少しは働くか
見張り番を終えたサイは体育館へと戻って来ていた。
一度研究班がいると思い多目的室に行ったのだが、尾択暗美が一人でお絵描きに集中していたため、見なかった事にして立ち去ったのだ。
「やあ太一くん。君は第十八グループだったね?」
「サイくん、お疲れ様。そうだよ、明日の昼から夕暮の当番だよ。……それにしても、またまた物騒なものを持ってるね」
サイは夕食である、水分の少ない野菜スープが入った器を左手に、右手には棍棒を持って自分のマットに座った。
「緑色の小鬼から貰ったんだ。僕ら子供は身長が低いから、リーチを長くするためにも武器は必要だよね」
「緑色の小鬼? ゴブリンの事か」
「ゴブリン?」サイは聞き返す。
「サイくんって本当にゲームやらないんだね。ゴブリンと言えばファンタジーの定番だよ。序盤の雑魚キャラクター。……とは言え、現実にいるとなると怖いなぁ。明日は野球部の部室から金属バットを借りていく事にしよう……」
そうか、こいつからはまだ色んな情報が出てくるぞ。サイは提案する。
「太一くん、君が知っている、この世界に出て来た、或いは出て来そうな魔物のリストをさ、研究班で作ろうよ。事前に情報があったほうが戦い易いし」
「でもゲームと同じ特徴があるかはわからないよ?」
「構わないよ、無いよりマシだ」
サイが言うと、「そういうことなら」と太一は頷く。
「あ、それとさ」サイはもう一つ聞きたいことがあった。
「荷物を持ち運ぶのって大変じゃない? 何かさ、ポケットの中に無限の空間を作って取り出すみたいなこと出来ないかな?」
「それはまさにアイテムボックスだよ」太一は笑う。
「でも、ステータスにスキルの表示がないから、アイテムボックスは無いのかなぁ。他には、影に収納する事とか出来るよね」
「影?」何言ってるんだお前。そんな表情で太一を見る。
「アニメだとよくあるじゃない? 影に潜ったり、影を踏んで相手の動きを止めたり。そういう能力の人は大抵影に道具を仕舞ったり出来るんだよ。忍術みたいだけど、魔法にすれば影魔法? 闇魔法になるのかな? まぁ、本当にあるのかはわからないけどね」
太一は手に持っていたぬるいコーラを飲んでから言った。
「学校の自動販売機を壊して飲み物を確保したとは言え、そろそろ水が飲みたいよねぇ。屋上の給水タンクの水もあまり贅沢してたら無くなっちゃうし。これは影魔法よりも先に、水魔法が必要だなぁ」
(確かに僕も隠れて水を飲むのは面倒だな)
今までは、水魔法を使える事によって飲料水生産係にでも任命されたら面倒だなと考えていた。
だが、本格的に水がなくなってしまっては、周囲はどうでもいいにせよ、自らの生活も不便になる。服だって洗いたいし、身体も清潔とは言えない。
基本的に自分の情報は全て隠しておくが、水魔法が使える事くらいはそろそろ教えてやってもいいかな。
サイはそう考えを改めていく。
翌朝、質素な朝食を食べ終えたサイと太一は、多目的室にやって来た。
「皆さんおはようこざいます」
室内には荒木勝己、尾択暗美、斎藤道重がいた。
「うん、おはよう」
真剣に何かを描き続ける尾択の手元を覗いていた校長が顔を上げた。
「何を描いてるんだろう?」太一の疑問と共に彼女らに近付く。
そして机の上に散らかる紙の一枚一枚を見て驚く。
「わあ! 凄い上手ですね! しかも特徴まで事細かに説明されている」
興奮する太一。
尾択が描いているのは魔物の絵とその特徴。
ゴブリンの絵は三枚あり、素手のもの、棍棒を持ったもの、石を投げようとするものがある。また、サイも出会った事のあるコウモリや、白い狼の絵もあった。
「ホワイトウルフに、ポイズンバット? そういう名前なんですね。コウモリの方は体液に毒があるのか。ありがとう尾択さん、貴女のお陰で知らない敵とも戦い易くなります」
知らなかった風を装ってサイは褒め称える。
椅子に座っている尾択はサイを見上げてニタリと笑う。「どういたしまして」
尾択の才能を知ったサイは思い付いた事を口にする。
「校長先生、僕たち今の時間帯は見張りの当番がないわけですが、今の内に外に出て魔物に会ってきても良いですか? 色んな魔物を発見して、尾択さんに特徴をまとめて貰うことと、荒木先輩の魔法がどこまで通用するのかを確かめることが目的です」
「ふむ」斎藤は何度か頷いた後言った。
「荒木くんと花園くんは今日の昼から見張りだったね。皆、疲れを溜め込まないようにしてくれるなら許可をしよう。但し、現在の見張りグループの目が届く範囲内で活動してくれ。君達ばかりを危険に晒したくはないのだ」
