間奏1


鷲爪アクィラ卿、いますか?」


「陛下、ここに」


 桜の君の穏やかな呼び声に答えて、どこからともなく黒の軍服を着た人物が立ち現れ、彼の前に膝をついた。


 若き皇帝とほぼ同じくらいの年恰好である。黒い短髪で、男か女かは外見からはそう簡単には判別がつかないが、よくよく見れば女性であることはわかるだろう。


 皇宮警察の軍帽の下から端正な顔立ちがのぞいていた。

「そろそろ頃合いかと思ってね」

「はい」

「卿、これを」


 彼女に手渡されたのは赤い色の錠剤。

 彼女は壊れ物でも扱うように大事そうにそれを受けとると、即座に口に含む。
「ありがとうございます」

 かけらのためらいも見せず錠剤をごくりと飲みこんだ後に彼女はそう答え、青年の前に再び頭を垂れた。

「...私の願いはてっきりお忘れになったのかと」


「まさか。紫苑の願いを僕が忘れるわけないじゃないか。少し遅くなったのは、色々事情があってね。それに関しては、許してくれるとありがたいな」

 皇帝と呼ばれる青年は、彼女に微笑みかけた。


「君がこの世界に現れた日のことを、僕は昨日のことのように覚えているよ」


 そういうと彼は細い眉をしかめ、軽くため息をつく。

「...君の話を彼女も聞くべきだと思うんだ。」


「女王様が陛下の御意志を理解してくださることを望みます」


 彼女は一瞬だけ顔をあげ、そう生真面目に応じた。

「手遅れにならないうちに世界を幸福の内に終了させる。
我が民を守るために。
僕の桜の帝都は、君たちの世界のようにロアテラの餌食にはさせない」



「...すべては陛下の御心のままに。必ずや王命を叶えてご覧に入れましょう」


 そう居住まいを正して答えた彼女に、若き皇帝は、最後にうつくしい世界をもう一度見にいくのも良いんじゃないかな、と穏やかに笑いかけた。

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