神病質者だと疑っていた……いや、確信していた筈なのに)
サイは一人思案ながら階段を上り、最上階である三階の隅にある六年一組の教室を開いた。
三十近くある机は後ろに寄せられ、全てが几帳面にくっ付けて並べてある。こういった正確な仕事は零士の仕業に違いない。
並べられた机の真ん中に、大きなマットと綺麗な毛布が乗っている。
本音を言えば、ここまで優遇されなくても構わなかった。どうせこの避難所には睡眠場所しか求めておらず、何処でも眠れるサイにとって、それは体育館の雑魚寝で十分過ぎたのだ。
だが、一人ならばそれはそれで都合が良い。
魔法の鍛錬は避難所の外で行うつもりでいたが、折角誰にも見られていない場所を手に入れたのなら、存分に魔力を消費して力を磨こう。
そうして魔力を空っぽにしてから気絶すれば、魔力量は増えるし、睡眠と同時に魔力を回復し、全快状態で朝を迎えられるのだから効率が良い。
合理的な少年はそんな事を考えながら、布団の上で魔力を練り始めるのだった。
一方、サイが南小学校で眠りについた翌日、北中学校では、積極的な行動が開始されていた。
「おい太一ぃ! グズグズしてねぇでとっとと歩け!」
「ひっ……荒木先輩、どうして僕にだけ厳しいの……」
山場叶子の勇者としての目覚め、それと同時に起きた、美城サイが在籍していた第八グループの崩壊。
これらの出来事をきっかけに、北中学校避難所では活発な動きが始まっていたのだ。
場所は裏校舎北側の塀の先、第八グループが見張りを行っていた場所だ。
花園太一と荒木勝己はここから更に北に歩いている。
「そもそも俺らの仕事は近場の住民の避難誘導だ。遠くまで食料調達に行ってる馬場先公やさくらパイセンと比べりゃ危険が少ない。だからテメェはいつまでもウジウジしてんじゃねぇ。甘ったれんな。だからデブなんだよ」
荒木が言う通り、当初に決めた食料調達班はその役目を果たす為に既に動き出していたし、それ以外にも力をつけた者は、空いた時間で近隣住民の避難を助けている。荒木と太一は今これを行っている。
「もうやだ……サイくん早く帰ってきてくれないかなぁ……」
太一は友人(太一が思ってるだけ)のサイの優しい口調を思い出す。
第八グループの事件と、サイとみずほの旅立ちは、その翌日には全班が聞かされていた。サイとみずほが自分に何も告げずに出て行ってしまったことを太一が知った時、彼はサイを哀れんだ。サイくんは心に傷を負ってしまったんだ。友人の僕(太一が思ってるだけ)に挨拶もしないなんて、よっぽど参っていたんだ。
その日から、太一は自分の力を磨くために一層奮起した。
僕がもっと強ければ、サイくんは僕を頼ってくれたかもしれない。
力が無ければ友達すら救えない。そんなの嫌だ。
そんな太一の努力を側で見ていた荒木が、こうして今日の活動に太一を誘ったのだ。
「けっ、俺はあのガキ、なんかいけ好かねぇけどな。お前みたいに俺の事をビビるのが普通なのに、あいつの目は俺も太一も同じだと語ってたぜ。こんな屈辱、お前にはわからねぇだろ?」
「そんなに僕が嫌ですか……ただ単純に、僕と同じ様に荒木先輩とも仲良くしたいと思ってたんじゃないですか?」
「そーゆー単純なモンなら構わねぇけど、なぁんか納得いかねぇんだよなぁ」
荒木は自分の中にあった不信感を太一に話してみたが、これは自分しか抱いてない感情だと思い知らされた。
当然だ。あの子供は礼儀正しく、人当たりの良い言葉を使う。
自分があのガキに不信感を抱いたのは、単に自分と真逆の人間だったからって事じゃないか?
