仮説を立てよう
「サイくん? 見れたの?」
表れたステータスを凝視していたサイに、太一が驚いた様子で問いかける。
「ああ。僕も魔物を殺したから」
サイがあまりにも平然と言うから、太一は更に驚く。
それを見て、しまったと思う。サイコパスの称号を授かった少年は、自分の本質を見抜かれない様にするため出まかせを口にする。
「怖かったよ。当然じゃないか。でも仕方がなかった。僕がやらなきゃ誰も助けてくれないし。本当はやりたくなかったけど。二足歩行の豚だった。手が震えたよ。それでも僕は立ち向かった。必死に謝りながら、自分が生きる為にあいつを殺したんだ。他に手がなかった。きっとあいつも許してくれるよ。そもそも僕の家に勝手に入ってきたのはあいつなんだし」
早口でまくし立てるサイに「君も辛かったんだね……」と涙目で肩を叩く太一。
「でも、それなら身体の変化に気付いたでしょ? どうしてステータスを確認しないの?」
「だからその、どうしてステータスなんて発想があるんだい」
「なんて事だ」太一はわざとらしく仰け反って見せた。
「サイくんはゲームをやらないのかい?」
「うん」と頷くサイに、太一は自信ありげに説明を始めた。きっと、さっきからずっとこの話がしたかったんだろうな。サイはそう直感した。
「今日が始まった瞬間、魔物達が現れた。これによってレベルシステムが導入されたんだ。魔物を倒したらレベルが上がる、これ常識。最初はゼロからスタートだけど、倒せばステータスも見られる様になって、大幅に強くなる。つまりレベル一がスタートラインって事だよ。サイくん、校長先生と話したって言ってたよね? それってつまり、あの大人たちの集会に混ざったってこと?」
「うん、そうだね。子供もいたけど」
「立派だなあ」と呟いてから太一は問う。
「その集会でさ、ステータスの話って出なかったの?」
「出なかったから僕が知らないんだろう」
くだらないことを聞くな、とは言わずに、代わりに立ち上がって先ほどの中年男性の元へ行き、紙とペンを借りてくる。
「太一くん。君は誰も知らない情報を知っているんだ。まずは君のステータスをここに書いてくれ。そして二人で考えよう。この世界での生き方を、この力の使い方を」
丸々した顔に緊張が走り、分厚いレンズの向こう側から無垢な瞳がサイを見つめた。
「僕だけが……知っている……」
きっと彼は英雄にでもなれると夢見ているのだろう。サイはそう予想して、太一を気持ち良くさせる言葉を放った。
「ああ、そうだ。だから教えて欲しい。君が見つけた、ステータスの意味を」
その瞬間の花園太一は、まるで水を得た魚のようだった。
今までくだらない趣味だと揶揄されてきた事が重要視されている。
今まで邪険に扱われてきた自分が、必要だと求められている。
そうか、僕はこの世界では勝ち組なんだ。
これはまさに、花園太一の悟りであった。
【名前】 花園太一
【称号】 肥満
【レベル】 1
【体力】 M
【魔力】 K
【魔法】 無
「これが僕のステータスだよ」
汚い字で紙に書かれた数値を見て、サイは考える。
(M? K? それって上から何番目だっけ? 低過ぎないか? それとも僕が高いのか?)
サイは太一の身体を見る。
色白で、明らかに運動に不向きな程の脂肪。態度もどこかおどおどしており、鈍さが顔ににじみ出ている。頭も良くない。というか、何をやっても上手くいかないタイプの人間だ。
(比べる相手が悪かったな)
彼のステータスは間違いなく低い部類だろう。参考にならない。それならせめて、表示されている事柄についての考察をまとめよう。
「この、称号ってなに?」
太一が肥満な事は見ればわかるが、それがどうしたというのか。
「ユニークスキルみたいなものかな? それか、職業とか? 人それぞれに与えられる特技とか能力みたいなものだよ」
「太一くんのはどういう能力が?」
「僕の“肥満”は、受けるダメージを減らす効果があるみたい。これは表示されているわけじゃないけどね、なんとなくわかるんだ。そもそもこのステータスだって、わざわざ表示しなくても何となくわかる事じゃない? 例えば、ほら、僕の魔力が体力より多い事とか。それにしても“肥満”は酷いよねぇ」
確かにステータスは自身の能力を可視化したに過ぎない。彼の言い分には納得だ。だが、サイには自分の“称号”の能力がいまいち理解できない。
合理的なカタチに変化していく。
これが称号から与えられる能力なのだが、いったい何が変化するというのか。称号か、ステータスか、もしかして体型が変わったりするのだろうか。まあ考えても仕方がない
「力の表記が体力と魔力だけっていうのも雑だよねぇ。だって普通ゲームはさ、HPとか攻撃力、防御力や素早さとか、色々な数値があるんだよ。でもこのステータスは多分、それらを全部ひっくるめて“体力”なんだろうね。そして魔力って言うのもMPとか魔法攻撃力、魔法防御力とかも含めて“魔力”なんだと思うな」
「なるほど。でもわかりやすくていいんじゃない? そもそも人間の能力なんて、数値化したところでどこまで正しいか。だってアスリートでもメンタルやコンディションによってパフォーマンスが変わったりするでしょ?」
