第三章 夜明け前
「ルーナ! 」
朝の学園前。リリィが駆け寄ってきた。
「ねぇルーナ、この近くで
「え? 」
私はクリシのことを考えた。もしかして見つかってしまったのだろうか。
「場所は? 」
「東の山の洞窟だって。赤い体で黒い眼の
クリシは西の森の
「そっか。あんまり近づかない方がいいかもね」
「何言ってるの、ルーナ。もしかしたらこの学園の優秀な成績の人が招集されるかもしれないんだよ? もし招集されるとしたら、 少なくとも魔術科の主席のルーナと衛士科主席のヴェンデッタは確定でしょ? 」
…… 嘘だ。それは本当だろうか。
「でも、竜の討伐には
親友に嘘をつくのはとても辛かった。だが、クリシや、生き残った竜のことを考えるとどうしても誤魔化すしかなかった。
「それに、竜もじつはいい子たちかもしれないよ? 」
「竜が?いやいや、そんなことあるわけないじゃん、ルーナ。授業で聞いたでしょ?竜は人や動物を襲う凶暴な生き物で、二十年くらい前に竜を殺すために
それもそうだ。普通の価値観なんてそんなものだ。だからと言って価値観を変えようとリリィをクリシに会わせるのも危険だ。私はなんとなく板挟みになっている感じがした。
「ん。分かった。どうせ呼ばれないけどまぁ、覚悟はしておくよ」
クリシに早く伝えなければ。私はそれだけを考えていた。
学園の鐘が鳴った。
「わっ、こんな時間! ルーナ、行こ? 授業始まっちゃうよ! 」
そうだね、と頷いて走り始めたその時だった。
── ルーナ、ヴェンデッタ、リリィの三名は学長室に向かって下さい。
「え? 」
「ルーナ……聞こえた? 」
「リリィにも聞こえた? 」
「
「おい」
振り向くとヴェンデッタが立っていた。
「まったく……お前たちも呼ばれるとは驚いたよ。学長室に行くぞ。竜狩りのミーティングだそうだ。心配しなくても授業は公欠扱いにしてもらえる」
リリィは状況を飲み込めない様子だった。
「えっと…… 私もなの? 」
「リリィだったか。呼ばれたからには意味があるのだろう。いいから来い」
ヴェンデッタは踵を返し、学長室へと足を向けた。
私はリリィと顔を見合わせて、とりあえずついて行こう、という結論に達した。
***
「ふむ。予想より早かったな」
ヴェンデッタ、リリィと共に学長に呼び出されて数分。私たちは学長室の高級そうな椅子に座らされていた。
「東の洞窟で
「はい」
「ならば話が早い。近々その竜の討伐隊が組まれる。この学園の中でも戦闘能力が高い君たちにも声がかかっているのだ」
「私は参加させてもらいます」
ヴェンデッタは静かな声で言った。
「私は
「え。ヴェンデッタ君って
そうか。リリィは知らなかったのだ。
「…… はい。他の生徒には隠しておきたかったのですが、この際仕方ありません。ですが、どうかご内密に」
「了解した。…… 残り二人はどうかな? 」
「私たち……ですか? 私は竜殺しなんかじゃないですよ ? 」
「……君は『
「…… 」
リリィは黙り込んだ。なんだかんだと言いながら竜と向き合うのが怖いのだろうか。
「私も考えさせてください。…… 街の周りの魔物ならともかく、突然ドラゴン退治なんて、正直言って怖いです」
私がそういうと、ヴェンデッタは一瞬、私を睨みつけた。
「よい。君たちは学園の宝物で、未来を担う若者だ。無理強いはしない。
さて、ヴェンデッタ君。一応リリィ君とルーナ君にも聞いておいてもらおうか」
そういうと学長は、モニターの電源を入れた。南の大陸の帝国製で、雷属性の魔力を貯める小型装置で動力を確保するのだそうだ。
「これが見つかった竜だ。調査隊によると、以前の
モニターに映る画像は、先ほどリリィから聞いた通り、赤い鱗で黒い眼をした翼竜だった。