荒木は次第にそう考える様になってきた。
「荒木先輩、あそこの家の人はもう救出してますか?」
太一は前方を指差しながら問いかける。そこには扉だけが壊れた、被害の少ない家が建っていた。
「いや、そもそも北は今日初めて来たんだ。だから片っ端に探すぞ……それとな、住民の避難誘導と謳ってはいるが、人がいなかったり死んでた場合は食料や衣類を盗っていく。つまり死体漁りだな……おい、そんなツラすんじゃねぇ。今生きてる奴らを生かす為に仕方無い事だ。腹決めておけよ」
堂々と犯罪行為を宣言する荒木だが、今の世界でこれを責める事は出来ない。
全ては生きる為。
見ず知らずの他者が遺した品でも、活用出来るのなら活用する。まるで墓荒らしの様な死者への冒涜行為でも、自らが生きる為には仕方がない事なのだ。
太一もそれを既に理解していた為、顔を青ざめながらも黙って頷いた。
家の中は静まり返っていた。
二人は魔物がいる可能性を考え、静かに一つ一つ部屋をのぞいていく。
リビング、トイレ、寝室に浴室。キッチンにも誰もいない。
「もう避難が済んでんだろうか……? 二階行くぞ」
お化け屋敷に来ているかの様に震える太一を引っ張って、荒木は慎重に階段を上る。
「待って先輩!」
階段の途中、太一が小声で荒木を制止する。
声を潜めて耳をそばだてると、二階奥の部屋から、クチャクチャと肉を咀嚼する様な音が聞こえる。
二人は最悪の想像に目を見開き、さっきまでの慎重さが嘘の様に走り出し、扉を叩き開ける。
部屋の光景は想像通り、一匹のホワイトウルフが人の死体に齧り付いている場面だった。
「くそったれッ!」
荒木は右手の拳に炎を纏い、狼の横面に叩き付ける。
「キャン!」と情けない声を上げて飛ぶ狼の頭部に、太一は両手に握った鎌を振り下ろした。
戦闘はあっけなく終わったが、太一は救えなかった人間の亡骸を見て、部屋の隅で嘔吐する。
血の匂いには未だ慣れない。何より、自分達がもっと早く来ていれば彼は助かったかもしれないのに。
僕のせいだ。
また僕のせいで、人が救われなかった。
太一は何度目になるかわからない自己嫌悪に陥る。
だが、死体のそばに立ったままの荒木が太一の気を和らげる。
「……太一。お前の考えてる事はわかるが……これは違うな……専門家じゃねぇからわかんねぇけど、恐らく死後数日は経ってんじゃねえか?」
「……え? じゃあ、この狼は偶々見つけた死体を食べてただけ……?」
「あぁ……っておい、おい太一! こっち来い!」
急に叫び出した荒木に驚き、太一は「はい!」と元気良く返事してから走り寄った。
あまり死体を見たくはないが、荒木に「顔を見ろ」と言われて仕方なく目を向ける。
「あれ……? この人、えっと確か……サイくんの班にいた、千田薫先輩……?」
血の赤に染まった顔と喰いちぎられた頬のせいでわかりづらかったが、それは間違いなく千田薫だった。
「やっぱりそうだよな……刀を奪って逃げたって聞いたけど、結局魔物に殺されてんじゃあ仕方ねぇ奴だ……ん? 刀は何処だ?」
荒木は周辺を探すが、千田薫の持ち物は何一つ見つからない。
「いや、待てよ……そもそも……こいつの死因はなんだ?」
一人考え始める荒木を放って、太一は再び部屋の隅に避難する。
ついでに窓を開けて換気し、目に溜まった涙を何度も拭う。
脇腹や左足の肉が抉られている薫の身体を、荒木は改めて観察した。
よく見れば胸の辺りの血が大量だ。そしてその血は既に乾いており、数日前の死に関係する血の跡だと直感する。
真っ赤な衣服を引き裂いてみると、その胸の傷を発見した。
薄く平たい、鋭利な物で貫かれた傷跡を。
「なぁ太一。包丁を扱う魔物なんて今まで見てねぇよな」
背中越しに二人は会話を始める。
「え? まぁ、いるかもしれませんけど、誰も発見してませんね」
「藤代宗介の死因はなんだったっけ?」
「……喉を包丁で貫かれたって……ていうか荒木先輩、自分で火葬したんだから覚えてるでしょ」
「悪い悪い、確認の為だ」
その後荒木は、「そうだよなぁ」と意味深に呟いてからその場に座った。悪者だと聞かされていた薫を、哀れむ様に腕で支えたまま。
太一はわけがわからず荒木を振り返るが、血の色を見て気分が悪くなり、再び外に目を向けた。
「同じ跡だもんなぁ」
荒木は小さく呟いた。
「だからいけ好かねぇって言ったんだ……」
荒木が何を呟いているか太一にははっきり聞こえなかったが、再び「おい太一!」と呼ばれて太一は振り返った。
「関口みずほってガキが、美城サイに着いて行ったんだよな」
「えぇ、そうですよ」
「そっかぁ……そいつの事も探してやんねぇとな……」
首を傾げる太一を置いて、荒木は立ち上がり、歩き始める。
「ちょっと、どうして、その、千田先輩を抱いて行くんですか……」
「変な言い方すんな。こいつの事も火葬してやんねぇとだろ」
「……荒木先輩って本当は優しいですよね」
太一の呟きに舌打ちしてから、荒木は千田薫の亡骸を抱えたままそそくさと部屋を出て行く。
「それに、この事実を山場先公達に知らさねぇとな……ただ、テメェだけは何も知らねぇ方が幸せだろうけどな……」
思いやりのこもった呟きは、本人には届かず霧散した。
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