がうんがうんがうんがうんがうんがうんがうんがうん
「俺のバイト先、お前と会った翌日に行ってみたんだ……たった一晩ですっかりコインランドリーへと変わっちまってた」
「そりゃあ……そういうこともあるんじゃないの……」
「その後、お前が巡ったように俺もコンビニの記憶を頼りにあちこち行ってみたさ、するとどうだ、すべての店の跡地がコインランドリーになってるじゃないか」
「……そりゃあ」
「それだけじゃない! 食料を買おうと町をさまよったが、どこにもスーパーもコンビニもない! 全部コインランドリーへと変わっちまってるんだ! 異常な光景だよ、歩いていて気が付かなかったのか。三十メートル間隔で視界のどこかにコインランドリーが建ってるんだぞ」
アイザワはしばらく何も返さなかった。
スルメを噛んで、酒で呑み込み、瞳をぐるりと回す。
それを何度か繰り返し、ようやく私の言葉の本意に至ったようで怪訝さをわずかに顔に表した。
「コインランドリ……しかし……増えて……そりゃあ、つまり……店が……そりゃあ……」
アイザワの言葉はなかなか形にならないようで行きつ戻りつを繰り返し、しかしなんとかまとまった文章が改めて出来上がったようだった。
「コインランドリーが増えてるってことは……」
「ああ」
「つまり、この町の、コンビニだのスーパーだのが次々に潰れてコインランドリーへと変貌していき……」
「そうだ」
「つまりそれは……」
「うん」
「それは……どういうことなんだ」
「それが……俺にもわからないんだ」
ともあれ、同志はできた。それだけは心強かった。
私たち二人はアパートから出て町へと繰り出した。晴天の下だったが、さながら奇怪な密林へ足を踏み入れるような心持ちだった。
「この路地、大通りへと向かう途中に米屋があったんだ」
「そんなのあったっけ」
「あったんだよ、開いてるんだか閉まってるんだかわからない、くすんだ看板の。しかしそれも、もう」
少しオシャレにレンガ調の外装のコインランドリーがそこにはあった。
がうんがうんと中からは機械が駆動する音が聞こえる。
「出来たばかりだね」
「俺の記憶では一昨日はここにコインランドリーはなかった」
「まさか」
「本当だ。もしここにあったならコンビニの跡地ではなくてここに洗濯物を出してたはずだろう」
「それもそうだ」
大通りへと出る。
最早見慣れてしまった「元」最寄りのコンビニが今日もがうんがうんと駆動を続けているのを傍目に進んでいく。
またすぐにコインランドリーが現れる。
「ここは、たしか蕎麦屋だった」
歩いて十歩もしないうちに、道を挟んだ反対側に青い外壁にポップな書体の看板で彩られたコインランドリーが見えて来る。
「あれは……整骨院だったか」
視界から「元」整骨院が消えると道のこちら側にコインランドリー、今度は二店舗並んでいるところが不自然さを際立たせていた。
「コンビニと……たしか学習塾だったかな」
「……それぞれ違う店舗なんだね」
「そう、一つの会社がこの町にコインランドリーを増やそうと画策しているわけじゃない。いくつもの会社、いくつもの系列で、各々がコインランドリーを出店させていっているみたいなんだ」
「なんのために」
「わからん、だけど……」
私は手元のスマートフォンから地図のアプリを開きアイザワに見せる。
「これが、今のこの町の現状だ」
検索欄に「コインランドリー」と打ち込んだ。画面上に、この付近のコインランドリーが赤いピンとなって表示される。
こりゃあ……、とアイザワが呻いた。
画面上に所狭しと刺された赤いピンの群れ。十や二十ではきかない。他の建物がよく見えなくなるほどの密集。
「なぜかはわからないが、この町には凄まじい勢いでコインランドリーが増えていっている……それだけは間違いない」
私たちはその一つ一つのピンを確かめるように町を巡った。
なぜそうしたのか。
こんな事態は起きるわけがないのだと思いたかったのかもしれない。
もしくはこの町にコインランドリーが増えているということを納得できるような、異常な事態ではないのだと確認できるような、何か正当な理由を見つけたかったのかもしれない。
しかし結果は裏腹に、巡れば巡るほど、調べれば調べるほど、この町に異常な速度で過剰な数のコインランドリーが増えていきつつあることを確認するだけだった。