「滅竜戦線…… ? 」
そういえばリリィは滅竜戦線を知らない。一方ヴェンデッタが眉一つ動かさないのは
「本来は国家機密なのだが…… 君たちは竜を殺すのに関わるかもしれない人間だ。知っておいて損はない」
そういうと学長先生は滅竜戦線の話を簡単にしてくれた。
「そっか…… 私たちが生まれた頃にそんなことが…… 」
「学長先生。すみませんが、先程の竜についての情報をお願いします」
ヴェンデッタが横槍を入れた。
「ふむ、それもそうだ。さて、ソレイユは”太陽”の名を持つ通り炎の扱いに長けた竜だ。先の戦いでは口から細い光線のような炎を吐き出し、正確な狙撃をしてきた。おそらく魔力を飛ばして目標を補足、その状態で一気に魔力を励起させ対象まで一直線に焼き払うのだろう」
「学長先生。それでは近づく前に焼き殺されてしまうのではないでしょうか」
ヴェンデッタが声を上げる。
「ヴェンデッタくん、それはもっともだ。そしてその質問には、今ちょうど魔力誘導をするための装置を開発しているところだ、と返そう。もうすぐ出来上がるはずなのだが、いかんせん最終調整に時間がかかっているようでな。作戦実行が近日中、と言われるのはそういうところの事情だ」
「了解しました」
ヴェンデッタが礼をした。
「それで、他に質問はあるかな? 」
「いえ、特には」
「そうか。ならば授業に戻るといい。…… ルーナ君、リリィ君はもし参加したいと思ったのなら、いつでもここに来なさい。我々が手厚く補助しよう」
「はい、学長先生」
私たちは一礼をして、学長室を出た。
「おい」
部屋を出た瞬間、ヴェンデッタに呼び止められた。
「ルーナ。お前どういうつもりだ」
「ちょっと待ってよヴェンデッタくん! 別に無理強いしなくてもいいって学長先生が…… 」
「リリィ。悪いがちょっと席を外してくれ。あと俺が竜殺しであることを他の人間に言いふらしたら殺すからな」
「でもルーナ…… 」
「いいの。リリィは先に行ってて」
私が言うと渋々頷いて教室へと駆けて行った。それを見送った私たちは学園の裏の
「それで、どういうつもりとはどういうことよ」
私は聞き返した。
「お前、クリシを知ってるだろう。
ヴェンデッタはありったけの憎悪を込めて言い放った。
「俺の両親を殺したヤツだ」
「あの子はそんなことしない! 」
「…… ほう」
しまった。つい言い返してしまった。かなりまずい状況だ。
「アイツが俺の両親を殺していないと? 俺の両親はあの
いつも冷徹なヴェンデッタとは思えないほど感情的だった。
「だから…… 俺は竜を滅ぼす。絶対に竜を許さない。…… 邪魔をするなら、お前も殺す」
ヴェンデッタは殺意を持った目で私を睨んでいた。
「さぁ、教えろ、クリシの居場所を。嫌なら今回の討伐隊に参加しろ」
私はその迫力に
「……あのね、あなたと一緒にいた私が殺されたらあなたが疑われるのは当然でしょう?学園での立ち位置が危うくなるよ? もし私を殺すのならここじゃない方がいいと思うよ」
「…… 協力しない、というのだな。お望み通り、もし戦場であったら殺してやる」
そう言い放つと、ヴェンデッタは剣を収めた。
「気が変わらんうちに行け。振り向いたときにそこに居たら斬る」
ヴェンデッタは踵を返した。
私は、無言でその場を立ち去った。
***
「…… ということなの」
放課後、用事があるからと親友と早々に別れクリシに会いに来た。
「ソレイユのヤツ……そうか。さて、我には関係ないことだが生き残りのよしみだ。忠告を飛ばしておくとしようか」
「あら? その役割、アタシがやってもいいのよ? 」
「えっ? 」
見上げると大きな翼竜が降りてくるところだった。
「きゃっ……!? 」
