予定変更も悪くない

 

「それでは諸君、決して油断せず、何があっても己の身を守る事を約束してくれ。それが出来たものから、自らの役割を果たしてくれ」


 斎藤道重は「それから」と付け加えた。


「研究班と食料調達班を募集する。意思あるものはこちらに集まってくれ」


 手を挙げる道重を見て、薫は言う。


「僕らは第八グループだから、お昼が終わったら北側に集合だね。それじゃあ、また」


 サイが属する第八グループは北側の見張りを任された。

 ここは第四、第八、第十二、第十六、第二十の五グループが、夜明けから昼、昼から日没、日没から夜明け、の三つの時間帯を交代で見張る事が決まった。時計が止まってしまったため、太陽の位置を見て昼食が出され、それを食べたら昼から日没のグループが出動する。


「ふん、遅刻するなよ。まあお前達がいなくとも何ら問題は無いがな」


 多目的室を出て行く二人を見送って、サイは校長の元へ向かう。

 それを見た別グループのみずほと太一も、サイの元へやって来た。


「どうして校長先生、グループ勝手に決めちゃったのかな?」


 太一の不満にみずほは肩をすくめた。


「先生にも何かお考えがあるのよ。ね、サイくん」


 サイは僕に振るな、と思いながらも頷いておく。


「いやさ、それはそうなんだろうけどさ……僕、あの怖い人とグループになっちゃった」


 太一が視線を向けた先には、火の魔法を使える不良っぽい少年。

「見てんじゃねえぞオラ!」太一の視線に気付いて怒鳴る。


「ひぃぃ! ごめんなさい!」


「へぇ、早速仲良くなったんだね」

 サイの言葉に太一は目を丸くする。

「どこがっ!?」


「ところで二人はどうして前に?」太一のツッコミを無視してサイは問う。


「私は食料調達班に入ろうと思って」

「……僕は研究班だよ。サイくんは?」


「ああ、僕は両方入るよ」


 太一は再び驚く。「サイくん、本当に立派だなぁ」


 だがサイの行動理由は、太一が感心するようなものではない。

 ただ暇だったのだ。

 本当なら見張りだけを、一人きりで長時間行いたかった。そして誰にも知られない内にレベルを大量に上げておくのだ。それこそ生きる上で有利になる。魔物だけでなく、周りの人間よりも秀でておけば、いざという時は力で押し切れる。

 しかし、グループ制が勝手に決まってしまった以上、絶対的な主導権を握る斎藤道重の決定を、ただの子供であるサイに覆せる筈がない。

 だから決められた役割の中でレベルは上げるとして、その他の暇な時間では自分に有益な情報や力を手に入れようと考えたのだ。


 サイ達三人を含めると、計十一人が黒板前に集まった。

 研究班が花園太一と山場叶子、それから年老いた男はサイ達に理科を教えている辻峰貴之つじみねたかゆき、内気そうな髪の長い女子高生は尾択暗美おたくあみ。もう一人は火魔法の不良少年、荒木勝己あらきかつみというらしい。

「俺はそこのデブに呼ばれたから来ただけだ。研究には役立てねぇけど、実験には使ってくれ」

 という事でここに来ている。


 食料調達班は、関口みずほと、馬場義信ばばよしのぶという筋肉質の体育の先生、それから長身でショートカットの快活な女子高生は服部はっとりさくら。もう一人はこの学校の夜間の警備をしていた藤田幸雄ふじたゆきおという物静かな中年男性だ。彼は校長先生とは仲が良いらしい。


