関係は良好

 

 研究班と共に昼食をとったサイは、見張りの為北へ向かう。


(研究班の調査はなかなか進まないな。そもそも実験体の魔力が少なくて魔法を何度も使えないのがダメだ)


 あの後、荒木勝己が疲労を訴えたため、実験は中止。その後は理科の辻峰先生が興奮して荒木の手を観察したり、太一が仮説だけ立てていたり、有意義とは言えない時間が過ぎていた。



「あ、サイくん!」


 担当場所に着くと、塀の内側で千田薫が迎えてくれた。


「これで後はあの人だけなんだけど……」

 もう一人を探す薫にサイは言う。


「もう来てるみたいですよ」

 外に気配を感じたサイは、言いながら塀を乗り越える。


「宗介さん、お疲れ様です。第四グループの方々はもう帰してしまったのですか?」


 腕を組み塀に寄りかかる彼は舌打ちする。


「どこで名前を知ったのかは知らんが、馴れ馴れしく呼ぶな」


「外に出るのか……」不安そうな表情で薫も塀をよじ登り外に出た。


「それから、俺一人で十分だと言ったはずだ。前のグループはとうの昔に帰した」


 身勝手、不遜、傲慢。そんな青年をどうしても受け入れきれず、穏和な薫でも顔を顰めた。


「宗介さん? ちょっと、もう少し協力しませんか? 貴方が強いのはわかりましたが、魔物の事を熟知しているわけではないでしょう。僕らも精一杯戦いますから、そんなに突き放さないでくださいよ」


 しかし薫が柔らかく言ったところで、宗介は二人を拒み続ける。


「そもそも俺はグループ制など反対だった。仲良しごっこがしたいなら二人でやってろ。戦いたいと言うなら俺の役に立つくらいレベルを上げて来い」


 その言葉に、今まで黙っていた彼が反応する。

「え、いいんですか」

「ちょっ、サイくん」


「僕は研究班だから貴方のステータスを見ました。僕らだけでなく、他の誰よりも優れていましたね。だから貴方と協力出来るように、さっさとレベルを上げてきます。それまで一人で持ちこたえて下さい」


「誰に物申している」宗介はほんの僅かに微笑んだ。「当然だ、さっさと失せろ」



 それからサイと薫は園芸室に行き、片手サイズの鎌を二つずつ持って再び塀の外へ出た。


「あまり遠くには行きません。危なくなったら叫んでくださいね、飛んできますから」


「不要だと言っている」


 宗介と挨拶を交わし、二人は北に向かって歩き出す。


「よかったのかなぁ、後で何か起こったらどうするんだろう……」


「いいんじゃないですか? 宗介さんが全責任を負うって言ってましたし」


「え!? そんな事言ってなかったよ!?」


「言ってましたよ、言ってました」

 サイは当然のように事実を歪曲させる。宗介の性格では他人に信用されることは殆ど無いだろうから、こちら二人の言い分が一致していれば、確実に自分達が信用される。

 だから言われた通り素直に持ち場を離れたのだ。


「サイくんって見かけによらずワルだなぁ……」


 つぶやく薫は思い出したように言う。


「あ、でも、宗介さんサイくんに褒められて少し嬉しそうだったよね。表情変わらなくてわかりづらいけど」


「いや、それは多分違います」


 他人の心がわからないサイは、学術的に他人の心理を知ろうと、よく本を読んでいた。

 そのお陰で、どんな人がどんな言葉に喜ぶのか、そう言った技術が一般より高かった。


「宗介さんは弱い人が嫌いなんだと思います。正確に言えば、弱いままの人、かな。そんな体たらくの人間と命を任せ合う仕事なんて、やりたく無いじゃないですか。だから拒んだんです。でも、僕らはレベルを上げて来ると言いました。彼は僕らのそこが気に入ったんだと思います」