「あら、可愛いわね。食べてしまいたいくらいだわ」
「おい、ルミナス。その辺にしてやれ。第一こいつを食ってもどうせ不味いに決まってる」
「はいはい、つれないわねぇ。さて、アタシは『
翼竜は器用に塔の柱の上に
「私は…… その…… ルーナって言います」
「知ってるわ。昨日クリシと会ってるのを見てるし、クリシから話も聞いたわ。で、『
「はい。今、魔力誘導装置を作っているので作戦は数日後って聞いたんですが…… 」
「あちゃー。アイツの『
「さすがにそれはまずいな…… というか、お主。そのようなことを我々に話していいのか? お主も討伐隊なのだろう? 」
クリシは疑い深く見つめてきた。
「私は討伐隊を辞退したよ…… 。それに、クリシは悪い竜なんかじゃないし、他の竜ももしかしたら悪い竜じゃないかもしれないし…… 」
「…… 」
クリシもルミナスも黙り込んでしまった。
「どうしたの? 」
「いや、お主は優しいな、と」
「そうね、優しすぎるわ。あなたがもっと早く生まれていたら、もしかしたら
「どういうこと…… ? 」
ルミナスが塔の柱から降りてきた。
「さて。私が今ここにいるのはクリシに調べごとを頼まれたからよ。そしてクリシにあなたにも伝えてと言われてね」
私に? 何か重要な情報でもあるのだろうか。
「そうね…… あなたに伝えることは二つあるわ。一つは『滅竜戦線の本当の目的』。もう一つは『
「……! 」
今確かに
「滅竜戦線の話からするわね。あれは竜を滅ぼす作戦。それは間違いではないわ」
淡々と語るルミナスの目は、どことなく遠くを見ていた。
「アレはね、危険な生物、つまりアタシたちを狩る、と言う名目よね。でも実際はそんなんじゃない。人間たちの自分勝手すぎる計画なの」
自分勝手すぎる計画? 危険な生物を狩るという名目でこんなに優しい竜たちを殺すこと以上に自分勝手なことがあるのだろうか。
「アタシたち竜は莫大な
「もしかして滅竜戦線の目的って…… 」
私は少し怖くなった。ルミナスは私を見据え、話を続けた。
「そうね。多分あなたが思ってる通りだと思うわ。…… 竜を大量に殺すことで、莫大な魔力を大気中に放出すること。それが滅竜戦線の目的よ。そうね……世界中の竜が狩られてこの世界に残った竜はアタシたち三匹だけ。そうね、殺された竜達も含めるとあと百万年は魔力はが尽きることはないでしょう」
「ひゃ…… 百万年!? 」
「何を驚いているのよ。世界中に竜は何万体もいたのよ。それが三体まで減らされたんだもの。かなりの浪費をすると考えてもそのくらいは
何万体もいた竜がたったの三体に減らされてしまった。それが人間が魔力不足だからと理不尽に殺していったのか。信じられない。信じたくない。そんなことって……
「事実、ヴェルシスや南の帝国レイアルは他と比べて魔力濃度の高い場所でしょう? 竜を殺した数が他よりも多い場所だからよ。下っ端
酷い。あまりにも酷い。そして自分もその恩恵を受けているかと思うと、目の前にいる竜たちにとても申し訳なく、恥ずかしく思えてきた。
「いいの。あなたはその時まだ幼かった。どうしようもないことなの。あなたは竜殺し。アタシたちの敵になっても何の文句も言わないわ。…… はい、この話はおしまい。さて、次は
ルミナスは今日一番に真剣な目で話し始めた。
「
ルミナスはため息をついた。
「それに、どの能力もめちゃくちゃな魔力消費をするから、普通の人にはありえないほどの魔力世界を持っているの。ざっと数十倍はあるわ」
「数十倍…… !? 」
「実際お主は我を治療するときに
「え、ウソ!? あなた最高位治癒術式使えるの!? 」
ルミナスが驚いたように叫んだ。
「そもそも我が生きているのはこのルーナとやらのおかげだ。まったく、お人好しにもほどがある」
