違和感と共に歩む道

 

 サイはオーガの頭を捥いだ後も、闇の操り人形ダークドールを暫く試していた。

 いつの間にか彼から目を逸らしていたクラリスは、巨体が倒れる音を聞いて顔を上げる。


 まるで軟体動物の死体みたいに全身があらゆる方向に曲がった鬼の死体が、そこにあった。


「ごめん、夢中になっていたよ。食料を持って戻らないとね」


 サイは共感能力が低い。それでも、相手の表情を読み、コミュニケーションを取ることは出来る。

 だが、クラリスは表情が乏しく、サイにはイマイチ彼女の感情が読めなかった。

 それに日常的に魔物を殺している異世界人が魔物に同情を覚えるなんて、想像もしなかった――そもそも残酷な事をしている自覚も無かったのだ。

 だからこそサイは普通に話しかけ、そんなサイを見たクラリスはぎこちなく微笑んだ。


「え、ええ。そうね、夕暮れだもの」



 クラリスの前を歩いて店内に入りながら、サイは思い出した様に言う。


「闇魔法は嫌悪されてる言ったよね。僕があの避難所で闇魔法を使ったら、皆んなに嫌われるのかな?」

 振り向いた少年は少し寂しそうだった。


「それは……多分そうなる。彼らは魔族に対する嫌悪感も持っているから、同じ様になると思う」


「そっか……僕、あそこには昔の友人もいてね……出来れば嫌われたくないなぁ」


 先程までとは打って変わり、急にサイの事が歳相応の少年に見えて、クラリスは思わず慰めた。


「闇魔法を使わなければいい。もし、亜空間魔法で荷物を持ち帰ろうと思ってるなら、それはやめて手で持って帰ればいい」


「皆んなに隠し事をするなんて……」


「私なんて自分の正体すら隠している。それに比べたらサイのは些細な問題」


 サイは不安そうな表情でクラリスを見つめた後、ようやく微笑んだ。

「ありがとう、二人だけの秘密だね」


 クラリスには自分の選択が正しいものなのか、判断もつかない。それでも自らの正体を知った上で味方でいてくれるサイを、出来る限り守ってあげたいと思った。




 二人は一通りの食料をスーパーのビニール袋に詰めた後、両手に沢山ぶら下げて帰路に着いた。

 サイが袋だけでなく、亜空間にも様々なものを仕舞っているのをクラリスは見たが、何も言わないでおいた。



「そういえば魔法って一体どんな現象なの? 扱ってはいるけれど、イマイチよくわからないや。何が出来て、何が出来ないのか。あ、適性も不思議だよね。僕も雷を出す事が出来ないのかな?」

 夕日に背中を向けて避難所に戻る途中、サイは袋を持った自分の手を眺めて言った。


「そういえば、ティスノミアの人達はステータスが見えないんだよね? どうやって魔法適性を知るの?」


 クラリスは少し呆然とした後、納得したように言った。

「それ、もしかして伶奈から聞いた話?」


「そうだよ」サイが頷くと、クラリスは首を振った。


「伶奈が言った事は一旦忘れて。あの子は知力にマイナスがある」


「は?」

 今度はサイが呆然とする。


「特殊魔法の副作用が働いていて……丁度いい、魔法について説明する」



 クラリスは、魔法の基本属性は七種類だと言う。

 火、水、雷、土、風、光、闇。

 しかしこれらに当てはまらない魔法も存在する。

 それこそが“技術魔法”と“特殊魔法”だ。


「例えば、私は刀魔法が使える」

「刀魔法?」


 首をかしげるサイの為に、クラリスは荷物を置いて刀の柄に触れる。

 直後、目にも留まらぬ速さで抜いたと同時に剣の衝撃波が飛び、五十メートル先の木が真っ二つに切れた。


「これは風魔法の風刃ウィンドカッターに似てるけど、居合斬りに魔力を付与して飛ぶ刃を放つ技術魔法。技術魔法っていうのは、体術に魔法を組み合わせる魔法の事。魔法よりも強力な打撃力があるし、消費魔力も少ない。さっきの飛ぶ刃だって、消費魔力に対する威力は風魔法の比じゃないくらい高い」


 こうした技術魔法は、体術と無属性魔法を鍛えているうちに習得できる事が多い。因みに無属性魔法とはただの魔力の事のようで、サイの予想通り誰でも使える。身体強化に使うのが一般的だそうだ。


「でも、選ばれた人しか使う事が出来ない魔法というのが存在する。それこそが特殊魔法。基本属性魔法も適性によって使用者を選ぶけど、相当な努力があれば初歩的な魔法くらい適性無しでも使える。でも、特殊魔法はそうではない。生まれた時に、選ばれた者だけに、与えられる」