スーパー、コンビニ、美容院……パン屋、不動産会社……靴屋、塾、定食屋、リサイクルショップ……喫茶店、呉服屋……。
あらゆる店、それも普段目にしても意識しないような何気ない建物であればあるほど、真新しいコインランドリーへと変貌を遂げている。
そして、ともするとそれを見落としそうになっていることに気が付き私はゾッとした。
ちょっと注意せず歩いていると、コインランドリーが増えているということを忘れそうになってしまうのだ。
ああ、そういえば、あそこに何かあったな……でも、コインランドリーになったんだ……前はなんの店だったっけ、ちょっと思い出せないや……。
ごく自然に思考の流れがそう向かっていく。
アイザワと歩いているのでなければ、おそらくそのまま散歩にでも出たつもりになって部屋に戻っていたかもしれない。
何かが、この町にコインランドリーを増やそうとしている何かが私に思考をさせないようにしているとしか思えなかった。
「あれ、ちょっと、これ」
またも私はアイザワの存在によって引き戻された。
もう少しで、へえ布団も丸洗い出来て乾燥までできるのか、便利だな……と傍らのコインランドリーに疑問を持たず通り過ぎそうになっていた。
アイザワはスマートフォンの中の地図アプリを見つつ、私の少し後方を歩いていた。
慌てて戻り、彼の白く長い指が画面に静かに触れているところを覗き込んだ。
「な、なんだ、どうした」
「これ、ちょっと」
拡大。地図上に一つのピンがピックアップされた。
「このピン、いま増えた」
「いま?」
「ああ、いま画面を見ていたら急にこのコインランドリーのピンが出現した」
「まさか、そんな」
我々は顔を見合せはしたが、すでにお互いが考えていることはわかっていた。
ピンの場所はここからすぐの路地だ。自然と足はそちらへ進んだ。
一分もかからなかった。
そこには以前からこの町に馴染んで存在していたかのように一軒のコインランドリーが何気なく戸口を開けていて、中からは昔からの常連が使っているかのようにいくつもの洗濯機が回転する音が聞こえて来ていた。
普通に考えればそれは地図アプリの異常であるはずだった。
何らかの理由で表示が遅れたコインランドリーがあった、それだけだ。
しかし私もアイザワもそうではないということを確信していた。
このコインランドリーはたった今現れたのだ。
「まさか、これほどまでとは……」
「うん。でも輪をかけて恐ろしいのは」
アイザワは店内を指差す。
がうんがうんという回転。
私も同じことを考えていた。
「たった今できたにもかかわらず、誰かが洗濯をしているってことだよ」
今までのどのコインランドリーでもそうだった。
小型、大型、布団用、おしゃれ着洗いも可、乾燥機付き、ガス式乾燥、洗剤販売機の有無、畳み台の有無、トイレの有無、雑誌は置いてあるか、座れる場所はあるか、広さ、奥行き、清潔感……。
それぞれのコインランドリーの様子は店舗によって異なり、系列の会社も違う。
しかし共通していたのは、その中では常に洗濯機や乾燥機が使われている最中だったということだ。
今は、たしか平日の、おそらく昼下がりだ、
外は晴れている。
コインランドリーを無理に使わなければいけない理由はどこにもないはずなのに、誰かが必ずそこを利用している。
がうんがうんという駆動音はコインランドリーの鼓動そのものであるかのように、その音が聞こえてこない店舗はなかった。
「何が起きているんだ、この町に」
「いやあ、これは、この町だけの話じゃないのかもしれないな」
「……どういうことだ」
「君が僕の家や職場の閉鎖を気にした通り、この町の外でもコインランドリーは増殖し続けているんじゃないかな」
「なぜ、そんなことが」
「わからない、でも、だとすると君のアパートに戻った方がよさそうだ」
アイザワに言われて初めてその可能性に思い至り、私は咄嗟に走り出していた。
この速度でコインランドリーが増え続けているのなら……。
今この町に起きていることとアイザワの体験したことに繋がりがあるなら……。
果たして、私のアパートはそこには無かった。
二階建て、築三十五年、鉄骨造、色褪せたクリーム色の外壁と緑の塗装が所々剥げている階段の手すりは消え失せていた。
そこには広めのコインランドリーが鎮座してがうんがうんと駆動しているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます