こいつは使えるな
校長の話を聞き終えた三人は、皆が集まる体育館へ向かった。
「夜はさすがに教室を寝床にしたりしてプライバシーを守る事になってるけど、日中は出来るだけ皆んなで同じ場所にいるようにしてるの。その方がいざという時に情報の伝達もスムーズだし、魔物も寄ってこないから」
深夜から集まっていただけあって、叶子は避難所での生活をよく知っていた。
体育館へ入ると、いくつかのテントが張ってあり、あれは家族ごとの部屋になっているのだそうだ。
家族が弟しかいないみずほも、体育館端に小さなテントを与えられたそうだ。
「男性で独り身の方なんかは、奥のステージの辺りで雑魚寝してるわ」
今は昼前、殆どの人が起きてはいるが、ステージ上にも下にも、体育マットや寝袋、毛布などが散乱しており、幾人かの男性が等間隔でそれぞれ過ごしていた。
「では僕も独り身なので彼らに混ざってきます。案内ありがとうございました、二人とも」
サイは思った。女性ばかりが優遇されているこの社会、ロクでもないな。
もっとも、サイが妬んだり不満を口にする事など決して無い。
ただ、避難民なんて、皆んな自分が助かりたくて逃げて来ただけの臆病者だ。この集団の中で役に立とうとしているのは、さっき多目的室にいたあいつらだけじゃないか。あいつらは優遇されてもいいかもしれないが、ここに転がっている奴らは、男も女も皆んな無駄飯食らい。等しく価値が無い人間どもだ。
どうして価値が無い奴らに気を使ったり出来るのだろうか。
人間とはつくづく不合理な生き物だと、サイは思う。
まあそうは思うが、サイは自分に直接的に関係の無い事を動かそうとは思わない。
自分があのステージ辺りで雑魚寝する事は対して不都合ではないし、テントを与えられた人々を羨ましく思う事もない。心底どうでもいい。
大切なのは自分の事だけ。
「え、ええ。その辺の生活の事はあそこの大人の人に聞けばマットとか貰えると思うから。じゃあ、また明日多目的室で会いましょう」
叶子はもう少し質問を受けながらまわるのかと思っていたが、サイがどうやら満足した様子なため、引き下がろうとする。なんて適応能力の高い子供なんだろう。
だが、隣にいたみずほはサイとまだ一緒にいたい様子だった。
「まだ昼前だし、あとで弟と一緒にサイくんの所行っていい?」
サイは何故弟を連れて来るのか、そもそも何故来るのか、わけがわからなかったし、来て欲しくもなかったので首を振った。
「ここに来たばかりでよくわからないから、僕はあの辺の人たちと話をしてみるよ」
そう言ってサイは男たちのスペースを振り返る。
「ほら、クラスメイトの花園くんもいるし。気を使ってくれるのは嬉しいけど、関口さんは弟くんと一緒にいてあげて」
サイの優しさ(みずほと叶子はそう思っている)に笑顔を引きつらせながら「じゃあ、また明日」と手を振る二人。
みずほの肩を慰めるように叩く叶子。そんな二人の後ろ姿を見送って、サイは取り敢えず寝床を貰いに行った。
「おう、お前も大変だな」
日に焼けた逞しい筋肉の持ち主である中年男性にそんな声を掛けられて、サイはマットと毛布を貰った。
マットは少しカビ臭かったが、毛布はそこそこ綺麗だ。
「場所は特に決まってない。適当な所に名前でも書いて置いておけ」
男は紙とペンを差し出した。
サイは紙(学年通信のプリントだった)の裏に自分の名前を書き、人が殆どいない場所の壁にセロテープで貼り付けた。その場所はステージ下の壁際。最も暗くて目立たない隅っこ。そこにマットを敷いてから、一メートル程離れた隣でマットの上に座っている彼に笑いかけた。
「花園くん、無事で良かった」
色白で低身長、体型は肥満気味。顔と同じ形の丸眼鏡がよく似合う彼は、クラスの汚点と呼ばれる
彼の趣味はアニメ、ゲーム、漫画。そういった創作物に耽り、現実から逃避するのが悪いクセで、運動も勉強も出来ず、一年一組の成績、並びに体育祭での順位を落とす汚点だ。
先日、夏の終わりに開催された体育祭では、彼だけで何度大縄跳びに足を引っ掛けたか。マラソンでは何秒のロスをしたか。
そういった理由からクラスで、いや、学年でも良い目で見られる事のない太一だが、サイはそういった差別を全くしない。
当然だ。サイの人生にとっては太一であろうが、他のクラスメイトであろうが、等しく無価値なのだから。
しかしサイがそんな非道な価値観を持っている事は誰も知らない。だから太一はただ純粋に、サイの事を良く思っていた。
彼は数少ない、僕の事を悪く言わない子だ。
差別され虐げられる者にとって、誰が自分を“嫌な目”で見ているのかは、自然にわかってしまう事。
だからこそ誰にでも変わらない目で自分を見てくれるサイと仲良くなりたいと、太一は常日頃から思っていた。
