《第1章》アリアナ x フラーウム

*この章はお題表から「12/占い」「62/デート」「35/寝顔」を提示しています。


アリアナ:わたしことアリアナ・ローレンスと、パートナーのラウ……フラーウム・アルブスが聖アージェティア学園からこの霧の都に送られて来て、そこそこの時間が経過した。それぞれ仕事を見つけ、わたしの方は街の片隅に幾つも出ている揚げ物の屋台の料理を手伝ったりしつつ、最近はちょっとした特技であるカード占いをして日銭を稼いでいた。わたしの占いは意外と当たるので、いい稼ぎになりつつあった。

 そんな毎日のなかで疲れが出たのだろうか。わたしは下宿に戻ってすぐに眠くなり、転寝してしまった。それもお料理を食べる前にだ。都合上仕方なく一緒に暮らしているフラーウム(部屋は別々)には、わたしの寝顔を見られてしまったと思う。だって、キッチンの椅子で転寝していたはずなのに、わたしの部屋のベッドに寝かされていたのだもの。


フラーウム:老夫婦が運営している商店での事務仕事を終えて霧の都に滞在する間の仮宿に戻ってくると、キッチンの椅子でうたた寝しているアリアナが目に入った。頬をつついてみるも起きないので、これは本格的に寝入っていると見たほうがいいだろう。風邪を引かれても困るのでその身体をなんとか持ち上げ、アリアナの部屋のベッドに寝かせてやる。

 キッチンに戻り改めてテーブルを見ると、アリアナが作ったとおぼしき夕食が並んでいる。きょうは帰る時間が読めないから戻ったら勝手に作って食べると言っておいたのだが律儀にもふたりぶん作った様だ。

 まだそこまで腹も空いていないので、アリアナが起きてからでもいいだろう。そのまましばらく本を読み、窓際で考えをまとめていると目を覚ましたアリアナが現れた。


アリアナ:時間はそろそろ20時頃だろうか。繁華街の方から賑やかな歌声や喧騒が聞こえてくる。わたしのお腹もにぎやかに鳴り出した。身支度をして、部屋のドアを開ける。


 窓際に、ラウが立って何事か考えているようだった。テーブルの上の食事には、まだ手を付けられた形跡はない。明日辺り霧の都の探索と称して、彼をデートに誘ってみようと思う。わたしのシロツメクサの四つ葉は、彼を幸せにするだろうか。


「ラウ、私を運んでくれてありがとう。ご飯、待っててくれたの? 先に食べて良かったんだよ」

 スープを温め直しながら、わたしは彼に微笑んだ。



フラーウム: 「食べ物を前に寝るってなかなかできることじゃないな、疲れるほど動かないほうがいいぞ。あと一緒に食べたほうが洗い物も一度ですむからな、それだけの話だ」

そう返してフラーウムは椅子に座った。



アリアナ:目をしばたたかせて彼の言葉を反芻して。彼らしい気遣いの仕方だと思って頬をゆるめた。


「そうね、でもありがとう。私転寝でこんなに深く寝入ったの、こっちに来てから初めてかも。今日は早く寝るし、明日は適当なところで切り上げるね」

 スープをよそって彼を食卓に呼ぶ。

「今日は魚のフリッターと野菜たっぷりのスープだよ。パンは今温めたばっかり。さ、食べよ?」


 あまり電気製品がたくさんあるわけではないので便利家電にあまり頼れないのはちょっと辛いが仕方ない。郷に入っては、何だっけ?そんな感じ。


フラーウム: 「そうだな。風邪を引かれても困るから適度に調整してくれ」


 そう返したあとアリアナのメニュー紹介を聞いたあとふたりで手を合わせ、夕食を取る。アリアナの作る料理の味付けは控えめなので疲れているときでも割と良く食べられてしまう。自分で作るとこうはいかない。その違いはどこから来るのだろう。


