第14話 安井の場合6

 安井は意を決し、話をすることにした。


「石原さん、実は僕、趣味があるんです!誰にも言えなかったんですが、、、」


 正確には一度だけ友人に話したことがあるが全否定をされた経験から誰にも言えなくなっていた趣味だ。そんな安井の経験を見透かすように石原は答えた。


「そうですよね、趣味を人に話すのは恥ずかしさもありますし、否定されるのも怖いですよね。」


「はい、、、でも石原さんなら、、、話せると思って、、、」


「ありがとうございます。」


 石原は優しく微笑みながら答えた。


「実は、、、僕、、、プロ野球の、、、データ分析が好きなんです。」


「、、、えっ?」


 桜井は思わず変なリアクションをしてしまった。あれだけもったいぶって話していたので、あんなことやこんなことや、どんなイケない趣味が出てくるのかと思っていたら、全然変な趣味じゃなかったからだ。桜井のリアクションを見て安井は続けた。


「やっぱり変ですよね、、、」


「い、いや、全く変じゃないです。むしろどんな変な趣味のお話かと思っていたら、すごく普通な趣味だったんで、、、」


 その様子を見た石原はすかさずフォローをするように、そして全てを察した様子で話し始めた。


「何が普通で、何が変か、それぞれの価値観で正解が変わりますよね。僕も安井様の趣味はとても素敵な趣味、言葉を選ばすに言うとめちゃくちゃ面白そうな趣味だなと感じました。でも安井様はそう感じていらっしゃらない、、、きっと、これまでによっぽどその趣味のお話で嫌な思いをされたんですね、、、」


「そうなんです、、、この趣味のせいでイジメられたことがあって、、、」


 安井の苦悶の表情を見て取った石原は、無理に続けなくても、と伝えたが安井は堰を切ったように話し始めた。


「僕は他のことはそれほどのめり込まないタイプなんですが、こと野球のデータ分析についてはどんどんのめり込んでしまって、小学校時代に夏休みの自由研究で取り組んだデータ分析のノートを仲の良かった友人に見せたんです。ノート3冊分、びっしり手書きで、定規もきっちり使ったマトリクス表で埋め尽くされたものでした。それを見た友人は一言、気持ちわるっ、と言い同級生に言いふらしたのです。影響力のある同級生だったので、周囲もすぐに同調して変に思われるって思いました。その後慌てて自由研究も違うテーマで作り直したんですが、時すでに遅しで、、、2学期からはいじめの対象になるようになりました、、、」


 安井は一気に話終え、落ち着かせるようにコーヒーを口に運んだ。石原はあらためて洋菓子をすすめてきたので、今度は洋菓子を口いっぱいに頬張った。少し落ち着いた様子を見て石原は続けた。


「なるほど、そんなことがあったんですね。私から見ると小学生でそれほどのデータ分析ができる方は、表彰されるほど素晴らしいことだと思いますが、、、人生のご縁のイタズラですかね。」


「はい、、、誰にも言えなくはなったものの、今でも実はデータ分析を趣味でやってるんです。」


そう言うと安井はスマホをポケットから取り出し、直近でやっているデータ分析の資料を見せてくれた。そこには野球だけでなく、サッカーやバスケなど、在阪のメジャースポーツチームのデータが網羅された資料があった。それを見た石原は確信をもって安井に聞いた。


「安井様、データ分析をお仕事にされたい、とは思いませんか?それもプロスポーツチームで。」


 安井は想いもがけない質問に戸惑ったものの、石原の確信めいた表情を見て、それまで心の中にとどめていた感情があふれ出すように答えていた。


「やりたいです、、、」


 安井の目から涙があふれ続けていた。

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