あれ欲しいな
もうすぐ日が暮れる。片付けを始めようとサイは魔力を練る。
魔力の扱いにはだいぶ慣れて来た。新しく水属性を操れる様になったが、この水は飲料としても役立つし、これから重宝しそうだ。
まずは魔物の死体を焼いていく。小鬼、狼、コウモリ。その時に、口に鍬が刺さった狼だけは残しておく。この一体だけと戦った事にするのだ。そして肩を傷付けながら苦戦した末の勝利。そんなシナリオを伝えるつもりで、それ以外の死体は全て隠滅しておく。
焼き終えて灰になったゴミは、水魔法の水鉄砲による水圧で、勢いよく遠くに飛ばす。さながらホースを持って水を流す掃除係だ。
雨が降ったわけでも無いのにアスファルトが濡れているのは不自然だ。サイは再び炎を出し、熱で地面を乾かす。
さて、現場が完成した。
本当は戦闘を行った事実も揉み消してしまいたいのだが、穴の空いた衣服に染み込んだ血は誤魔化せそうにない。
そうだ、この戦闘でレベル一になった事にしよう。そしてこの力を活かす為に毎日見張りをすると申し出るのだ。これこそまさに正義。一人になる時間があればその隙にレベル上げも可能だ。
取り敢えずサイは塀の内側に戻り、代わりが来るのを待った。
サイが死体の掃除をしている頃、関口みずほはサイを探していた。
(どこ行っちゃったのかな。花園くんはトイレに行ったって言ってるけど、もうすぐ日が暮れちゃうよ)
正義感が強いサイの事だ、もしかしたら誰か困っている人の手伝いをしているのかもしれない。
正義感が強いといえば、今朝自主的に見張りを申し出た遠藤さんが体育館にいるのをさっき目撃した。今日の見張りはおしまいだろうか。誰かと交代したとか? まさか――
「え、遠藤さん! サイくんを知りませんか!?」
不安になったみずほは遠藤の元へ行き問い詰める。
「わ、びっくりしたな。サイくんって今朝君たちと一緒に来たあの子だよね。彼なら僕の代わりに裏校舎の外を見張ってくれているよ。そろそろ交代の人連れて行かないとな。それか俺がまた行こうかな」
(ああやっぱり! なんて危険な事を)
みずほはサイに対して過保護だ。世界が変わる前からサイのことを気にかけていたが、変わってからは更に過剰になった。その度合いは弟を守る責任感と同じくらいだ。
(言ってくれれば私も同行したのに)
サイはそれを望む筈無いのだが、みずほがそれを知るわけもなく。
サイにとってはお節介だが、みずほは善意で裏校舎に向かった。
そしてまた、遠藤から話を聞いた叶子も、見張りを代わる為に遅れてサイの元へ向かった。
みずほが校舎裏の北側の塀に到着すると、サイが膝を抱えて地面に座っていた。
「サイくん!」
元気が無さそうだ。どうしたのか。みずほは近付いて気付いた。
「な、肩に怪我してるの!? 大変、急いで治療しないと!」
みずほはサイを立たせようとするが、彼は小さく首を振って言った。「怪我は大丈夫だよ。だだ……」
「ただ?」
確かによく見れば血は止まっている。それに安心しつつ、何が大丈夫じゃないのかと聞き返す。
「僕、殺してしまったんだ」
後ろを向くサイ。塀に阻まれて外が見えない。
みずほは塀をよじ登り、顔だけ出して見つけた。
「ぅ……あの、狼のことね」
口に深く木の棒が刺さっており、血を流して倒れている。それはこの世界に酷く似つかわしいものだが、未だに慣れないものであった。
「辛かったね。大変だったね。でも、サイくんは皆んなを守る為に頑張ったんだね。偉いよ」
みずほは蹲るサイを包み込むように腕を回した。
そこに丁度叶子が来て、目を丸くする彼女に軽く事情を説明するみずほ。
叶子も外を見て顔をしかめたが、同時に危機感を強めた様だ。
学校に近寄ってくる魔物もいるんだ。
今回はサイくんが守ってくれたけど、もしも魔物の侵入を許してしまったら、必ず犠牲者が出るだろう。
なんとしてでも守らなくちゃいけない。
叶子は園芸室から鎌をもってきて、「後は任せて」と二人を返す。
これからは見張りの役割が重大だな、と考えながら。
みずほはサイを体育館まで連れて行き、花園太一の隣のマットに座らせる。夕食の時間となったが、サイはそれを拒み、早々に眠ってしまった。