「へぇ、ストイックというか、気難しいねぇ」


「えぇ、だから過去にも明確な意思が伝わらずに他人に嫌われる様な事もあったかと思います。当然でしょう、あんな言い方では誰も仲良くしたがらない。だからこそ、今回僕らがそれでも協力すると言ったことは、彼にとっては割と嬉しいことだったかもしれませんね」


「なるほど……サイくんって大人だねぇ。僕は彼の表面だけ見てしまって、勝手にイライラしてしまったよ。そっか、じゃあ僕もまずはステータスを発現できるように頑張るよ!」



 薫が意思を強く持ったところで、魔物は現れた。


「グギャ!」


 サイも昨日倒した、緑色の小鬼だ。


「薫さん、一人で行けますか?」


「う、うん」


 薫は頷くが、道の端にある自動販売機の裏からさらに三体の小鬼が現れる。

「そこにもいたか。薫さん、最初の一体にだけ集中して下さい。攻撃は絶対に受けないで。急所を一撃で決めて下さい」


 二人が歩いて畑を超え民家を超えた時から、ここは既に宗介の目が届かない場所となっている。助けは見込めない。


「そ、そんな、サイくん三体も……」


「グズグズするな! もう始まってる!」


 サイの怒声。

 ビクッと背筋を伸ばして薫は集中する。

 僕はなんて情けないんだ、年下の彼に喝を入れられるなんて。みんなの役に立つ為に強くなるんだ。

 そんな思いを込めた、強い眼差しで敵を睨みつける。

「行くぞ……」


 一方珍しく怒鳴り声を上げたサイは、行動とは裏腹に危機感も無ければ緊張もしていない。

 ただ他人を動かす為に怒声を使っただけだ。そうするのが薫にとって最も効果が高いと冷静に判断したから。


「お前らの相手は僕だよ」

 言葉に反応したかの様にサイを見た三体。瞬時にその内の一体に迫り、緑色の首に深々と鎌を刺す。早くも一体は絶命。

 それを見た二体は同時にサイに迫る。

 遅いな。

 サイは退屈さを隠さずに二体の攻撃を避ける。拳を、棍棒を。

(あ、その棍棒欲しいな)

 サイは手に持っていた鎌を捨て、棍棒を持った小鬼の腹を蹴り飛ばす。それでも武器を手放さない小鬼の頭を、サイは殴る。

 まだ手放さない。

 蹴る。

 蹴る。

 ようやく手放した棍棒をサイは拾い、振りかぶる。だが、その小鬼はもう死んでいた。

 仕方がない。

 最後の一体で武器の性能を確かめよう。

 サイは振り返り様に棍棒を大きく振るう。背後から敵が来ている事を察知していたからだ。

「ガギャッ」

 棍棒は敵の横腹を捉え、数メートル飛ばす。

 命を絶つには力が足りなかった。

 それならば次は弱点へ。

 サイは起き上がろうとする小鬼の頭部めがけて、全力で棍棒を振り下ろした。

 棍棒ごと地面に叩きつけられ、挟まれた頭部は赤い血を撒き散らして潰れた。

(血は緑じゃないんだな)

 そんな事を考えながら振り向くと、薫は未だ戦闘を続けていた。というより、あれはダンスだ。

 攻撃を仕掛けようとする薫だが、その前に小鬼のパンチが飛ぶ。それを避ける。また仕掛けようとするが、今度はキックが飛ぶ。避ける。その繰り返し。


(めんどっちぃな)


 本当は、サイこそが一人になりたかった。薫の成長の手伝いよりも、一人でレベルを上げながら魔法を試したい。だが、ここで薫を放置して死なせたら、責任の殆どは宗介になすり付けるにしても、サイも圧倒的非難を受けるに違いない。

 仕方がないから面倒を見てやろう。


 サイは先ほど捨てた鎌を拾い、小鬼の右足に向かって投げる。


「グギャァァ!」


 丁度右のふくらはぎに刺さり、敵は片膝をつく。


「今だ薫さん! 脳天ぶち抜け!」


 サイの乱暴な言葉遣いをそのまま受け入れたかの様に、薫は力強く鎌を振り下ろした。




「うぅ、ぐっ……」


 その後はサイにとっては不毛でしょうがない時間。

 人間の不合理な感情が覚える、生物を殺した時の嫌悪感や罪悪感と向き合う時間。


「おぇ……」


 サイにはどうしても理解出来ない。

 血生臭い、汚い、その程度しか感じない。

 こうして苦しむ人間を目前にしていても、その苦しみの僅かすらも共感出来ない。

 浮かぶのはただの疑問。

 何故自分を殺そうとした“敵”を殺して、悲しんでいるのだろうか。それを慈悲だとか耳障りの良い言葉で飾るのなら、人間なんて飾りが上手いだけの劣等種族。そんなものが生き残れる筈がない。

 そう考えると、生物学的に見て自分は感情が“欠落”しているのではなくて、無駄なものを削ぎ落として“進化”したのかもしれない。

 ならば尚更この世界は自分に合っているというものだ。


「落ち着きましたか?」


 早く次の魔物を探しましょう。そんな本音が隠されてる事は薫にわかる筈もなく。


「う、うん。すまないね、みっともないところを見せた。……サイくんは本当に大人だね」


「いいえ、僕も最初は何度も吐いたし、震えが止まりませんでした。夜も眠れなくて」

 真っ赤な嘘だ。

「でも、誰かがやらなくちゃ。じゃないと誰かが不幸になります。それは友達かもしれない。友達の友達かもしれない。だから若くて健康な僕が戦わないといけないんです」

 誰が不幸になってもどうでもいいけど。

「だから、薫さんも誰かの不幸を見たくないなら、共に立ち上がりましょう」

 早くレベルを上げに行こう。


 サイの言葉に励まされ、薫は武器を握る。


「うん……ありがとう」




 それから日が暮れるまで、二人は魔物を狩り続けた。遭遇する敵の殆どは緑色の小鬼だ。ゴキブリの様に繁殖力が高いのだろう。

 毎回サイが敵の大半を相手する。薫は自分の戦闘に集中し、サイの非道な戦いに目をくれる余裕は無い。毎回無傷の勝利を収めるサイに、「強いんだね」と賞賛の声を上げるだけだ。

 そして薫はやはり、殺すたびに嘔吐する。その度にサイは水魔法で掃除したくなったが、力については暫く隠しておく。ただ、お互い順調にレベルが上がっていったため、サイも今日の成果に不満はなかった。

 因みにサイはレベルを5に上げたが、ステータスは何も変わらなかった。




「宗介さん、ただいま戻りました」


 青い顔をした薫と、昼と何も変わらないサイ。変わったことと言えば、右手に棍棒を握っていることだ。

 宗介は意外そうにサイを見つめた後、一言だけ言った。


「ご苦労。間も無く第十二グループが来るだろう。休んでおけ」


 宗介も少し戦った様で、白い狼と、毒のないコウモリの死体が転がっていた。どちらも体が綺麗に真っ二つにされており、サイはその斬れ味を誇る刀に目が釘付けだった。


 それから直ぐに次のグループが交代に来る。


「三人ともお疲れ様。……やっぱり外に出ていると魔物は寄ってくるのね」


 第十二グループには山場叶子を含む女性二人、男性一人の大人グループだった。


「先生、ステータスがないと魔物との戦闘は厳しい様です」サイは薫を振り向きながら、担任の山場先生にアドバイスする。


「ですからお二人に手伝ってもらいながら最初の魔物を討伐する事をお勧めします。皆様の無事を祈っております」


 サイの言葉に目を丸くした後、いつものように無邪気に微笑んだ叶子は言った。


「ありがとう」



 避難生活二日目。

 美城サイは組織内で良好な人間関係を作っていた。




【名前】 千田薫

【称号】 温和

【レベル】 3

【体力】 F

【魔力】 F

【魔法】 無


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