校長の優しさも、サイにとっては不都合だ。学校から離れた方が魔物と遭遇する確率が上がるから。
それでも「配慮いただきありがとうございます」と頭を下げてから外に出た。
「そういえば尾択さんはステータス発現したんですか?」
校舎の南にある正門へ向かって校庭を歩く途中でサイは問う。
尾択は頷いてから手に持ったスケッチブックに何やら書き始める。歩きながらとは器用なものだとサイは眺めている。
「昨日、第六グループで、コウモリ倒した」
言いながら渡されたスケッチブックに彼女のステータスが書かれていた。
【名前】 尾択暗美
【称号】 模者
【レベル】 1
【体力】 K
【魔力】 K
【魔法】 無
「模者? 模写じゃなくて?」
サイの疑問に答えたのは後ろから覗き見ていた太一だ。
「模写をする者って事じゃない? だって模写だと称号って言うよりスキルだもの。で、この称号のお陰で尾択さんは絵が上手く描ける様になったんでしょう?」
「お前失礼な奴だな」太一の横で荒木が顔をしかめた。
「コイツは元々絵が上手かった。多分、それが称号のお陰で、更に早く上手く描ける様になったとか、そんな感じだろう?」
荒木の言葉に尾択は照れ臭そうに頷いた。
「え? 先輩達って同級生だったんですか?」
「同じ高校の一年だ。中学から同じ、っていうか、家がここから近いからここに避難してんだろうが。ここにいる奴らは殆どがこの中学出身だろ」
「そ、それもそうですね」どもる太一だが、サイは荒木に自然に問いかける。
「そういえば荒木先輩の“不良”はどんな効果があるんですか?」
「……良い事をする度にステータスが上がるらしい」
「不良なのに?」
「うるせぇ! 俺だってワケわかんねぇよ!」
「ま、まぁ、でも、悪い人が良い事をすると、ほら、ギャップ萌とかありますもんね」
「慰めのつもりかよブタ野郎!」
「ご、ごめんなさい!」
賑やかな四人が正門に到着した時、意外な人物と遭遇する。
「あれ、サイくん? どうしたの?」
一人は関口みずほ。彼女は第十五グループで現在の南の見張り担当らしい。
残りの班員が、食料班でもある服部さくらと、高校二年生の
そして明らかにこのグループではない人間に、サイは視線を向ける。
「薫さん、どうして貴方がここに?」
サイに無視されたみずほは口を開けて固まっている。彼女を慰める様に太一が「研究班の活動だよ」と説明する。
その様子を見てから薫は答えた。
「そっか、サイくんは研究班だったのか。やっぱり立派だよね。僕はさ、昨日ステータスが発現したばかりだから、皆んなに追い付けるように少しでも強くならなきゃって思ってね。校長先生に頼んでこのグループにも混ぜてもらったんだ。同じ高校の友達もいるし」
そう言って薫は、明るい表情をした和樹の肩に手を乗せる。
薫のステータスは元々低くはないが、本人はそれを知らないのか、とサイは納得した。
それにしても熱心な男だ。昨日は魔物を怖がり、殺すのも躊躇っていたけど、今日は率先して活動している。うかうかしていると、自分よりも強くなってしまいそうだ。サイは少し警戒した。
「努力家なんですね。でも、僕らのグループも明日の朝、当番があります。あまり無理をなさらないように」
薫は笑いながら言った。「それはこっちのセリフだよ」
研究班の四人は、薫を加えた第十五グループから少し離れた所で実験を開始した。
「さてさて、お待たせ荒木先輩。今日の実験は遠隔操作魔法ですよ」太一はメガネのフレームを指で押し上げながら口を開く。
「お前興奮するとウゼェよな……」
「そんな事言わずに。魔法が手のひらから発生する事はわかりました。それは即ち、体内の魔力を“魔法”という現象に変換して外に押し出しているのでしょう。ならば大気中に漂う魔力を魔法に変換する事は可能なのか。という事で、荒木くん。三メートル先のあのひしゃげた標識の足元に、炎の柱を立ち上げちゃって下さい」
荒木は舌打ちしてから標識に手を向けた。手のひらからはパチパチと火の粉がほとばしっている。昨日よりも魔力の扱いに慣れた様子だ。
「おぉっと! 違いますよ。手のひらから出すんじゃなくて、遠く離れたところに出すんです。例えるなら、そう。敵の足元に魔法陣を描いて、そこからズドォンと炎を発生させるのです」
普段は太一に攻撃的な荒木だが、実験中は大人しく従っている。
しかし一向に魔法は発動しない。
「がんばれ! 呪文が必要ですか!?
