第13話 安井の場合5

桜井の心の盛り上がりを知ってか知らず、石原は話を続けた。


「まずは転職の裏側、本当の仕組みを知ってもらうことから始めさせてもらったのですが、ここまででご質問はございませんか?」


「ええ、今のところ大丈夫です。」


「ではまず今後のご転職活動ですが、求人サイトや転職エージェントを利用されるのは辞めましょう。こんなことを言うのは転職エージェントの端くれとしては変に思われるかもしれませんが。」


 と自虐的に笑いながら石原は続けた。


「ちなみに他の方法と言われて安井様が思いつかれるものはありますか?」


「そうですね、、、ハローワークとか、ですかね?」


「そうですね、じゃハローワークも使うのは辞めましょう。」


「えっ、じゃあどうやって求人を調べれば良いんですか?」


 安井は戸惑いを隠せなかった。ハローワークや求人サイト以外の方法など考えたこともなかったからだ。


「ご自身で直接、行きたい会社のホームページなどから応募手続きをするようにしてください。」


「えっ、、、でもこちらが行きたいって思っても、募集していない会社の場合はどうするんですか?」


「安井さん、人を募集していない会社なんてないんですよ。」


「えっ?」


 安井は常識が何なのかわからなくなるほど、非常識な話が続いて戸惑い続けてしまっている。


「僕の経験上、数か月先に倒産しそうなほど業績が悪い会社でも、人を募集していますよ。だってその倒産の危機を乗り越えられる人財は欲しいですよね。どんな時だって優秀な人は欲しい、それが経営者の本音です。」


「で、でも僕は優秀じゃないですし、、、」


「安井さん、誤解しないでください。優秀じゃない人なんていないんです。必要とされない人なんていないんです。大切なのは環境選びで、安井さんの個性や価値観がぴったり合う環境さえ選んでもらえれば良いんです。転職活動をその環境探し、と捉えてください。」


「自分に合う環境探し、ですか、、、」


 安井は目からうろこが落ちすぎてなくなりそうに感じた。


「そうです、400万社もあれば絶対に安井様に合う環境があります。安井様の個性が思う存分承認されて、力が発揮できて、会社にも貢献できる、そういう環境です。」


「それって本当に見つかるんですかね、、、だって400万社も企業のことを調べられないですよね。」


「おっしゃる通りです。400万社も調べられないです。だからまずは400万社をどんどんふるいにかけて、数を絞り込んでいきましょう!」


「わかりました、、、」


「ふるいにかける方法として理想的なのは、安井様が好きなこと、を軸に考えることなのですが、何かこれまでの人生で趣味や、ハマっていること、興味を持ち続けていることはありますか?」


 安井は1つだけ、パッと頭に浮かんだ趣味があった。小学生から今でもずっと続けている趣味だ。だがそれを伝えるのは気が引けたので、曖昧な答え方をしてしまった。


「い、いや、、、たいした趣味とかはないですね、、、」


「たいしたことではなくても良いのですが、、、」


 石原はそう言いながら何かを察したように話をつづけた。


「では次のステップとして、ご自身のことを知って頂く、というステップに入りましょう。」


「それって、、、自己分析ってやつですよね、、、実は僕、学生時代から自己分析がめちゃくちゃ苦手で、、、。」


 石原は待ってましたとばかりに、金城に話したのと同じ話を安井に伝えた。安井のリアクションも金城と同じく驚きと、気づけなかった自分への叱責の念でいっぱいだった。


「、、、それって、本当ですか。衝撃的すぎる事実です。考えたらわかることなのにどうして、、、」


「これは安井様のせいではなく、日本の教育の仕組み側の問題なので気にしないでくださいね。」


 と石原にとってはいつも通りの言葉でフォローをした。安井はフォローを受け止めながらも、その次の話が気になっていった。


「じゃ、どうすればいいんですか!?石原さんは自分を知るステップに入る、っておっしゃってましたよね。」


「そうですね、ご自身を知って頂くことはとても大切です。でもそれはご自身の性格の中に問うても答えはでないものなんです。内側、内側、ではなく、外側、外側に目を向けてみてください。」


「内側、ではなく外側、ですか。」


「そうです、これも人間の脳の仕組みの問題です。やり方さえ間違えなければ、自分を知ることは何よりの武器になりますよ。」


 安井は石原という人間を完全に信頼しきっていた。その知識量はもちろんだが、人として何でも受け止めてくれる器の大きさが今まで出会った人間の中で類をみないほどだった。さっきは言えなかった趣味の話も石原になら笑われずに受け止めてもらえるかもしれない、と考えるようになった。

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