第二章 固有魔術

 ── 時計の音が響く。

 どうやら私は眠ってしまっていたようだ。

 深呼吸をして頭をスッキリ目覚めさせる。

 ちょうどリリィが医務室に駆け込んできた。

「大丈夫?火炎魔術実習が終わったから様子を見に来たんだけど」

「うん。ちょっと寝てた。火傷もそんなに酷くはないよ」

 よかった、とリリィは安堵の息を吐いた。

「次は闇属性魔術実習だけど、大丈夫? いけそう? 」

 うん、と返して立ち上がる。

「私この授業苦手なんだよね」

 リリィははにかんで言った。

「実際、闇魔術は魔術科目の中でも一番難しいからね」

「そんなこと言って~。ルーナはどの魔術でも学年一位取れるでしょ? 」

 親友は冗談っぽく笑ってみせた。

「でも、闇魔術は火炎魔術と違って失敗したら大変だからね。気を付けてよ? 」

「次は大丈夫だって……ば!? 」

 後ろから破裂音がする。

「へへへ、引っかかった~! ルーナ、私はこっちだよ」

 振り向くと、そこにはリリィが立っていた。

「…… びっくりしたよもう」

 リリィもまた数少ない固有属性持ちだった。属性は『鏡属性ミラーリング』。自分とそっくりの分身体を作り出し、感覚を共有できる能力なのだそうだ。

「だいたいそんなに固有魔術無駄遣いしちゃだめでしょ? 魔力すぐなくなっちゃうよ 」

「平気平気!この学園は魔力濃度が高いところに建ってるから、そんな簡単にはなくならないよ! 」

 そうは言うもののやはり疲れるのか私の目の前にいた分身体が消滅する。

「それに、さっきからルーナがルーナらしくない気がしたからさ。気分変えてやろうと思ってね。だから無駄じゃないよ」

 リリィらしい動機に思わず笑いがこみ上げる。

「ありがとう、リリィ。もう大丈夫だよ。……でも固有魔術を使うのはやっぱりやめときなさいよ。それ、他の人にバレると大変でしょ? 」

「ちぇー。分かったよ、今度からはちゃんと周りを確認してから使うよ」

「それ、結局つかってるじゃない」

 どこかおかしくなって、親友と二人笑いあった。

 実際、この何気ない会話は私の気持ちを切り替えるのにかなり効果があったようだ。この親友にあとでアイスでも奢ってやろうと思う。


 ***


「それで」

 闇魔術実習の後。学園購買部前のベンチでアイスを食べていた時だった。

「ルーナの固有属性は『夢属性ドリーマー』だったよね」

 親友は「こうすると何本食べても太らないから」と頭が良いのか悪いのか分身体に『隠密反射リフレクトステルス』(分身体に集まる光を複雑に反射して透明に見せる術らしい)と感覚共有をかけて食べさせている。まさか3本もねだられるとは思っていなかったが、奢ると言ってしまったのは私なので仕方なく出したところだ。

