第16話 安井の場合8

 安井の質問で、石原は裏側テラーとしてのスイッチが入った。


「まず何をもって成功かというところはありますが、安井様は内定獲得することを成功とおっしゃっていますか?」


「えぇ、まぁ。」


「実はこれが数字のマジック、と言いますか、見せ方の妙、と言いますか、、、データ分析をされている安井様だからこそご理解頂けると思いますが、どの部分をどう切り取ってどう見せられたデータか、を知って頂くことが重要です。」


「確かに。おっしゃる通りですね。」


「転職成功率を内定獲得という軸で見れば、転職成功率はとても高くなります。でも私が思う成功は、内定を獲得することではなく、その後の人生が豊かに、幸せになることだと思っています。」


 安井は大きく頷きながら傾聴していた。石原は更に話を続けた。


「人生が豊かになる、というと曖昧な部分もありますが、例えば転職先で定年まで働く、夢を見つけて独立する、初めから3年などの期間を決めてステップアップの転職をする、など十人十色の成功イメージがあるかと思います。」


「そうですね。僕はもう転職はしたくないので、定年まで働く、というのが成功するイメージです。」


「なるほど、では安井様、定年まで働くことをゴール設定にして、実際にそれを叶えていらっしゃる方は何%くらいだと思いますか?」


「えっと、、、ぜんぜん想像もつかないですが、半分くらいの方はそうなっているんですかね、、、」


 石原は悲しげな目をしながら、実態を伝えた。


「残念ながら私の体感では10%もいないです。」


 安井はその少なさに衝撃を受けた。更に石原は、どこにも正確な統計データがなく、他のいくつかの統計データから石原なりの分析という前提を伝え、あくまで体感値の域を出ないので保険をうって10%と伝えたが、シビアな数字で見ると1%もいないかもしれない、と付け加えた。


「それが現状なんですね、、、」


「残念ながら、、、」


 そう話す石原は悲しみと憎しみの表情を浮かべたが、安井も桜井もそれに気づかないほどの一瞬の表情だった。石原はすぐさまいつもの優しい表情に戻り続けた。


「お話を戻してせっかくなので、どうして同じ履歴書と職務経歴書を使いまわしている場合でも、ある種の成功として、内定を獲得できるか、というお話もさせて頂きましょうか?」


「えぇ、ぜひお願いします。」


「わかりました。使いまわしパターン、いわゆる会社案内のような書類でも内定獲得が出来ているケースは概ね3ケースです。1つ目は学歴、職歴がわかりやすく良いケース、例えば国立大学を出て3年大手企業で働き初めての転職、などのケースです。」


「わかりやすく良い、ですか。」


 安井は自身の中退という学歴が頭に浮かび、わかりやすく目に影がさした。その様子を見て石原はフォローをするように続けた。


「そうですね、大手企業を中心とした転職市場、あくまで一部の市場では、未だに学歴や転職回数が重視されている、と捉えてください。」


 石原はあまりフォローになっていないな、と手応えを感じられなかったので、逆に学歴が悪い方が良い評価する会社もある、という側面も伝えたが、安井の気持ちを沈ませたままになったことに反省をしながら続けた。


「このパターンでは、書類の質が多少悪くても、書類選考が通過するケースが多いです。」


「そうなんですね、でも不思議ですね、どうして質が悪くても通過できちゃうんですか?」


「とても素晴らしいご質問です。それは大前提として多くの採用担当者の方は応募書類の全てに目を通していないからです。」


「えっ!そうなんですか!?」


 安井はてっきり自分の書類は全て見てもらえているものだと思っていたので、さらっと衝撃の事実を知ることになった。


「そうです。先ほども少し触れた採用担当者の目線をもう一度想像して頂きたいのですが。」


 そう言うと石原は安井の気持ちが追い付くのを待ち、少し間を開けて話を続けた。


「採用担当者の方々はとてもお忙しい方が多いです。新卒と中途、どちらも兼任されるケースや、他の人事総務業務との兼任されるケースも多いです。稀に中途採用だけに専任されるケースがありますが、その場合も専任せざるを得ないほどの膨大な業務量がある、というのが実態です。」


 安井はあまり採用担当者の人の仕事を想像したことがなかったが、言われてみると確かにそうだなと思えた。


「基本的にお忙しい、という前提はご理解いただけたと思いますが、その上にご応募書類というのは膨大な量が届きます。そのすべてに目を通すことは現実的には難しいです。その結果、担当者の方も効率的に仕事を処理するためにすることが、先ほどお伝えした学歴や年齢、性別などの部分での足切りです。」


「なるほど。」


「その足切りの反対の基準で、書類選考を通過させる基準として、学歴や職歴が存在するケースがあります。だいたいのケースが履歴書だけで判断をして、職務経歴書については余程ひどいものでなければ、書類選考を通過させてしまう、というか通過させる前提で書類に目を通してしまいます。」


 安井は理解した。石原はなぜそうなるか、まで教えてくれるのがありがたいと感じた。

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