実験をしよう

 

 体育館の出入口は、本校舎一階につながる外廊下への出入口だけ。他にも直接外へ出られる扉もあるが、今は閉められている。

 一つしかない出入口から避難民の昼食が運ばれてきたため、人々はそこに密集する。

 サイはその人波に紛れて気配を消し、静かに、流れる様に外へ出た。みずほが途中まで目で追って来たが、直ぐに見失った様だ。


 表校舎に入ると途端に人の気配がなくなる。唯一、一階の最奥、体育館の真逆にある校長室や職員室には数人が話し込んでいる様子だが、遠くにいる上、気配を殺しているサイの事には気付いていない様子。

 そこよりももっと手前、廊下のちょうど真ん中くらいに、左へ伸びる渡り廊下がある。そこを五十メートルほど歩くと、音楽室や美術室、コンピュータルームなどの特別授業室がある裏校舎だ。

 どうやら裏校舎には人は居ないらしい。人が多い体育館から少し離れているから、ここに来るのは不安なのだろう。

 サイは裏校舎一階の園芸室に入り、長さ一メートルのくわを拝借し、その部屋から外に出る。

 裏校舎の裏、木々が生い茂り、昼間でも明るくはない北側の塀のそば、彼はまだ外を覗いていた。


「遠藤さん、お疲れ様です」


 背後から声を掛けると大げさに飛び上がる。臆病にも程があるだろうと思いながらサイは近づく。


「あ、ああ。君か。どうしたんだい、物騒な物を持って」


 貴方は寧ろ何も持たずに魔物に勝てるんですか、そんな疑問を抱きつつ、やっぱり何か持っていても魔物に勝てないだろうな、と自己解決しながら、サイは答えた。


「見張りを変わろうと思いまして。僕が来てから少し時間が経ってますし、もうお昼の様ですから。ところで、見張りの当番ってどういうローテーションで組んでいるんですか?」


「なんだ、独断で来たのか」遠藤青年は苦笑しながら言った。


「今はまだ、当番とか決まってないんだ。ただ、何か役に立とうと思って自主的にやっているんだ。表校舎の校庭にも何人かいただろ? 彼らも自主的にやってる奴らだ。因みに俺はさっき、食事当番の大人から一足先にご飯を頂いたから、昼食はいらないよ」


「そうだったんですね。でも、そろそろ休んだ方がいいと思います。非常事態に長時間神経をすり減らしていると、精神的疲労から様々な病気に繋がりかねませんから」


「へえ、中学生なのに物知りだな」遠藤は感心した様に頷いた。

「気遣いありがとな。じゃあ俺も少し休ませてもらうよ。少ししたら交代に誰か寄越すから、頑張ってくれ」


「あ、いえ。僕なら日が暮れるまで大丈夫です。睡眠もしっかりとりましたし、エネルギーも足りてますから」


「本当かぁ? あまり無理すんなよ」

 遠藤はそう言って去って行った。


 邪魔者がいなくなって直ぐに、サイは高い塀を易々乗り越え外に出る。

 せっかく一人になったのだ、見張りなんて不毛な事をしていないで経験値を稼ごう。

 その思いで遠くを見渡す。

 塀の外側は細い道路になっており、その奥は広い畑。その先には民家が点在しており、もう少し奥には広めの県道。

 民家は殆どが荒らされており、畑や道路も凹凸が激しい。一体どれほどの力で破壊されたのか。

 人が多い場所には魔物は寄ってこないと避難民は言っていたが、それはどうやら本当みたいで、こちらに向かってくる魔物はいない。

 だがこちらから攻撃を仕掛ければどうだろうか。


 サイは畑の奥の民家から出てくる緑色の小鬼を発見し、それを実験体にする事に決めた。

 敵はサイに気付いていない。だいぶ離れているから見えないのかもしれない。


(魔法は想像力って言ってたよな)


 非科学的な現象を起こすには、どんなにバカらしくても試すしかない。

 サイは想像力を高めるために右手の拳を前に突き出し、親指から中指の三本を開いて銃の形を作った。

 その指先を魔物に向けて呟く。

「バン」

 それをトリガーに発射されたのは小さな火の玉。親指くらいの火は真っ直ぐ飛び、緑色の小鬼に見事的中。


「グギャ?」


 しかし少し肌を焼いただけで、敵は苦しんではいない。それどころかサイに気付いて好戦的な笑みを浮かべている。


(中々気持ち悪い顔だな。近寄って来たけど、戦うつもりなのか)


 拳を固く握っており、恐らくそれで殴るつもりなのだろう。あまり早くはないがどんどん近づいてくる。


(魔法の威力は弱いな。魔力をもっと注ぎ込むにはどうしたらいいのか。想像力が足りないのか? 思えば確かに、直撃した後の事を考えていなかった。貫通するのか、爆破するのか)


 近づいて来る不細工に再び指先を向けて、サイはイメージを固める。創り出す攻撃がどれほどの威力で、敵をどうするか。考えれば考える程、指先に何かが集中していく。極限の集中状態から、完成した魔法を発動するためのトリガーを唱える。


「死ね」


 その瞬間、先ほどとは比べ物にならないスピードで火の玉は飛び出し、小鬼の顔の真ん中に命中。触れると同時に小爆発を起こし、サイの願い通り敵は頭部を失い絶命した。


(中々凄まじいものだ。しかし集中する為に時間を要する)


 小鬼の死体は畑を超えて、サイの目の前を通る道路の真ん中に転がっている。


(魔法を発動するまでに、敵はここまで近付いて来た。戦いの最中に大技を繰り出す事は現実的に考えて不可能だな。ならば魔法は奇襲に役立つか。或いは、集団戦闘時に後方から援護する、か。でも、大人数に僕の力を知られるのは困る。特にあの校長は、力ある者を利用しようとするだろう。それは善意である筈だが、僕にとって善意は不合理である事が多い)


