がうんがうんがうんがうんがうんがうん
半ば予感はしていたように思う。
しかしそれに伴う覚悟までは上手くできていなかった。
居酒屋はなくなっていた。
大通りから一本支道に入ったところにこじんまりとある建物だ。
二階建ての二階部分は座敷になっていて、一階は五つの卓と八席のカウンター、キッチン。
最寄駅からそう遠くないということもあり、目立たない路地にあるにしては人が入る居酒屋だった。
もう四年もそこでアルバイトをしていた。
夕方から深夜まで。客がいれば明け方まで続けることもあった。楽でもなく苦でもない、ほどよい適当さと最低限の丁寧さを求められる、勝手知ったる職場だった。
戸口には張り紙すら貼られていなかった。
なぜ、どうして潰れたのかまったくわからない。
少なくとも経営が苦しいということはないはずだった。土地と建物はオーナー兼店長が親から譲り受けたものでタダなのだ、そこそこの客も入る。従業員だって足りていた。食中毒でも出たか、店長が倒れたか……様々な想像が巡るがどう推理したところでその建物に最早居酒屋の気配は一切なく、看板はおろか店外の装飾の類もすべて外されていた。
中はどうなっているのだろう、気になったが戸は固く閉ざされていた。
「こういう場合は……どう言うんだろうね」
アイザワが店と隣の建物の隙間を覗き込みながら呟いていた。
「君が無断欠勤したところ、向こうも無断閉店していた。どちらに非があると言えるのか。どちらも非があるんだけども、果たして訴えたりしたら賃金についてはどうなるんだろうね。なんだか、泥棒の家に強盗が入った、みたいな……いや例えが悪いか。あー、カンニングで挑んだ試験に不正採点で落とされる……違うなあ。フライングした短距離走で相手はドーピングしていた、あ近いかも。脱税した金を国税局へ賄賂で送る……離れたか。冷えたうどんツユに茹でたての中華麺……なんのこっちゃだな。」
何事かを意味なく呟き続けるアイザワをともなって、私はとぼとぼと帰路につくしかなかった。
途中、コインランドリーへ寄ると洗濯は終わっていた。
しかしがうんがうんという回転音は他のすべての機械から鳴り続けていて、気がおかしくなりそうなその音から逃げるように、私は洗濯が終わった衣類だけをひっつかみそこを飛び出した。
なんだか自分は世界から置いてけぼりにされた気がしていた。
アイザワは部屋へ戻ってからの自分を案じて、どこからか求人情報誌まで見つけて置いていってくれたが、不安なような心細いような気持ちは相変わらず消えることはなかった。
彼が帰ってからもそれは続き、私は明りもつけずに暗い部屋の中から暗い外を眺め続けた。
何かがおかしい。
何かがおかしいが何がおかしいかはわからない。
考えようとしても思考はがうんがうんと円の軌跡を描いて回転するだけですぐにあの居並ぶ洗濯機に呑み込まれ、大きな何かを動かす歯車となって駆動する……そんな妄想へと続いてしまい、自分の目の前の考え事はうまくまとまりきらなかった。
ふて寝を決め込んでいくらか気力が戻った翌朝、私は改めて町内を散策してみた。
世界が違ってしまったというのならば、どう違ってしまったのか確かめようと思ったのだ。
まず真っ先に向かったかつての私のアルバイト先は、昨日見た光景とはまた変わっていた。
一晩でそうなったとはにわかに信じられない変貌だった。
そこには新しいコインランドリーが真っ白に輝いていた。
がうんがうんと何台もの洗濯機が駆動する音が、その内部から漂ってくるのだった。
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