アリアナ:「今日は事務仕事どうだった?事務所に色々な話を持ってくる人がいるから、情報収集もできるって言ってたよね」
 

 パンを口に運びながら尋ねてみる。

「なんか面白い話とかあった?」



フラーウム:「面白い話か……特には……いや、そういえば土曜日に公園の一角で古物販売が行われるらしい。アーセルトレイでいうフリーマーケットのようなものだろうな」


 この霧の都における文明レベルは「ヴィクトリア朝時代の英国」だった。もっともこちらでは身分による厳格な差はさほどなく(とはいえ貧富の差はやはりあるようだった)、服飾も隣の桜の都から入ってくるものがあるため、道行く人の服もそこまで華美という感じもなかった。ただし女性の主流はやはりドレスであるためか、アリアナもそれに合わせている格好だった。

「アリアナはこちらで着る服が足りないと言っていたよな。そこで見てみるのもいいんじゃないのか?」


 もしかすると、ほかにもアーセルトレイでは見られないようなものがあるかもしれない。問題は着けられる値段がどうなるか解らないくらいだ。



アリアナ:公園でフリーマーケット、服と聞いて笑顔を浮かべてしまう。


「服を買ってもいいの?わぁ、嬉しい。お財布に優しいお値段だったら買おうかな。ラウも服を見るといいかも。本も売ってるだろうし……その、一緒に行こう?」


 デートに誘うつもりでいたから、渡りに船だ。慣れない仕事で疲れている彼を連れ出すのは少し気が引けたけれど、昼の光の下に彼を連れていきたくて、何より一緒に歩きたくて、胸が高鳴る。大好きな人と一緒にいられる今、沢山のことがしたいのだ。

「お野菜とか沢山買えたら保存食にしたいし、手伝ってくれると嬉しい」



フラーウム:「保存食用か……解った、一緒に行く。ここには冷蔵庫がないからな……ただ、あまり重くならないようにはしてくれ」

 実は自分よりもアリアナのほうが筋力はあるので、女神からステラナイツになれと言われたとき表だって戦うのが自分ではないことに安心してしまったくらいだ。さすがにこちらに来てからは文明の違いという面である程度の腕力が必要とされるから、今更のように筋肉トレーニングをしていたりはするのだが。

「確か朝の11時から始まると聞いた。掘り出し物はやはり早めになくなるとも」



アリアナ:「うん、張り切って買いすぎないようにする!」

 ラウと一緒に行けるというだけで気分がこんなに高揚する。誓約生徒会のメンバーとして異世界に飛ばされてしまったけれど、彼が一緒ならいつでもどこでも頑張れる。そう思えた。


「11時ね?じゃあ10時半過ぎには行って品定めしておこう?楽しみだなぁ」

 ここの下宿には前の住人の残したものが色々揃っていたから(誓約生徒会のメンバーが借りていたらしく、細やかだった)いきなり不自由はあまりしなかったけれど、細々したものは欲しい時もある。


「お昼は屋台で買って食べようよ。わたし、おいしいお店は香りで判るし!」

 食後のお茶を淹れる。紅茶は嗜好品だけれど、カフェに行くよりは茶葉のほうが安いしラウも嫌いじゃないようなので、夕食の後などに楽しんでいる。


フラーウム:「あまりはしゃぎすぎるなよ」

 苦笑しつつアリアナに釘を刺す。気をつけていないとほんとうに軽く限界を超えていってしまう傾向があるからだ。ふたりで食器を下げて洗ったあと、アリアナが淹れた紅茶を味わう。きょうはアップルティーのようだった。



アリアナ:カップを手にした私たちの間にゆるやかな空気が流れる。それを楽しみたいけど、ずっと聞きたかったことを思い切って尋ねた。

「ねえ、ラウ。誓約生徒会のメンバーでいると、こうして異世界に飛ばされたりもするよね。……辛くない?」



フラーウム:「面倒ではあるが、辛いとまでは思わないな。まあ、物が足りないとかそういった細かい面ではそういうことも出てはくるが。本でしか読んだことのないような世界に行けるという意味では、興味のほうが大きい」