「うん。でもまぁ能力の内容は分からないんだけどね。何に使うんだろう…… 」

「夢っていうくらいだから、やっぱ寝てるときに関係するのかな? 」

「予知夢とか? ないない。私の夢が本当になったことないし」

「誰も知らない能力ってのも不思議だよね。私みたいな『鏡属性ミラーリング』は時々いるらしいからすぐ分かったんだけど」

 クリシから聞いた話を思い出す。

「えぇと。確か私の属性は前例が二例しかない……って聞いた気がする」

「ということはルーナが三例目!? 」

「ちょっ、声が大きいって…… まぁ、そうだね。でも二例とも記録がほとんどないんだって」

「そっか……じゃあ簡単に見つかるような能力じゃないんだ」

 アイスの二本目を食べ終わった親友が三本目を頬張ろうとしていた。

「だから、自然に能力が出るときまでは分からないんだよね」

「私みたいに便利な能力だったら最高なのにね」

「嫌だよ、そんな食いしん坊みたいで食費のかかりそうな能力」

「食いしん坊じゃないもん!おいしいものはたくさん食べたいけど太るのは嫌でしょ!? 」

「そういうところだよ」

 ふふふ、と二人で笑いあう。

「さて。私はそろそろ帰らなきゃ。アイス、ありがとね! 」

 そういうとリリィは分身体を消して立ち上がった。

「また明日ねー! 」

 リリィを見送った私はというと。

 クリシに会うべく、森へと向かっていた。



「……いつでも来るといいとは言ったが、早すぎではないか? 」

 クリシは呆れたように首と尻尾を振った。

「聞きたいことがあってね」

「ほう」

 クリシは私を見つめた。

「ヴェンデッタのことなんだけど」

「あぁ……あの竜殺しドラゴンスレイヤーか……。お主の方がよく知っているだろう? 」

「そりゃ、学園では衛士学科の学年一位だし、身体能力だって高いからモテモテだけどね。竜殺しとして生きてることは周りに秘密にして生きてるよ」

「それはそうだろう。あやつの竜殺しの力は未完成だ。…… とはいえ普通の竜殺しとは比べ物にならないほどの力を持っている。まったく、油断できないヤツだ」

「クリシはヴェンデッタ以外の竜殺しに襲われたことがあるの? 」

 何気なく問いかけてみた。

「何回もある。我だって生きている。殺そうと襲ってくる外敵を追い払うくらいはするさ」

「…… もしかして」

「言わずとも良い。ヴェンデッタの両親もまた竜殺しであった」

「…… 殺したの? 」

 クリシは首を振った。

「追い払う、と言っただろう。あの時は確か……滅竜戦線バスターオーダーの時だっただろうか」

 滅竜戦線バスターオーダー。二十年ほど前。竜殺しが竜を一掃するために集結し、竜を狩った戦争だとクリシから聞いた。もちろん、国家機密情報として扱われているらしく、存在は昨日クリシに教えてもらったばかりだが。

「我は妹、真の名をコスモスという竜と共に戦っていた」

 クリシは空を見上げながら話し始めた。

「その時に我々を狩りに来た竜殺しこそがヴェンデッタの両親だ。名前は……そういえば聞いていなかったな。まぁいい、きっとそれほど重要ではない。確か固有属性は『虚属性ヴォイド』と『星属性スターダスト』。…… ヴェンデッタもまた『虚属性ヴォイド』持ちなのだがな」

 それもそうだ。ヴェンデッタも竜殺しなのだから当然固有属性は持っているだろう。

「『虚属性』はとする能力だ。例えばだが空間はないはずだろう?そこに空間がある時点でのだ。しかしこの『虚属性』というのはを残したままことができる」

「…… えぇと? 」

 理解が追いつかない。明らかに矛盾していないだろうか。存在しないものを存在させるということは存在してしまうわけだから存在しないものとして扱うことはできない。

「まぁ、無理もない。我も完全には理解できていない能力だ。まぁ、我々はこの『虚属性』という属性に大いに苦戦させられた」

「よく生き残ったね、クリシ」

 クリシは空を見上げたまま淡々と答えた。

「…… 生き残った竜は我を含め三体。妹は死んださ」

「えっ…… 」

「…… 妹はヴェンデッタの両親に殺された。『虚像投影ヴォイドプロジェクション』によって身体の内側から刃に切り裂かれた。…… よく、覚えている」

 悲しげな蒼い瞳が私を見つめた。

「我は本当は竜殺しが憎い。しかし仮の名とはいえ我は『審判クリシ』の名を持つ竜。我の私情だけでなく彼らの義も尊重せねばならぬ」

「クリシ…… 」

「…… 下した裁きは『竜の呪い』であった。我が妹、『世界コスモス』を殺した一族の能力を著しく低下させる呪いだ。我が死ぬまでこの呪いが消えることはない」

 ヴェンデッタは衛士学科の主席だ。そんなハンデを抱えているにも関わらず、剣術大会では常に優勝し、座学の成績も一位。ありえない。

「昨日の戦いを見たであろう。ヴェンデッタは呪いを受けながらも竜殺ドラゴンスレイヤーしとして強すぎる力を持っておる。辛うじて『虚魔術』の発動だけは防げているが…… 」

 もし何かのはずみで虚魔術が解放されれば我は負けるだろう、とクリシは語った。

「ねぇ。そうやって淡々と語ってるけど、クリシは怖くないの? 」

「全く、無駄な質問だな。我は竜だ。竜が人間を恐れてどうするのだ。…… と言いたいところだが、お主、鋭いな。怖くないといえば嘘になる」

 クリシの蒼い瞳が私に向けられる。

「我は一度、竜殺しのせいで妹という大切なものを失った。竜殺しは我々の幸せを奪った。奴らが憎いに決まってる。だが、それ以上にあっさりと我らの日常を消し去った竜殺しが。…… いずれ、残った我々も討伐されるだろう。…… ルーナ、お主もきっと我を殺す側についてしまうのだろうな」

「クリシ…… 」

「……よい。そのような目をするでない。我だって生きたいに決まっておる。だが運命とはそのようなものだろう。…… 我はもう独りなのだ。気にすることはない」

「独りじゃないよ、クリシ」

「やめよ。我にはそのような言葉は要らぬ。そもそも竜の寿命は人間にとっては長すぎる。仮に我が生きたとしてお主は我を置いて死にゆくだろう。百年なぞ竜にとっては一瞬だ。お主のことはきっとすぐ忘れる。そのくらい些細なことだ」

 クリシの物言いは、どこか強がっているように見えた。きっとそれを指摘するとまた怒るのだろう。それに、竜のプライドを傷つけてしまう気がした。

「ともかく。我と仲良くしよう、などと考えるのはよせ。いずれ我々は殺し合うのだ。余計な感情を持つとお主の判断を鈍らせるだろう」

「それでも私は、あなたの話を聞きたい」

 それは、私の本心だった。

 クリシはそっと目を閉じ、呆れたように息を吐いた。

「……好きにしろ。だが今日はもう遅い。早く帰るがいい」

 そういうとクリシは尻尾を上げ、石碑の陰を指した。

「そこに魔術文字が刻まれている。森の入り口に通じる転移魔法だ。…… お主が来るだろうと思って今朝彫ったばかりだから上手くいくかは分らぬ」

「うん。大丈夫。ありがとう」

 私は鱗を持ち、そっと魔術文字に触れた。

「それじゃ、また来るね」

 目の前の景色が揺らぐ。気づくと私は、森の入り口に立っていた。



「…… 」

 ルーナとかいうあの竜殺し。あやつとて人間。我ら竜とは相いれない存在なのだ。

「なぜ、そこまでして我に関わろうとする。どうせ残った竜を狩らんとまた竜殺しが集められるだろうに。……なぁ、コスモス。我はどのようにすべきなのだ…… 」

「らしくないわね、クリシ」

 森の木々が大きく揺れる。我より一回り大きい翼竜が飛んでいた。

「……ルミナスか。それで、何の用だ」

「アンタ、欲しくないの?じょ・う・ほ・う! 」

「早いな。それで、何か分かったことがあるのか? 」

「手がかりなしからたったの二日で調べられることはそう多くないわよ?

 というかぶっちゃけ分かったことは三つだけよ」

 ルミナスはふふっ、と笑った。まったく、この竜のことは我も苦手なのだが、知識と行動力、そして恐ろしく広い情報網をもつルミナスは、調べものをするには何かと便利なのだ。彼女が生き残っていることを感謝しつつ、我は姿勢を正した。

「では、話してもらおう 」

「まぁ待ちなさいな。もちろんだけど、報酬はあるのよね? 」

「……何が望みだ」

「アタシとデートでもどうよ? 」

「勝手にしろ」

「ウソウソ、冗談よ。…… で、さっきの女の子に会わせてくれるかしら? 」

「……見ていたのか」

「ていうか、取込み中っぽかったから遠慮してたのよ。そっちの山の上から見てたわ」

「盗み見とは趣味の悪い。……まぁいいだろう。しばらくはこの周辺に居てもよい。奴が来た時に勝手に来い」

「はいはーい。んじゃ遠慮なく」

 そういうとルミナスは塔の柱の上に器用にまった。

「お主も高いところが好きだな」

「翼竜ですので? 」

「……声が聴きづらい。降りてこい」

「最初からそう言ってよ」

 にやにやと笑いながらルミナスは降りてきた。

「さて、どれから話してほしいかしら? 」


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