 サイは考えを巡らせながら結論づける。


(自分の自由を確保するには、一人で生きる事が最善。戦闘スタイルも一人で戦う事を意識して確立しよう)



 それからサイは更に魔物を探す。

 次に見つけたのは大きなコウモリ。敵は学校に近付きはしないが、サイが一人でいる所を発見すると、積極的に襲って来る。まるで集団には勝てないが、個人には勝てる、とでも考えている様だ。

 いや、事実そうなのだろう。

 こんな世界だ、魔物にもステータスがあって、人を殺せば魔物もレベルアップするのかもしれない。それならば積極的に手頃な敵を殺す。それはサイにもよく理解できる行動だ。


「キィィ! キィィ!」


 コウモリは鈍い動きでサイに近寄り、口から紫の液体を吐く。


(きったねぇ。なんだ?)


 嫌悪感故に躱すサイだが、それは正解だったらしい。

 液体がかかったアスファルトの道路は、ジュッと音を立てて表面を溶かした。


(毒か? なんて危険な。もしかしてあいつの体液にも毒があるのか?)


 サイは大きく後ろに飛び、距離を取る。

 追って来ようとするコウモリに、手に持っていた鍬を全力で投げつける。


「ギュエッ……」


 見事命中、コウモリの腹に鍬の歯が深く刺さった。

 そして血液と共に飛び出した紫色の液体は、やはり刃先を溶かした。


(迂闊に近付いちゃいけない敵だな)

 サイはしっかり記憶した。


 その後も何体かの魔物と遭遇する。


(あれは今朝殺した狼の魔物か。素手で倒せるくらい弱かったな)


 今度は魔法で殺してみようか。そう思い、サイは敵に気づかれない内に集中力を高める。

 そして十分に魔力を込めた渾身の一撃をお見舞いする。


「くたばれ」


 敵に向けた手のひらから出たのは炎のレーザー。

 イメージは貫通。

 真っ直ぐ敵の頭を貫く筈だった。


(何? 無傷?)


 しかし炎は狼の白い毛に触れただけで霧散する。その毛を焼くこともなく。


「ワォォン」


 攻撃によってサイに気付いた白狼は高い雄叫びをあげ、サイに襲いかかる。


(妙だな。今朝はしっかり肉を焼いたのに。個体によって強さが違うのか?)


 思考しながら飛びかかって来た狼を蹴り上げる。


「キャウンッ!」


(いや、弱いな。ってことは魔法が効かないだけなのか? そうか、肉を焼いたのは死んだ後だからな。生きていればステータスが有効。つまり、魔法の耐性が高いって事か)


 サイは敵を視認しながら結論付けた。それならこの敵を倒すには物理攻撃が最善だ。


「ガウッ」


 その時、右肩に痛みが走る。

 白狼が肩に噛み付いている。もう一体いたのか。或いは、あいつが呼んだのか。

 サイは舌打ちしながら振り払う。


(くそ、血が出た。これじゃあ戦闘していた事がバレる)


 痛みに鈍く恐怖を感じないサイの心配事は戦闘には無い。

 だが、不利な状況に陥ったのも事実。何せ狼はもう一体来て、三体に囲まれる事になったのだから。


「グルル……」


 魔物達はサイを取り囲んで唸っている。

 どいつからくるのか。いや、こちらから行こうか。

 サイが一体に飛び付こうと動き出した瞬間、後方の一体が飛びかかって来た。


(そう来ると思ったよ低脳め)


 あらかじめ予想していたサイは深くしゃがんで、飛びかかって来た狼の下に滑り込み、無防備な腹を殴り上げる

 やはり身体能力は向上しており、魔物は天高く飛ばされる。それを追う様にサイも高くジャンプし、バレーのスパイクを決める様に拳で地面に向かって殴りつけた。


「キャウ……」


 それで一体は動かなくなり、死体が叩きつけられたた先にいた一体も数秒行動不能になる。

 その隙に元気な狼と一対一で向かい合うが、今朝戦ってわかった様に、この狼は一匹だと弱い。

 サイは敵が動く前に白い顎を蹴り上げて、その足をそのまま振り落として脳天に打撃を与える。

 残るは一体。

 そばに落ちていた鍬を拾う。

 さっきのコウモリのせいで刃先は溶けて、もうただの木の棒だ。

 しかしそれでも凶器になる。

 死体に潰されていた狼はは這い出て来て、サイに吠える。

 その行為に何の意味があったのだろうか。威嚇か、挑発か、恨み言でも言っていたのか。

 ともかくその無意味な行動のせいで白狼は絶命する事になる。

「ガオ」と吠えたその開いた口に、サイは手に持った木の棒を深く深く突き刺した。内臓を破壊し、肉を貫く感触の後に、命を奪った手応えを感じ、そのサイに高揚感が訪れる。


(これは、レベルが上がったのか)


 魔物を殺す事でレベルが上がる。

 このシステムのせいで、魔物を殺す事を高揚感だと勘違いする人間もいるだろう。

 それによって地面に転がる死体はどんどん増えていくに違いない。

 魔物も、人も。

 これからどんどん死んでいく。


 サイは思う。この世界は、自分にとって都合がいい。

 法も秩序も無ければ、合理的な選択が自分を生き残らせてくれる。

 今までよりも、よっぽど生き易い。

 だからサイは改めて歓迎した。

 この、壊れる世界を。




【名前】 美城サイ

【称号】 サイコパス

【レベル】 3

【体力】 E

【魔力】 E

【魔法】 無、火、水

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