みずほはサイが余程疲れていたのだと思い、心配しながらも自らのテントに戻って行った。
そこでは幼い弟も既に眠っており、必ずみんなを守ろうと強く決意するみずほだった。
翌朝、まだ日が昇らない内からサイは目覚めた。
昨日はヘドが出るほどつまらない茶番を行なったが、平凡な人間を演じる為には仕方ない。人々が魔物を殺す事に慣れた頃に、自分も慣れた事にしよう。それまではくだらない“慈悲”というものを演じ続けよう。
それにしても腹が減った。昨日は朝から何も食べていなかった。
朝食はまだだろうか。起き上がるがまだ皆んな寝ている。
仕方なく掌を口につけて水を飲む。水魔法だ。
朝日が昇ったら多目的室で会議だったな。隣の豚も起こしておこう。
「太一くん、起きて」
花園太一は毛布の中で「うぅん」と唸りながら寝返りを打っている。
起きる気配はない。まあいい、時間はもう少しある。
サイは体育館から出て、昨日の校舎裏に向かう。
今は誰が見張っているのだろうか、そう思い来てみると、山場叶子が外を向いてボーッと突っ立っていた。
「せ、先生?」
背後から声を掛けると、彼女はゆっくり振り向いた。
「あら、美城くん、早いのね。でも、もうそろそろ会議の時間かしら」
「ええ。先生はもしかして、昨日の夜からずっとここに?」
眠そうな目で彼女は頷いた。
「皆んなが安心して休める様にね」
サイは少し後悔した。今までずっと、誰もここには来なかったのか。
それなら、夜中に彼女と交代すれば、一人で付近を探索する事も出来ただろう。せっかくの機会を逃してしまった。
そんなサイの表情を見て、叶子は何を勘違いしたのか「美城くんは優しいね」と微笑む。
「でも安心して。魔物は一体も目撃していないわ」
それは、ただ暗くて見えなかっただけじゃないのか? サイは教師の言葉を信用できなかったが、襲撃がなかったことは事実だ。
「では、見張りは一旦おしまいにして、多目的室に向かいますか?」
「そうね、少しの間なら無人でも、多分大丈夫だと思う。会議で当番も決めなくちゃね」
そうして二人は多目的室に向かう。途中体育館に寄り、太一を叩き起こし、みずほや上級生の数人を引き連れながら。
「もう、サイくんって結構過激なんだね」右肩を擦りながら太一がジト目でサイを見る。
「仕方ないじゃないか、なかなか起きなかったんだから」
先ほどの体育館で、いくら呼んでも起きない太一の肩を、サイはやけ気味に叩いた。彼はその事を恨んでいる様だ。
「昨日なかなか寝付けなかったから。それにしてもサイくんは、よく眠っていたよね」
太一の言う通り、サイは誰よりも良質な睡眠をとっていた。それもそのはず、本来避難民が抱えているはずの不安や恐怖を、サイは全く感じていないのだ。
余計なストレスがなく、マイペース。
だからこそサイはよく眠れる。それは深夜に大地震が起きても気付かない程に。
会議室には既に数人が集まっていた。斎藤道重校長も既におり、サイに促された太一は校長の元へ向かった。
「花園くん、どうかしたの?」
みずほの問いにサイは「彼は重大な発見をしたんだ」とだけ答える。
その間にも多目的室には人が増えて行き、校長が話し始めたのは、昨日よりも多い人数が揃ってからだった。
「諸君、早朝から集まってくれた事、感謝する。また、これだけの人数が他者のために動いてくれた事に対し、儂は誠に感動している」
全員で七十名はいるだろうか。昨日昼食を運んで来た人もここにいる。
校長は全員を見渡して問う。
「皆、この避難所を守る為に奮起してくれる。そういう認識で良いのだな?」
誰もが力強く頷く。
「そうか。それでは避難所を守る為の役割を決めようと思うが、その前に、花園太一少年から貴重な情報が得られた。正直儂も混乱している。花園くん、前に来て説明してくれるかね?」
「は、はい!」
緊張した表情で太一は校長の隣へ向かう。
あいつ、まともに話せるんだろうか。サイは胡乱なものを見るように眺める。
「み、みなしゃん!」
噛んだ太一に、大人達の苦笑。
「ステータスオープンと、呟いてください!」
突然だな。そう思いつつ、サイは呟く「ステータスオープン」
それを皮切りに、皆が一応言われた通りに呟いた。