 例えば、魔神の空間魔法。これは世界中で彼女一人しか使えない、転移などに用いる魔法だ。

 ウラリュスは生まれた時に授かったその能力を成長させ、異世界に干渉する事が可能となった。

 この様な強力な特殊魔法の他に、それなりの人数に与えられる簡易な特殊魔法もあった。


「鑑定魔法は割と……一つの国に十人くらいは使える人がいる。それによって私たちは自分のステータスを知る事が出来る。魔法の適性もね。……ただ、貴方達が授かった“称号”というものはない。それは多分、創造神アルスティアが、戦いに慣れていない地球人と凶暴な魔物との均衡を図る為に創り出した概念だと思う」


 それはつまり、称号とは、蹂躙しにやってくる魔物や魔族に対抗する為に、大いに役立つ特性を秘めている、という事らしい。


「それで、伶奈の話に戻る。彼女の称号は“蛇女”で、人間にしては珍しい“獣化魔法”を使える」


「獣化魔法?」


「えぇ、魔族である獣人の中には使える者が多いのだけど、稀に人も獣化魔法を習得する。ただ、人が使うには副作用がある」


 その副作用こそが、知力の低下だそうだ。

 なんでも獣化魔法を使用した時、人は巨大な獣の姿となり、膨大な力を扱うようになる。しかしそれは力の暴走と似た状態であり、魔法使用中は自我を失う事が多い。

 それに伴い、魔法を使用する度に知力が低下していく。人に戻っても、脳へのダメージは回復しないのだ。


「伶奈は力を使ったのは一回だけと言ってたけど……それも本当かわからないけど、とにかくこれ以上力を使わないように言ってある。既に認知能力と記憶能力に問題が見られているから」


 もっとも、人が使う獣化魔法は、獣人が使うものよりも強力な力を得る事が出来る――獣人の獣化魔法は理性が残る程度の小規模(人と比べれば)なものだからだ。

 だから人族の中では、獣化魔法は代償を払っても惜しくない程強力な才能だと言う者もいる。


「強力だけど、それは非常事態以外には使用禁止。貴方達だって友達が欠落していく様子を見たくないでしょ?」


「うん、その通りだ」サイは思ってもない事を口にした。


「ということは、魔神ウラリュスがゲーム感覚で僕らにステータスを与えたっていうのも誤認だったんだね」


「そうね、それは間違ってる。彼女は無駄な事をしないから。態々敵に力を与えるような事はない。ステータスが見えるようになったのは、創造神アルスティアが世界の均衡を保つ為に与えた加護みたいなもの。アルスティアに見守られている限り、著しく不公平な事態にはならないから、貴方達にはどうか諦めずに戦って欲しい」


「もちろんさ。因みに、その、アルスティアっていうのはどれくらい信じられるの? 与えてくれる力だとか、そもそも世界の均衡って何?」


「え」

 クラリスは目を瞬かせた。

「神という概念はこの世界にもあるって聞いたけど……」


「うん、でも神がいるとは言われていない。神っていうのは信仰の対象であるけど実在しないし、信仰したところで何のメリットもない。それが僕の認識だけど、アルスティアは違うの?」


「……この世界では人によって考え方や思想が大きく違うのね」

 クラリスは納得したように頷いた。


「アルスティアは間違いなく存在する。天界、或いは別次元、そんな風に常人には見る事も出来ないような場所に。そこから自分が創った世界“ティスノミア”を見守っている。自分の子供たちである全ての生命が、その尊い命を無惨に散らさないように。創造神が見守っていたからこそ、長い歴史の中で、人や魔族のどちらかが圧倒的不利に陥ったりせず、全ての種族が絶滅する事なく生きてきた」


 神以下の生物が立てた仮説に過ぎないのだけどね、と彼女は言い放った。


「ふぅん……」

 サイは納得したような、それでいて矛盾を指摘したいような、微妙な雰囲気を醸しながら黙り込んだ。



「まあ、とにかく、アルスティアは何故か地球にも干渉する力がある――これにはウラリュスも驚きだった様だけど。だからこそ、絶望する必要はない。これから始まるのは一方的な蹂躙じゃなくて、公平な戦いなんだから」


 クラリスの勇気付ける言葉にもサイは上の空で、クラリスは少しばかり少年のメンタルを心配した――やっぱり年相応に戦争を恐れているのではないかと。

 優しい少女の見当違いの気遣いが働き、二人が夜に避難所に到着するまで、会話は生まれなかった。

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