がうんがうんがうんがうん

「君の言った場所にはもうコンビニがなかったんだよ」


「なかった?」

「潰れてたよ、コインランドリーになっていた」

「……その近くにもコンビニがあるだろう」

「僕もなんとなくそんな地理は覚えていたから、辺りを見たけれど、やっぱりそのコンビニも潰れていたんだ。仕方なく、うろうろとその辺りを歩いたけれど、コンビニは見当たらない」

「そんなバカな、この辺りはコンビニ激戦区なんだ。各店最低でも二店舗は出して愚かにも同系列店でお互いのシェアを食いつぶし合っていて……」

「フランチャイズと本社との戦いだろう。そんな風な記憶は僕にもあったよ、でも改めて探してみると、君の家で飲み会をする時なんかに見かけていたはずのコンビニの影はことごとく消えていた。あるモノは空き店舗、あるモノはコインランドリーへと変わり、忽然と姿を消しているんだ」

「この短期間でか? ……あれほどコンビニがあったのに?」

「だねえ、ひと月かそこらでこんなに潰れていくだなんて、不景気ここに極まれりといったところだけど、ともかく方々探し回ってもコンビニもスーパーも見つからず、ジジイが暇そうに店番している金物屋だけが見つかったんで、ひとまずやかんを買って戻ってきたってわけだ。まあ、それで、それより何よりだね……」


 アイザワは眉をしかめて私を指し示す。


「君、臭いなあ」

「なんだよ唐突に」

「部屋に入って来た時はそれほどでもなかった気がしたけど、飯を食って生気が出たからかなあ。途端に匂いが強くなった。臭いよ、服も体も洗いなよ」


 脇や腕、股座を匂ってみる。


 言われてみるとそんなような気もしてきた。


 もう何日服を着替えていないのか風呂に入っていないのか、それすらもわからなくなっていた。

 アイザワに促されシャワーを浴びながら、温められて段々とはっきりしてきた頭で私は様々なことを考えていた。


 私はいったいどれぐらいの間こんな風に臥せっていたのだろう。


 先ほどの表通りの違和感と言い、コンビニが潰れまくっていたことと言い、相当なあいだ引き篭もっていたのではないだろうか……。


 アルバイト、と思いついたときはお湯の流れの中で咄嗟に叫んでしまったほどだった。

 臥せっている間バイト先にまったく連絡を入れていなかった。

 シャワーから出るとろくに体も拭かずに自分のスマートフォンに飛びついた、が充電がされていないままでうんともすんとも言わない。道理で引き篭もっていても誰からも連絡が無かったわけだ。

 仕方なくアイザワのものを借りた。


 バイト先の居酒屋への電話は、つながることはなかった。

 夕方、そろそろ店が開いても良い頃だ。誰もいないということはなさそうだが。

 私は首をかしげる。

 忙しいんだろうか。なんとなく薄気味悪かった。アパートの前の路地に降りた時と同じ心持ちだった。


「話せたかい」

「いや……出ない」

「店の誰かの連絡先は知らないの」

「知らない。特に店のやつらとは交流を深めようとはしなかったからな」

「それは……店のやつらの方が君と交流を深めようとしてなかったんじゃないの」

「どっちも同じだ」


 違和感が、胸の辺りで塊となって居座っている。臥せっていたせいなのか、それとももっと前からこうだったのか、よくわからない。

 違和感の正体を確かめに行きたかったが、一人では心細かった。


「……ちょっと、一緒について来てくれるか」

「どこへ」

「バイト先へ」

「保護者じゃないんだけどなあ」

「なんだか薄気味悪くて……」

「君、まだ病が治ってないんじゃないかな」


 減らず口を叩きながらも私が外へ出る準備をし始めるとアイザワは渋々ついて来てくれる素振りを見せる。


 ふと、彼がこんなにも従順なことにも違和感を覚えた。


 そもそも見舞いに来るような柄でもない。差入れまでして足しげく通ってくれているのも不自然な気がした。


 彼らしくない。


「ああ、じゃあついでにこれも持っていけば」

「……なんだ」

「洗濯物だよ」

「洗濯物は洗濯機で洗えばいい」

「それがこれ、壊れてるみたいで。さっき君がシャワーに入っている間に片付けておいてやろうと思ったんだけど、うんともすんとも言わないんだ」


 どれ、といじってみたが、アイザワの言う通りだった。

 去年買い替えたばかりのはずだが、保証はまだ効いただろうか。いや、保証書も捨てたはずだ。後悔しても遅かった。


「これはあれだね、リコール騒ぎがあったメーカーのだろう」

「そうなのか」

「どっかの部品に致命的な欠陥があって動作不良が起こるってやつ。同じメーカーの何種類かの製品で見つかって無料引き換えの対象にもなってるはずだよ。ちょと前からずっとニュースでやってるぜ、見てないの」

「……見てるわけないだろう」


 ああそうか、とアイザワは手を打って笑い、私は粛々と洗濯物をビニール袋に突っ込み、その上に洗剤のボトルを重しにしてアパートを出た。


 やはりアイザワにしては気が利きすぎている気がしていた。


 不自然だった。


 しかしただでさえ心細い状況でそのことを追求するのも怖く、私はむっつりと押し黙ったままアイザワと連れ立って私のバイト先である居酒屋へと向かった。


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