「して、君は?」


 二つのグループの真ん中を陣取ったサイに、同じく真ん中にいる校長が問う。


「僕は時間が許す限り両方で活動したいと思いまして」


 校長は手元のプリントに目を落とす。「美城サイくん、第八グループか」


 みずほはそれを覗き見て感嘆する。

「わあ、校長先生すごい、ここにいる人全員の名前を覚えているんですね?」


 サイも覗き込むと、確かに第一グループから第二十グループまでの六十人、それから調理や配膳担当の非戦闘員十名程度の名前までしっかりと記載されていた。

 そして第八グループの欄を見つけて、刀を持った男の名前をそこで初めて知る。

 藤代宗介ふじしろそうすけ、それが彼の名前だった。


「それは勿論、皆を守ってくれる勇者達だからね」校長はみずほに微笑んだ後、サイに向き直った。


「第八グループの藤代くんは、この中学校を七年前卒業したのだが、剣道の腕が見事でね。全国大会に出場した程だ。そんな彼がステータスを持ち、刀を手に入れた。はっきり言ってかなり心強い。だから、そうだね。折角だから美城くんには研究班と食料調達班、この二つのグループ活動を優先してもらおう。なにせこっちの人員があまり足りていないからね。見張りの仕事には余裕がある時だけ出てくれればいいよ。ただ、この後にある最初の一回だけは出動しておいてくれ」


「お気遣い感謝します」


 そうは言ったが、サイは全てに参加するつもりだ。魔物と戦う機会を無駄にするなんて、あり得ない。


「さて、まず食料調達班の方だが、元々給食室にもそれなりの量があったし、この間行ってくれた二人のおかげで、当面の間はもつだろう。暫く活動はしない。今は見張りの仕事で魔物を倒し、力をつける事を優先してくれ。ただ、これから避難民も増えるだろうし、食料も無限にあるわけではない。早い段階で皆が闘争、或いは逃走の技術を高めておいてくれ」


 こちらはすぐに解散となる。招集や出動予定などの情報伝達は、校長自ら行うと言う。


「さて、研究班は早速今から行動を開始したい。が、美城くん以外の班員は見張りの方を優先してくれ。研究結果や過程などの情報伝達は、メンバー同士で正確に行って欲しい」


 校長が言うと、一同は頷く。研究班に現在の見張り担当はおらず、昼までの時間は全員が揃っての活動となった。



「まずは提出してもらったステータスについて確認しよう」



 太一は預かった紙を、長机の上に丁寧に並べ始める。


(こうして見ると、太一のステータスは少し低いけど、平均近くだったんだな。逆に僕や藤代は少し高めか)


 紙を眺めながらサイは思案する。殆どのステータスがGからIだ。Hが平均値だろうか。だが、藤代以外全員レベル一。これからどんどん伸びていくのだろうなと考える。

 そこでふと、疑問を感じた。




【名前】 藤代宗介

【称号】 冷剣士

【レベル】 2

【体力】 D

【魔力】 H

【魔法】 無




(こいつ、僕よりレベルが低いのに、やけに体力があるな。一体僕とどっちが強いんだ?)


 悩むサイに声がかけられる。


「やっぱりサイくんも藤代さんのステータスが気になった? 一人だけ抜きん出てるよね」


「ああ、うん。あのさ、疑問なんだけどさ。もし、藤代さんよりもレベルが高くて、でもステータスが低い人がいたとする。その場合、どっちが優れているのかな?」


 太一は当然のように言った。


「それはどのくらい差があるかによるけど、基本的にはレベルの方が重要視されると思うよ」


 何故だろうか、サイが疑問を口にする前に太一は説明する。


「例えばさ、テニス。運動神経抜群でテニス初心者の新入生がいたとするね。それと戦うのは平凡だけど三年間しっかり練習してきた先輩。どっちが勝つか。たぶん先輩だよね。だって先輩の方が体力が無かったとしてもテクニックがあるし、試合の進め方もよぉく熟知している筈だし。つまりはそういう事だよ。レベルっていうのは経験値。才能を越えるための努力みたいなものだよ。だから高めておくべきものさ」


「なるほど、参考になるよ、ありがとう」


 サイの口だけの感謝に太一は気分を良くする。周りで聞いていた研究班のメンバーも「へぇ」と何度も頷いている。


「ステータスについては、もういいかな?」


 根暗な尾択暗美は何を考えているかわからないし、理科の辻峰先生は思考を整理する時の癖(顎に手を当てる)をしたまま動かないし、山場叶子は太一に期待する様な眼差しを向けている。校長は研究班を一歩離れたところで見守っている。