太一が提案した呪文を呟いてみても、やはり発動せず。
「柱がダメなら、空気中に火の粉を舞わせるのはどうです!? 名付けて“
「が、がんばれー、荒木くん」
珍しい尾択の声援が響く。
それを受けた荒木の手に力がこもるのがわかる。
「頑張るんだ荒木先輩!」太一の声援。
「がんばれー!」か細い尾択の声援。
「頑張れかっちゃん」
「おい今かっちゃんって呼んだの誰だコラァ!」
「やっぱり魔法は手のひらから発動するしかないんだね」荒木を無視して結論付けるサイ。
彼にジト目を向けてから太一は言った。
「多分そうだよね。そもそも大気中に魔力が漂ってるなんて適当に言ってみただけだし」
「適当だったのかテメェ!」
「ひぃ! ごめんなさい!」
荒木がやけになって手のひらから炎の塊を投げた時、後方から声が聞こえた。「研究班! 撤退して!」関口みずほの声だ。
「ん? どうかしたのかな?」
呑気な太一は直後に悲鳴をあげる事になる。
「うわぁぁ! オークだ! オークの群れだよ! おしまいだぁ!」
「オーク?」
首を傾げながら太一の視線の先を追って、サイは納得した。
(あの二足歩行の豚はオークって言うのか。僕の家に入ってきた奴より少し大きいな。でも、群れって言っても四体しかいないじゃないか)
たった一体でも太一にとって恐怖の対象であるオークだが、恐怖を感じないサイにとっては騒ぐ理由がわからなかった。
まあいいや、と首を振り、サイは指示を飛ばす。
「太一くん、尾択さんを連れて逃げて。荒木さんは後方からの支援を。火魔法で
「……了解だ」
明らかに使えない足手まとい二人はさっさと戦線離脱させ、サイは最前線に出る。しかし後方から呼び止める声が近付いてくる。
「ダメよサイくん! 逃げて! 敵わないわ!」
関口みずほだ。敵わないなんて言っている時点で使えるわけがない。「かっちゃん、その子をそれ以上近寄らせないで」
荒木は少し哀れむような表情でみずほを取り押さえる。
そんな二人の横を抜けて近付いて来たのは頼れる薫先輩。「サイくん、手伝う!」
サイは頷いてから左斜め前に走り出した。先頭にいた一番大きくて斧を持った豚(背丈は二メートルを超える)を無視して、後方にいたサイの背丈と同じくらいの小柄な豚の背後に回り込む。
「プギッ?」
まさか最後方の自分が狙われるとは思ってもいなかったのだろう、小柄な豚は敵が背後に回ることを安易に許してしまい、その後頭部に棍棒の直撃を受けて絶命した。
「ブモォォオ!」
そして仲間の死に激昂したのか、成人男性くらいの背丈(体重はもっと重そうだ)の豚二体がサイに執拗に迫る。
(豚のくせにすばしっこいな)
サイは格闘家のような豚のパンチを躱しながら攻撃の機会を窺う。
しかし二体の連携は中々のもので、サイはどうしても一歩踏み出せない。
ただ、今のサイには助っ人がいる。
「プギッ……」
一体は喉元に鎌を刺されて一撃で絶命。
それをやった彼は“温和”の称号を持つ薫。
この称号の効果は、誰に対しても殺意や害意を与えない事。そういった悪意がない事で、魔物から狙われにくくなるし、また、今のように魔物に気付かれずに近寄る事も可能なのだ。
薫は未だに魔物を殺す事に罪悪感を抱いているのだろうか、その場でボーッとしている。
薫を無視してサイは残った一体に棍棒を叩きつける。しかし相手は腕でガードし、数歩のけぞるものの、大したダメージは無さそうだ。
サイはさり気なく戦況を確認する。
一番大きい豚は服部さくらが素手で戦っている。彼女は意外に使えるようだ。だがそれは、荒木の魔法の補助があって成り立っているもの。どちらかといえば、荒木の火魔法の方が豚にとってダメージがありそうだ。
「ブギィィ!」
よそ見をしているサイに、再び中くらいのオークが迫る。
こいつの攻撃は単調だ。拳を振り回すだけだから。
サイは避けながら隙を探す。
右、左、右、左。
一向に攻撃が当たらず痺れを切らしたのか、オークは右足を蹴り上げる。
もちろんそれもサイは躱し、バランスを取っている一本の左足に向かって棍棒を振り切った。