「ますます気になるわね、あなた。人間なのがもったいないくらいだわ。…… 話が逸れたわね。さて、能力について詳しく説明するわ。えぇと、まずは『
「おい、我の住処を壊すでない」
「もともと壊れてるんだからいいじゃない? さて、ルーナ、やってみて」
私はなんとなく申し訳なくなって、塔の下にある木へと狙いをつけた。
「…… 『
刹那。白く輝く幻影の刃が
風切り音がしたかと思うと、木は根元から綺麗に切断されていた。
「こわっ」
ルミナスの悲鳴が聞こえる。
「ちょっと…… 正直予想以上だった。うん。他の能力が楽しみね。次に行ってみましょうか。『
具体的に。急にぱっと思いつかないのでとりあえず目の前にいるクリシをイメージする。
「『
私の横に光が溢れる。どんどん大きくなり、形が整ってくる。
「おい」
クリシが私を見た。光が拡散する。そこには、私よりちょっと大きいくらいのクリシが座っていた。
「ふっ……あははははは!! 」
ルミナスが笑いだす。
「なにそれ、可愛いね…… ふふっ…… 」
「お主、それは我に対する侮辱か? 」
私が魔力の接続を切ると小さなクリシは消えた。
「いや…… クリシの大きさ再現すると疲れそうだし、かといって具体的に考えられるものがなかったから…… 」
「まぁいいじゃんか…… ふふっ…… 」
「ルミナス。お主後で覚えておれ」
「はいはい。それじゃ次ね。『
夢を作り出す? そんなおかしな能力を私が持っているのか。まさに夢みたいな話だ。
「まぁ、これは詠唱だけで発動する魔術ね。一応、次に紹介する『
「えぇと…… その『
「そうね…… これが『
「さすが竜殺しの能力だ。術者以外なら死んでもなかったことにできる上に戦いに勝ったらそれを事実として書き換えればいい。まったく、相手にしたくない魔術だな」
「さて。アタシたちがなんでこんなことをあなたに話すのか、と言いたいわよね? 」
正直、それは気になっていた。私にこの魔術のことを教えなければ、きっと彼らにとっての危険度は下がるだろう。もし私が竜を殺す側に回ったときに、彼らにとっては圧倒的に不利だ。
「それはね。アタシたちからの忠告よ。……なんで夢属性についての記録が少ないか知っているかしら? 」
まったく考えたこともなかった。前例が二例しかなかったのもあるだろうが、それにしても不思議なくらい見つからなかった。
「逃げたからよ」
逃げた? 一体どういうことだろう。
「あまりにも危険すぎる夢魔術を人々は恐れ、『
「そんなことが可能なの? というかなんでもありなんだね…… 」
「だって夢なんだし。術者の魔力が残っている限り何でもできるのよ。代償として急性魔力欠乏症を起こすくらいの魔力消費があるけどね。もし世界を覆うほどの『幻想残影』を使ったら、それこそ魔力が尽きて死ぬけれど」
人一人消えるくらいなら世界に何の問題もないのさ、とクリシが横やりを入れた。
「さて、ルミナス。お主、そろそろ動かないと人間に見つかりやすくなるぞ」
「あら、そうね。ならアタシはソレイユのところに行くとしますか。じゃあね、ルーナちゃん。次会うときはきっと戦場だけれど」
きゅっとウィンクをしてルミナスは飛び去った。
「……ルーナ。お主も今日は帰れ。初めての夢魔術で疲れただろう」
「うん、ありがとう。それじゃ、またね、クリシ」
「まったく。次などないだろうに」
***
「ルーナ! 」
「リリィ、どうしてここに? 」
「最近ルーナが森のほうに行くのを見る人が多かったから…… えっとね、私…… 」
それは、私が一番聞きたくなかった言葉だった。
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