第15話 安井の場合7
安井の気持ちが落ち着くのを待ち、石原は二人三脚、ではなく桜井を交えた三人四脚で転職活動を進めることを伝えた。
まず石原が手をつけたのは、安井に転職活動そのものの考え方を見直して欲しいということだった。具体的にはこれから応募する企業には“転職活動”ではなく、“データ分析サービスの営業活動”をする、という意識を持って欲しいと伝えた。どうしても転職活動と言うと間違った思い込みを持つ人間が多いと石原は感じていたからだ。同様に、履歴書とか、職務経歴書とかの言葉の先入観から本質を見失っている求職者が多いことも課題に感じていた。実際に安井もその一人で、石原の説明にも当初は違和感を感じずにはいられなかった。
「え、営業活動ですか?」
「そうです。少し過激な表現に思われるかもしれませんが、転職活動は言い方を変えると、企業が皆さんの時間=人生をお金で買って、自社の活動に従事してもらう行為、と言えます。」
「た、たしかに、、、」
「安井様から見ると、1回限りの、限りある人生の大切な時間を企業に売る行為、とも言えます。」
「そ、そうですね、、、」
「企業に何かを売る、これって営業活動と同じじゃないですか?」
安井は最初に言われた時にはピンとこなかったが順を追って説明されると徐々にわかってきた気がした。
「確かに、営業活動ですね。」
「ご理解頂けて何よりです。ではもう少し具体的なお話をすると、営業と一口に言っても色々とありますが、転職活動は、“新規”の“無形物”の“法人営業”です。」
「新規の無形物の法人営業、ですか。」
「はい、まず営業には新規と既存という切り分けがありますね。」
「ええ、僕は今まで新規しかやったことがないです。」
「そして法人向け、個人向けという切り分けがあります。安井様は主に個人向けのご経験でしたよね?」
「そうですね、ほぼ法人は経験がないです。」
「そして最後に有形物と無形物の違いがあります。有形物はわかりやすく物や形がある商品の場合ですね。では無形物と聞いてピンと来られますか?」
「う~ん、、、あんまりピンと来ないですね、、、」
「わかりやすい例えで言うと保険や、コンサルティングのような契約する段階で商品が目の前にないものですね。」
「なるほど。」
徐々に理解が進む様子を見て、石原は続けた。
「ちなみにこの名刺ケースがわかりやすい例えになります。もし僕がこの名刺ケースの販売員だとしたらどうやって売るかと言うと、形のある商品なので実際に商品を手に取ってもらいながら、皮の素材が良い、デザイン性が良い、高級感がある、値段はこれくらいということを訴求すればある程度は売れると思います。」
「そうですね。携帯電話も同じような感じでした。今なら最新スマホがキャンペーン中で安いですよ、とか言う感じですよね。」
「その通りです。では次に名刺ケースをオーダーメイドするサービス、を想像してみてください。オーダーメイドなので申し込む段階では商品がない無形物の販売です。商品がないので完成系を見て手に取ってもらう、ということができません。それなのに販売員の私が安井様に、うちのは品質が良いですよ、安いですよ、買ってくださいよ、と言っても絶対に売れません。」
「確かに、、、強引な感じというか、独りよがりのような気がして、どんどん気持ちが離れていく気がします。」
「そうですね。押し売りのような印象で気持ちが離れて行きます。ではオーダーメイドの場合、何をしなければならないかというと、最初になぜオーダーメイドをされたいのか、どういう用途をイメージしているのか、などのお客様のニーズを理解するところから始めなければなりません。」
うんうん、と安井は頷いたのを見て、石原は続けた。
「有形物は商品説明から入っても売れる、無形物は商品説明からでは売れない、まずはそう理解しておいてください。」
今の時代の流れとして、“モノ”より“コト”を売る時代になり、有形物でも商品説明では売りづらい世の中になっている、と石原が補足してくれたのを聞いて、安井は服を買いに行くときもぐいぐい話してこられるのが苦手で、最近はインターネットで買うようになっていることを思い出した。
「ではお話を少し戻して、転職活動は無形物の営業とお伝えしました。無形物といっているのは安井様のお人柄やご経験などの形が見えないもので評価をしてもらう、という理由からです。では無形物の営業ですが、安井様は転職活動の際には求人企業にどのようにアプローチをされてきましたか?」
「まずは履歴書と職務経歴書を提出していました。」
「そうですね、安井様だけでなく100人いたら99人はそのように活動をされています。しかも10社受けられても10社共に同じ書類を出されていませんでしたか?」
「、、、おっしゃる通りです。同じ書類を使いまわしていました。」
「それって営業活動に例えると、会社案内や商品案内のようなテンプレート化されたものを配っているのと同じことで、まさにさっき例に出した、最初に商品説明からしている販売員と同じです。繰り返しになりますが、有形物であればそれでも売れる可能性はありますが、無形物の営業の場合、最初のアプローチは“相手のニーズを理解すること”からでなければ売れません。」
安井はその説明を聞いて疑問に感じることがあった。
「でも、、、ほとんどの方がそのやり方で転職を成功されてますよね?よくサイトでも転職成功率○○%!とかうたっているのもありますよね。」
「素晴らしい質問です!」
また出た!と桜井は一人で感情を昂らせていた。
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