「プギョッ」
顔面から地面に衝突する豚の後頭部に、サイは棍棒を振り下ろす。
さっきと同じく脳髄が飛散した。
これが棍棒の最も的確な使い方だな。サイは学習しながら最後の敵に迫る。
大きなオークは服部さくらの相手をしていてサイに背中を向けている。
今がチャンスだ。
棍棒を振りかぶって少しジャンプ。
今日何度も見た豚の後頭部目掛けて振り下ろす。
だが――
「割れたっ!?」
オークを挟んで向こう側にいる服部の驚き。
サイも内心舌打ちをした。
(この棍棒、寿命短いな)
サイの使い方が荒いせいでもあるのだが、とにかく棍棒は持ち手だけ残して木屑になってしまった。
「ブギィ?」
オークが振り向く。
その顔には笑みが浮かんでいるようで、まるでサイの武器が無くなったことを喜んでいるようだ。
「クソガキィ! 離れろ!」
まるで余裕ぶるオークの隙を狙ったかのように、荒木の声が響く。
命令通りサイがオークから距離を取った瞬間、豚の前身は炎で丸焼きにされる。
「ブモォォオ! ブモォォオ!」
オークはその巨体で地面を転がり火を消すと、怒りの眼差しで荒木を見つめた。
(あ、あいつ死ぬぞ)
斧を振りかぶって荒木に迫る豚。あの速さじゃ逃げられないな。サイがそう判断した時、オークの顔面に金属バットがぶつかる。
「ブギェ!」
それはいつの間にか正門まで避難していたみずほが投げた物だった。
豚は今度はみずほを睨む。
だが、落ちたバットをサイが拾った時、ターゲットは再びサイに変わった。
(魔法が使えれば楽勝なんだけど)
サイはバットを叩きつけながら考える。
まるで脂肪の塊を殴っているようで、攻撃が効いているのか疑わしい。脂肪が薄い顔面を狙ってジャンプすると斧の攻撃が飛んでくるし、迂闊に飛び回ったら危険だ。
何か使えるものはないだろうか。
サイは辺りを探す。
荒木は魔力が切れたのか、肩で息をしているし、服部もいつのまにか足に切り傷を受けて休んでいる。
そういえば薫が鎌を持っていたな、と思ったが、あんな小さな鎌では、大きな豚の脂肪に阻まれて急所に届かないだろう。
さて、どうしたものか。
思案するサイに、何度目になるかわからないオークの斧が振り下ろされる。
サイはさっきまでと同じ様に後ろに飛んで躱そうとした。
だが、足に力を込めたときに、足場が悪い事に気が付いた。
そこはさっき、サイが小さいオークを殺した場所だった。
両足が血と脂の混じった液体を踏んでいて、運の悪い事に、右足の下にあったのはグニャリとした脳みそ。
これは危機感知能力の欠落した人間に頻繁に起こり得る災いであり、生物の死体になんの感情も抱かないサイの人格が招いた悲劇。
後ろに飛ぼうとした筈が、その場で半回転するにとどまり、サイは背中から血溜まりの地面に落ちる。
青い空が視界に入って、それよりも近いところに大きな斧があって。
(これは死ぬだろうな)
やはり恐怖無く、客観的に自らの終わりを眺めるサイ。
だから最後まで迫り来る斧を見つめていたのだが、それはサイに当たる瞬間、力の方向が急激に変わった様にしてサイの真横に刺さった。
「サイくん! 今だ!」
斧から目を離しオークを見つめると、地面に倒れて痙攣していた。
何故だろうかと考えるよりも早く、想像以上に重たい斧を持ち上げ、小刻みに震える首を叩き斬る様にして振り下ろした。
「……勝った」
避難していた使えない戦闘員の内の誰かが呟いて、それを皮切りに歓声が起こるが、サイはそちらを見向きもせずに、薫に向き直った。
「危なかった……サイくん、僕、出来たよ」
「何を?」今の現象の正体をいち早く確かめたくて、サイはタメ口になる。
「さっきの中くらいのオークを倒した時、レベルが五になって、使える様になったんだ。雷魔法を」
【名前】 千田薫
【称号】 温和
【レベル】 5
【体力】 F
【魔力】 E
【魔法】 無、雷
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