 よって、自然と太一が仕切る流れになった。


「ふふふ、さて、次はですね、ふふふ、お待ちかねの魔法ですよ」


 余程楽しみだったのだろう、荒木勝己が嫌悪感を抱くほど気持ちの悪い笑みを、太一は浮かべている。


「チラチラ見てんじゃねぇ! てめえまともに喋れねぇのか!」


「ひぃぃ! ごめんなさい!」


「まあまあ」

 辻峰先生が二人を宥める。今更動き出した彼が研究したいのは、もしかしたら魔法についてだったのかもしれない。


「それで、花園くん。魔法とは? 理論について説明してくれるかね?」


「うぅ……そ、そんな、科学的なことはわかりません……」

 成績の悪い太一は先生に質問されるのが苦手だ。


「じゃあさ、太一くん。何か実践してみてよ。そのための荒木先輩でしょ?」


「道具みたいに言うんじゃねぇ!」

 いちいち怒鳴る荒木を、サイはもう当然のように無視する。


「そ、そうだね。じゃあ……荒木先輩。僕の真似をしてくださいね」


 そう言って太一は窓を開け、その前に立つ。

「お、おう」と困惑しながらも荒木はその隣に立った。


「左手は腰に! 右手の人差し指をピンと! 天高く掲げて……」


 荒木が同じポーズを取ったことを確認してから、太一は掲げた人差し指を振り下ろすように前にビシッと突き出して唱えた。


「ファイアボール!」

「……ファイアボール!」



 しばしの沈黙。


 後に怒声。


「ってめぇ! アホなことやらせてんじゃねぇ! なんも起きねぇじゃねぇか!」


「ひぃぃ! ごめんなさいごめんなさい!」


 二人のやりとりを見たサイは疑問に思った。


(僕は結構簡単に、というか、出せる気がして、すぐに火が出せた。でも彼には全く手応えがないようだ。これは何の違いだろうか)


 そこでサイは、自らのステータスが一般よりも高いことを思い出した。


「荒木さん。魔力のステータスって、いくつですか?」

「Gだ」


 なるほど、魔力が少ないのか。魔力が少ないからしっかり時間をかけて集中し、たっぷり注ぎ込まなければ発動しないのかもしれない。


「太一くん、想像力が大事って言ってたよね」

 サイの言葉に太一は「そっか」と頷く。


「荒木さん、見てて下さい」


 太一は要らないプリントを手に持ち、グシャグシャに丸める。

「うぉぉ、こんな感じで力を集めるんです」

 そう言いながら丸めた紙くずを右手に持ち、高く掲げる。「火ですよ。貴方の力は火に変換できます」

 真似をする荒木も真剣に集中しているようだ。


「イメージを固めて。手のひら大の大きさの火の玉。赤と黄色の、熱いボール」


 その時、荒木の手に力がこもるのが、後ろから見ているサイにもわかった。


「そしてそのボールを今、解き放つのです! ファイアボール!」

 太一は勢いあまり、丸めた紙を窓の外へ投げ出してしまった。


「ファイアボール!」


 瞬間、ボールを投擲するような形で、火の玉が放たれる。

 それは太一が投げ捨てた紙くずを焼き、そのまま見えなくなるまで飛んで行く。


 皆が唖然とする中で、太一は興奮状態で飛び跳ねる。


「凄い! やりましたよ! 初の魔法です! これは人類の進化! 危機的状況からの大逆転! 夢が広がる幻想世界の始まりです!」


 騒がしい太一を怒鳴る事もせず、荒木勝己はただただ呆然と虚空を見つめていた。




【名前】 荒木勝己

【称号】 不良

【レベル】 1

【体力】 G

【魔力】 G

【魔法】 無、火


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