「そんな現実的な事言わないでよ……」
太一はシンプルなゲーム的システムが好みらしい。
「でもパフォーマンスといえば、“限界突破”みたいなスキルがあればステータス以上のパフォーマンスを発揮できるはずだけど、そういうのは無いのかな? ていうかスキルの欄がないよね。あるのは魔法か。それにしても魔法が“無し”じゃあ、辛いなぁ」
「無し?」サイはそれは違うと思った。
なにせサイのステータスでは“無”と“火”が同居している。火の魔法というのは恐らく、今朝出せた炎の事だろう。ということは、この表記は“火属性”と“無属性”ということではないだろうか。
その考えに至った時、サイは太一が自分のステータスを知らない事を思い出した。もちろん見せるつもりはない。
「同じクラスの関口さん、いるでしょ?」
サイは体育館の入り口方面を向き、隅にあるテントを指差した。
「うん、サイくんと一緒に来たよね。偶に覗いてるよ」
「それはいいとして」
監視されるのは不都合だけども。
「彼女は五感が鋭くなったらしい。あと、力も湧いてきてるって」
「だからそれは、レベルアップの恩恵だよ」
「そうかもしれないけどさ、こういう不思議な現象って、魔法のお陰だったりしないの? そもそもこのステータスだって魔法で召喚してるんじゃない?」
「ステータスが魔法だったら、表示するだけでMPを消費するってこと? そんなのクソゲーだよ」
「だからこれはゲームじゃないって」サイは呆れたように首を振る。
「一つの考え方だよ。つまり僕が言いたいのは、魔法は“無し”じゃなくて“無属性”なんじゃないかなって事。例えば水を出す魔法が使えるなら“水”って表示されるんじゃない? そういうのに属さないのが“無”なんだよきっと。そう考えれば、ほら、太一くんは無限の可能性があるじゃないか」
言葉とは裏腹に、無属性魔法は誰でも使えるのではないかとサイは考えている。
だが、この際それは黙っておき、太一を褒めて魔法の活用方法を喋らせる。それこそがこの不毛な人間関係を、自らにとって有益とする唯一の手段だとサイは知っているのだ。
「そ、そうか……確かに“身体能力強化”とかは魔法に分類するなら“無属性”だよね……ふふふ、その考えでいくと、確かに出来ることが多いぞ……」
「それでさ、その魔法ってどうやって発動するのかな?」
太一は目を瞬かせた後、拳を頬に当てて悩み始めた。
「その問題があったかぁ。ここがゲームとはかけ離れた世界だとしたら、リアリティの高いあのアニメの世界観が相応しいな……」
「何が相応しいって?」無駄口に付き合いきれずに先を促すサイ。
「いや、魔法とはつまり想像力だ、っていう考えで描かれているアニメがあるんだよ。その世界だと魔法に技名がついているわけじゃなくて、例えば、火の魔法なら火を出す事を基本として、想像次第で形を変える事も可能なの」
「それだよ!」サイは大げさに感動してみせる。「その世界観、凄く参考になるよ。さすが太一くんだね」
「ありがとう」
笑みを抑えきれず、太一は得意げに続けた。
「因みに、魔法を習得するには経験を積んだり、ピンチに陥ったりした時に才能が開花するのがセオリーだよ。つまりレベル上げが大事だよね。魔力を上げるには魔法を使いまくるのが手っ取り早いね。あ、瞑想なんかも大事だってさ。もちろん僕らの魔力が同じ様に成長するかはわからないけどね。こればっかりは試してみないとねぇ」
豚もおだてりゃ木に登る、とはまさにこの事。
サイに褒められ気持ちよくなった太一は、止まる事を知らずに自らの仮説を披露する。
そしてサイもまた、これほど扱いやすい豚は存分に利用する。
「そう、試さなくちゃわからないんだ。だからさ、太一くん。明日の朝、一緒に大人たちの会議に参加しようよ。そこでステータスの話をしよう。太一くんが皆んなに教えてあげるんだ。そして太一くんの指導のもと、皆んなで強くなろう」
「僕が……僕が教える……」
サイの本心は、ただ“サンプル”が欲しいだけだった。
ステータスの平均値、称号の種類、魔法で出来る事。そういったものを知り、情報という武器を得る為に大勢にステータスの存在を教えようと考えた。皆んなで強くなりたいなどとは微塵も考えていない。
「うん! 僕が皆んなの役に立てるなら、僕も参加するよ!」
さて、大量の仮説を立てた。
これからは検証の時間だ。
「ねえ、ところでさ。サイくんのステータスは――」
「あ、太一くん、お昼の時間みたいだ」大きな鍋を運ぶ大人たちを指差して言った。
「並んできなよ。僕はお手洗いに行ってくるね」
自分の個人情報を開示するわけないじゃないか、君みたいな阿呆じゃあるまいし。
サイは内心で見下しながら立ち上がろうとする。
その際、ベルト後ろの包丁をマットの下にそっと隠す。暫く使う予定が無いし、身軽でいたい為だ。
「お昼、やっぱり少ないのかな。こればっかりは仕方がないね。じゃあ、先に食べててね」
太一が口を開く隙を与えずに、サイは体育館出口の方へ歩き去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます