第一章 蒼の流星
青白い光が一直線に落ちてくる。
「えっ……きゃっ! 」
それが地面に激突する。衝撃波と共に地面が割れる。私は立っていることもできなかった。
「な……何が起きたの? 」
目を開けると、そこには蒼い大きな何かが倒れていた。
大きな翼に長い尾。鋭い爪に傷のついた鱗。長い蛇のような体。
──
その巨体は体長十メートルはあるだろう。前脚をついて立ち上がろうとしていたが、すぐに脱力して倒れこんだ。
「大丈夫!? 」
そっと駆け寄ると、竜はとても弱っていた。
「待っててね、今治癒術式かけるから…… 」
「逃げ……ろ」
弱々しい声で竜が囁きかける。
「死ぬ……ぞ……」
「だけど……! 」
瞬間。竜は私を私を守るようにとぐろを巻いた。
「
空間が揺らぐ。刹那。きぃん、と高い音が響き渡った。
「止まれ…… 」
低い声で竜が囁く。
「我を……殺す……と……この少女が……下敷きに、なろう…… 」
竜が尾を私の頭上まで持ち上げる。私は震えていた。ここで死ぬかもしれないという恐怖が全身を支配していた。
「チッ……人質を取るたぁ卑怯だなぁ竜ってやつは!! 」
吐き捨てながら男は剣を収めた。
「いいか!俺は
男が去ったのを見届けると竜は私を解放し、力なく横たわる。
「あの……その傷…… 」
「……さっきの竜殺しに、やられた傷だ」
情けない、といった風に答える。
「多分私……治療できるよ 」
「無理だろう。竜の体を修復するなんて……それこそ高位の魔術師でないと不可能だ」
「やってみないとわからないじゃない! 」
竜はやってみろ、と言わんばかりに静かに目を閉じた。
「
私は魔術の成績だけならかなり良い方だった。事実、学園で一番とまで言われていた。
「……お主、本当に子供か? 」
みるみるうちに竜の傷がふさがっていく。
「うん。私は魔術だけしか取り柄がないけど、魔術だけなら学園の誰にも負けないの。それに私……」
言いかけたところで口を止める。初対面の竜になにもかも話すのは変に感じた。
「……うん、やっぱりなんでもない」
竜はそっと顔を上げた。
「クリシ」
「え? 」
「我が名はクリシ。種族は人間の分類でいうと蛇竜と呼ばれる種族だ。とは言ってもこの名は仮の名。我々の掟で本当の名は死ぬときにのみ口にすることができる」
クリシは私の心配を見透かしたかのように続ける。
「お主のことは無理に語らなくてもよい。竜の治療を成し遂げた時点で相当な実力や才能を持っていることは分かる」
クリシは立ち上がって礼をした。
「それに、竜殺しに助けられるとは思っていなかった。 ……お主、優しいのだな」
私は首を振る。
「あんなにひどい怪我をしてたら放っておけなくて。あとそもそも私、竜殺しなんかじゃないし。身体能力も生命力も人並みよ」
「おや。確かにお主から竜殺しの力を感じるのだが…… 」
竜はじっと私を見つめた。
「……なるほどな。よし、少しだけ説明をしよう」
クリシは器用に私を背中に放り投げ、飛び上がった。
「蛇竜ゆえ少し乗り心地は悪いだろうが、許してくれ」
地面が遠くなる。森の道から大きく外れた山のふもとに塔があった。森からは木が邪魔で見えず、街からは山に阻まれて見ることのできない場所だった。
「我はあの塔に住んでいる。誰も寄り付かぬ、平穏な場所だ。どんな
翼をはためかせながら滑空する。ものすごい早さだった。空の星が流星になったかのように見えた。
「しゃべらぬほうが良い。どうせすぐ着く。舌を噛むぞ」
高速飛行の洗礼をうけた私は、塔にたどり着いた瞬間地面が存在することに感謝した。正直二度と乗りたくない。
「さて。少し長くなるが話をしよう」
そういうと竜は脚をそろえて座った。
「思うけど、すごく器用に座るよね」
「狭い塔の上ではあまり身体をのばせないからな。だが、竜殺しに襲われることを考えるとそうそう身体を伸ばしに出歩くことはできない」
「……あなた、何年くらい生きてるのよ」
「まぁ、たったの三千年と少しだ。これでもまだまだ若い方でな」
三千年。このクリシという竜は人間の寿命の三十倍以上も生きているらしかった。
「そもそも竜の寿命は一万年ほどだ。人間にとっては途方もない悠久の時であろうがな」
想像もできない。一万年? 人間の精神じゃきっと保たない。そのくらい、竜という生き物は強いのだろう。
「さて、話を戻すぞ。まず、竜殺しというものが何かは知っているな? 」
私はこくりとうなずく。
「そうか。では、そこは省略しよう。少し長くなるが聞いてくれ。まず、身体能力に関しては言うことはない。人間の解釈通りだ。だが生命力。人間には寿命や疫病に対する抵抗力と解釈されているそうだがそれは少し違う。この世界の生命体が活動するのに必要なエネルギーは
えぇと。クリシが言うには、生命力というのは私たちが思っているような生存能力のことではなくて、魔力を収集・使用する能力のことだ、と。なんとなく不思議な気分だった。それが本当なら、私たちは普段自分の命を削って魔術を行使していることになる。
「もちろん、魔術を使った後は疲れが出るだろう? それは魔力世界から魔力を引き出して使っているからだ。ある程度魔力を一気に使って魔力欠乏になるとその分魔力の消費を抑えようとするため体の機能を一部制限するのだ」
「ちょっと待って。もし大量の魔力を使い切ってその魔力世界に入ってる魔力が消えたらどうなるの? 」
「……おそらく、死ぬだろう」
クリシは静かに言った。
「魔力世界の大きさは人によって全く違う。…… が、それを観測することはほぼ不可能だ。前例がないわけではないが、我が知っているだけでも一例だけだ」
クリシの解説は続いた。私が学園の授業やおじいちゃんの話から聞いた事とは全然違う。魔力世界なんて聞いた事なかったし、魔力世界の広さが魔術行使能力の個人差の原因だなんて。三千年の時を生きてきたこの竜の言うことだ。おそらく嘘ではないだろう。
「大体わかってもらえただろうか」
「なんとなく。でも最後に質問をしてもいい? 」
クリシは私をじっと見つめた。
「あなたでも私の能力については分からないの? 」
「……存在は知っているが、能力の内容は全く想像がつかない。何しろ君の固有属性は前例が2例しかなく、いずれも記録がほとんどないんだ。だから、君の能力については自分で探していくしかないだろうな」
固有属性。
「でもまぁ、かなり興味深い内容だったなぁ。学園で教わった内容なんかと全然違う…… なのに全然嘘に聞こえないし、むしろ正しいような気がしたよ」
クリシは首を振る。
「……確かに我は嘘は言っていないが、そう簡単に信じる癖はやめておいたほうがいい」
そういうやつは騙されやすいからな、と笑った。
「さて、遅くなってしまったな。森の入り口までは送ろう。背中に乗るといい」
そういうとクリシは背を向けて姿勢を低くした。私がなんとかよじ登り、羽のあたりに来た時だった。
「そういえば、お主の名はなんという」
名乗るのを忘れていた。
「私はルーナ。ヴェルシス王国立学園の魔術科の生徒です」
「……そうか。では、今日ここで聞いた話は絶対に話してはならない。そもそも話したところで異端者として見られるだろう。…… あと我の居場所なぞ、絶対に教えるでないぞ」
「うん。約束する」
そう返すとクリシは少し微笑んだ気がした。
「さて、しっかり掴まっておくのだ」
クリシは羽を大きく広げ、飛び上がった。
また、空を駆ける流星のようなスピードで飛んでいるのだろうか。
森の入り口近くまで着いた時にはまたふらふらとした感覚がしていた。
「ルーナよ、もし我に会うような用があるのなら、この鱗を持ってそこの岩陰にある石板の魔術文字に触れるのだ。すぐに我のもとへと転移されるだろう」
「あの、暇なときに話しに来るのはいい? 」
クリシは驚いたように目を見開いた。
「変わったやつじゃな。好きにするがいい」
クリシはどこか嬉しそうで、寂しげだった。
「じゃあ、また来るね」
またね、と手を振るとクリシは尻尾を少し上げて揺らした。
***
……翌日。
「おい」
ヴェルシス王国立学園。予想通りの人物に声を掛けられる。
「ちょっと来い」
「……ねぇルーナ、あなた衛士学科主席のアイツに目つけられるようなことしたの? 」
親友のリリィは心配そうに見つめてきた。
「ん、いやぁ、昨日おじいちゃんの家から帰る途中にあの人を森で見かけてさ。何してたかは知らないけど、念のための確認をしようとしてるんじゃないかな? 」
「それこそ怪しくない?大丈夫?消されたりしない? 」
「いやいや、さすが学園内でそんなことはしないでしょ。それにもし消されるなら昨日森で消されてるって。心配しなくていいよ。それじゃ、ちょっと行ってくるね」
そう言って私は教室を後にした。
「それで」
ヴェンデッタは人気のない空き教室に私を連れてきた。
「昨日のこと覚えてるよな? 」
私はこくりと頷いた。
「……絶対に昨日のことは話すんじゃないぞ」
予想外の言葉に驚く。
「なんだ意外か? 俺にだって誰にも話せない秘密はある。俺が竜殺しだっていうこともその一つだ」
「……じゃあ、私を殺さなかったのはなぜ? 」
私を殺せば目撃者はいなくなる。人に知られたくないならそのほうが安全なのではないか、という単純な疑問から出た言葉だった。
「莫迦か、お前。俺が殺すのは竜だ。人じゃない。大体お前を殺せば逆に怪しまれる。そんなリスクを負う意味がない」
それもそうだ。私は害のないものとして見逃されたのだろう。
「ただし。他言した場合は覚悟しておけ」
「分かった。誰にも言わないよ。…… 話は終わり? 」
「ああ。いや待て。昨日の竜の居場所は知っているだろう。教えろ」
「知らないよ。私はあの子を治療しただけだし」
「治療した? バカな。高位魔術は大量の魔力を消費するはずだろう? あの森は確かに魔力は豊富だろうが足りないはずだ。」
確かにあの森に満ちている魔力だけでは足りないだろう。だが私は魔力世界の概念を知ったため、それが私の魔力で補われのだろうと推測できた。
「不思議だよね。私もどうしてそうなったかは分からないし。奇跡が起きたとしか思えないよ」
「……まぁいい。どちらにせよあの竜には関わるな。どうなっても知らんぞ」
ヴェンデッタは踵を返すと教室から出て行った。休憩時間終了の鐘がなる。私はもやもやした気分のまま教室を出た。
***
「あの竜と関わるな、どうなっても知らん、か…… 」
授業は火炎魔術実習だった。ヴェンデッタに言われた言葉が頭にこびりついて離れず、集中を切らして爆発してしまった。火傷をし、ついでに髪を焦がしてしまったので医務室に行くことにした。
「珍しいね、ルーナちゃんが魔術失敗するなんて」
リリィが私に付き添って医務室まで来てくれた。
「ちょっと考え事してたから……ちょっと集中できなかったんだ」
実際、昨日会ったヴェンデッタの殺意は異常なほどだった。あんなに優しげな竜に対しては過剰すぎるような気がした。
「…… ナ?ルーナ?大丈夫?ぼーっとしてるけど」
「ん……ごめんごめん、何の話だっけ」
「昨日森の方角に蒼い色の流れ星みたいなのが四回流れたんだよ。森のほうにいたならルーナも見たかなって」
「四回?おじいちゃんの家に居たからかな。一回しか見てないよ」
そのうち二回は多分自分なんだろうな、とは言わずにいた。
「そっかぁ。綺麗だったのになぁ」
呑気に話す親友。
「残念だなぁ」
と誤魔化した。よく考えたら私は空を駆ける流星になっていたのだ。そう思うと、昨日の高速飛行もなんとなく許せる気がした。
「さて、私はそろそろ授業に戻らなきゃ。ルーナちゃん、無理しないでね! 」
元気に医務室を出て行くリリィを見送りながら私は考え込んでいた。
「ヴェンデッタ……あなた、クリシとどんな関係なの……? 」
竜殺しだから無差別に竜を殺す? それにしては執着しすぎな気もする。次に会ったら絶対に殺す、とまで言っていた。
今日もクリシに会いに行こうと、決めた。
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