 そう返して、自分の口から出た興味という言葉に少しばかり苦笑する。


アリアナ:「ラウは本当にたくさんの本を読んでるもんね。もっと私も読もうと思ってるけど、ラウほど早く読めないな。ラウくらい知識があれば色々理解も馴染みも早いよね……いつも感心してる」



フラーウム:「まあ、読書は心に栄養を与えるようなものだからな。あせってもいいことはないから読めるときに読めばいい」


アリアナ:「ラウは心に沢山の栄養を貰ってたんだね」

小さく息を吐いた。


フラーウム:本を読んで得たものに想いを馳せることなど、昔の自分ではあり得なかった。それくらいに自分の人生はあの学園の寮という内側で完結していて、その終幕も様々な邪魔が入らなければもっと早く訪れていたはずなのだ。そんな考えをいったん振り払い、アリアナに尋ねてみる。

「そういうアリアナは辛くないのか?」



アリアナ: 「え、それは……」

 アップルティーを一口飲んでから、彼の質問にどう答えようかしばし悩む。

「びっくりしたり、怖いことも時にはあるよ。でも」

真っ直ぐに彼の瞳を見つめて。


「ラウと一緒なら。ラウと一緒だから、大丈夫。ラウがそばにいてくれれば、辛くなくて、嬉しいの」



フラーウム:こちらの問いかけに答えたアリアナがまっすぐにこちらを見据えていることに気づく。

「……そうか。なら、いい」


アリアナ:「ラウと一緒なら」は心を込めた言葉だったから、もう少しリアクションが欲しいけど、相手はラウだからこれでいい。ちゃんと伝わったと思うし。まだ「あなたが好き」だなんて言わない。困らせたくないもの。態度には……出てるけど。



フラーウム:アリアナの言葉や態度からは真っ直ぐな感情が伝わってくるのだが、それにどう返したものかと思いあぐねることが多い。結果、いつもと変わらない対応になってしまうから、それを受け止める資格がないとも感じている。いま、自分を生に繋ぎ止めているのは間違いなく彼女であるのだが。

「……土曜はいつもの時間に起きたほうがいいだろう。とりあえず今日はもう風呂に入ってさっさと寝るんだな」


 そう言ってフラーウムは立ちあがる。

「夕食と紅茶、ごちそうさま」



アリアナ:「うんわかった。ラウも夜更かししないでね……おそまつさまでした」


 この時間がずっと続けばいいと思ってしまう。同じ家に二人っきりの夜も、目覚めて最初に会う人がラウだなんてことも、さすがに学園都市に戻ったら叶わないから。戦いをひと時だけ忘れて、その幸せを堪能したくなった。右手を伸ばして、彼の服の袖をそっと掴む。


「ラウ、あのね……一緒にいるのは、ラウじゃなきゃ、いやだからね?」

 見つめた彼は常の表情のままで。少しホッとして。


「それだけ。おやすみなさい」

 ぱっと手を離して足早に扉に向かい、自室へ滑り込んだ。



フラーウム:「…………」

 どうしてアリアナはそのようなことを言えるのだろうと思いながら、彼女の後ろ姿を見送ると茶器を台所へと運んで片付ける。


 ……考えてみれば、なし崩しに一緒に住む状態になってしまったが、回りの人々にはどう映っているのだろうか。意外と兄と妹くらいにしか思われていないかもしれない。自分たちの関係を他者に問われたらどう説明するか話し合っておく必要があるなと思いつつ、先程読んでいた本をまた開いた。



アリアナ:湯浴みして、ベッドに潜り込む。さっきの言葉に動揺さえしてもらえない程度にしか思われてないのかと少しだけ悲しくなったけれど、決定的な言葉を告げたわけではないなと思い直して。


「もっとラウのこと、知りたいな。わたしのこと、知って欲しいな」

そう呟いてシーツに顔をうずめた。

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