その直後、人々の驚く声があちこちから聞こえる。「うそ!?」「な、なんだこれは」
「さ、サイくん! 見て、何か出てきたよ!」
みずほもサイの隣で騒いでいるが、反対隣の叶子には何も表示されていないらしく、首を傾げている。
「関口さん、それは自分にしか見えないよ」
直後、サイと同じ事を、黒板前の太一も説明した。
「それは自分にしか見えません。また、魔物を倒した事がない人にも見えないと思います。これはいわゆるゲームなんかで出てくるステータスですが――」
それから太一の説明が始まる。大方昨日と同じ事を喋った後、こう言った。
「ステータスは個人情報です。見られて恥ずかしい人もいるかもしれません。僕なんて、称号が“肥満”だから、恥ずかしくてたまりません。だから無理に教えろとは言いませんが、紙に書いて提出して貰えたら、謎を解明する手がかりになるので、よろしければご協力お願いします!」
(ほう、やるな)
太一の言葉にサイは感心する。
自らの恥を晒す事で、少しでも情報を引き出しやすくする。これを太一が考えたのだとしたら、なかなか気が利く奴だ。
「あ、あと、先に聞いておきたいのですが、魔法の欄が“無”以外に表示されている人はいますか?」
太一の言葉に静まり返る室内。
そこで静かに手が挙がる。
「俺は“無”と“火”だ」
不良っぽい少年の言葉に、太一は肩を震わせる。
「あ、ああありがとうございます。多分火が出せると思います。会議が終わった後、その、残って貰えたら助かります……」
恐らく苦手なタイプなのだろう、太一はどもりながら用件を伝えると、そそくさとみずほの隣の席に戻ってきた。あとは校長に任せるらしい。
「さて、このステータスについてはこれからじっくり検証していくとして、先ずは役割について決めよう。今日から学校の敷地外、東西南北の四箇所に一グループずつ見張りを立てようと思う。……実は昨日、裏校舎の外、北側の敷地外で戦闘があったと報告を受けている。魔物達はいつ侵入してくるかわからない。だから見張りの数は、ステータスを持つものが二人、持たないものが一人、計三人のグループで行う。このグループを二十作って、一箇所五グループずつ交代しながら見張ってくれ。魔物と遭遇した場合は戦闘し、レベルアップに励んで欲しい。不可能なら逃げ、他の戦闘員達に知らせてくれ。また、これとは別に食料調達班や調理班、それからステータスや魔物の研究班の募集を募りたいのだが――」
校長の話を聞き、サイは内心で舌打ちする。
グループ制では一人になれない。他人の目がある中では昨日のような自由な実験が出来ない。力がある事を知られれば、人々に依存され、後々この避難所を平和的に去る事が難しくなる。
「――というわけで先ずはステータスを持つもの、持たぬもの、左右に分かれてくれ」
サイが悩んでいる間にも話はどんどん進んでいき、グループは勝手に決まってしまう。
「えぇっと、僕は
校長が勝手に割り振ったグループで、サイのグループの優男が自己紹介を始めた。サイともう一人が黙り込んでいたからだ。
「僕は美城サイです。中学一年、ステータスはあります」
「で? そのステータスは? 使えるのか?」
校長は何故勝手に決めたのか。知り合い同士で組んだ方が連携が取れただろうに。サイが疑問に思ってるところで、不躾な問いが投げかけられる。
「ちょ、ちょっと、最初だし、仲良くしましょうよ、ね?」
人当たりの良い表情で宥めようとする薫だが、傲慢を極めた様な男は変わらずサイを睨みつけている。
「俺はレベル二、体力はDだ。称号も“冷剣士”、剣術に特化したものだ」
サイは改めて男を見る。
二十代前半の青年、服装は動きやすそうなランニングウェアで、腰にはなんと、刀を差していた。
「その刀、どこで手に入れたんですか?」
男は舌打ちしてから言った。
「会話の出来ない奴め。くれぐれも俺の足を引っ張るなよ、阿呆と無能め」
「えぇ……」
優男は困った表情を浮かべるが、サイは青年の言動を気にせず、口角を少し上げて思うのだった。
(あれ、欲しいな)
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