もっとも、内気な太一と、他人に無関心なサイが会話をしたのはこれが初めてなのだが。
「う、うん! サイくんこそ、大丈夫?」
サイが太一の方を向いて座ろうとした時だった。
ガツン、と硬いものが床に落ちる音。コンビニで叶子と会ってからずっとズボンのベルトの後ろに隠していた牛刀だった。
「……」
「……」
二人の沈黙。
サイは無言で牛刀を再び収納する。
「こんな危ない世界だからさ。自分の身は自分で守らないと」
咄嗟の言い訳。
サイも中学校では大人しくしている。
小学生の頃のサイはそうではなかったが、サイの小学校から今の中学校に進学した者は少ない。大半の生徒はもう一つの、別の小学校から進学してくるのだ。
だから圧倒的に内向的だと印象づけられているサイ。
そんなサイの背中から凶器が現れて、太一は一体どう思ったろうか。
「うん……そうだよね、自分の身は自分で守らないと……」
サイは太一の反応を意外に思った。刃物を見ただけで恐怖しそうな子供が、何かを噛みしめるように呟いている。
「うん。辛いことがあったんだろう? よければ話を聞くよ?」
サイには共感能力が欠如している。それはつまり、他人の感情の動きがまるでわからないという事。
他人の痛みを分かち合うことも出来ないし、他人の悩みを親身になって受け止めることも出来ない。
それでも今のサイは、あたかも他人を思いやっている様に見せかけることが出来る。長年の勉強の賜物、いや、小学生の頃のあの先生のお陰か。
ともかくサイは心無い言葉で他人とコミュニケーションを交わすことが出来、他人の心を掴むことが出来る。
太一とコミュニケーションをとる価値は無いと考えているのだが、今落とした凶器から気を逸らせたかったのだ。刃物を持ち歩く子供なんて、変な噂が立ったら生活しづらい。
それにさっきみずほに「花園くんと話す」様な事をにおわせてしまった。みずほは奥のテントから偶に顔を出してサイの方を覗いている。
守られたプライバシーの内側から、外のプライバシーを侵害するなんて、ロクな女じゃないな。
サイはそう思いながらも有言を実行する。
他人からの印象を大事にしなければならない集団行動とは、本当にくだらなくて面倒だな、などと思いながら。
「実は、僕、殺してしまったんだ」
深刻な表情で告白する太一に合わせて、サイも驚いた表情をつくった。
「故意じゃないんだよ! ただ、部屋の中で僕にしつこく迫ってくるから、逃げ回ってたら、本棚が倒れて……ああ、その後は故意だったよ。本棚の下から這い出て来ようとしてたから、その……上から押したんだ。そしたら赤い血が流れて……」
「殺したのって、モンスター?」
「モンスター? ああ、うん、魔物だよ」
呼び名なんてなんでもいいだろ、と思いながらサイは先を促した。
「そう、あれは魔鼠。僕の頭ほどの大きさの、真っ赤な毛をしたバケモノネズミだ」
「そうか……大変だったな……」サイは思ってもない事を口にする。
「でも、校長先生は自分の身を守る為に積極的に魔物を殺せと言っていた。だから花園くんの行為は正しい。君が責任を感じる事はない」
「さ、サイくん……」
太一は「ありがとう」と呟いてから目を閉じた。
「僕の両親も、多分そのネズミに殺されたんだ。僕がネズミを殺した後に、二人の寝室に行ったら、二人とも喉を……食い破られていた」
思い出してしまったのか、太一は気分を悪くした様に顔をしかめた。
「だから、そう。僕は仇を討ったんだ。そしてレベル一になった。二人の分も、僕は、生きなくちゃいけない」
よく自分の話を、無関係な僕に長々と話し続けられるな。サイはそう思って聞いていたが、気になる言葉が出てきた。
「レベル一って、どういう意味?」
「え? ステータスの話だよ。あ、そうか。もしかしてやっぱり、レベル零だとステータスが見えないのか」
一人で考え込む太一に、サイは質問を重ねる。「ステータスって何?」
「ほら、ゲームでおなじみのステータス。あれが見えるんだよ。ステータスオープン。ほら、僕のステータス。見える?」
太一は何も無い場所を指差している。「見えないよ」サイは首を振った。
「そっか。うん、なるほど、わかったぞ。聞いてサイくん。これは僕の推測なんだけど……」
「ステータスオープン」
太一の話が長くなりそうだったため、サイは自分で唱えてみた。
自身の身体の異変には魔物を倒した時から気付いていた。
だから透明な文字盤が中空に表れても驚きはなかった。
【名前】 美城サイ
【称号】 サイコパス
【レベル】 2
【体力】 F
【魔力】 E
【魔法】 無、火
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