がうんがうん
億劫。
そう億劫だ。
自分が物を捨てたのは、億劫だったからなのだと悟ったのは部屋がすっかり真っ暗になってからだった。
おそらくは深夜のはずだったが、正確な時間はわからない。時計も捨てたのだ。カーテンも捨てて、ただ夜の暗闇の隙間から遠くどこかの街灯が差し込むにまかせた室内は空き家のようだった。
そこに残されたモノは、私の所有物などではなく誰かが捨てていったモノのようだった。
モノを持つ、ということは、モノを持たされる、ということだ。
私が色褪せたポスターを所有するとき、色褪せたポスターは自身を私に所有させているのだ。ポスターが貼られているのか巻かれているのか破れているのか直されているのか、その在り方は私に委ねられている。
言葉にこそしないものの無意識に感じ取っていたその関係性、それこそが億劫の源だった。
ポスターだけではない。
長らく聴いていないCDや買っただけで封も開けていないDVD、サイズが変わったがいつかまた着れると思って取っておいた服、洗ってやらなきゃと思って放置しているカバン、置き場所の定まらないデスク、閉まっているのか開いているのかいつも中途半端なカーテン……やつらは、すべてがすべて私の所有物であり、そして私はやつらすべての所有者だった。そのすべてから私は所有させられていたのだ。
そのことを無意識に感じ続け、ついにはその重責に耐え切れなくなり、私は発病した。
一つモノを捨てるごとに、その一つ分私は自由に、身軽になり、一つの関係性から解き放たれていった。
それは得も言われぬ快楽だった。
一度それを覚えてしまうともう止まらなかった。手に取って不要と思うものを次々に捨てていった。
私は解放感に酔い痴れた。
モノを捨てれば捨てるほど、解き放たれ自由になっていったのだ。
そして、ほぼ何も無くなって今、気が付いた。
では、私とは何か?
私とは、まだ読んでいない本を書店で見つけて買おうと思った好奇心ではなかったか?
すでにCDで持っている曲をレコードで聴いてみたいと思ったこだわりが私ではなかったか?
汚れたモノを洗わなければと思いながら放置している怠惰さこそが私ではないだろうか。
マンネリの生活を打破しようと様々な健康器具を揃える無駄な向上心こそが私だろう。
すべての関係性から解き放たれ、自由になる。
なるほど聞こえはいいが、人間がすべての関係性から解き放たれ、何も持たずに裸で生きていくなら、それは動物と何が違うのか。
私を形成していた所有物たちを捨てるということは、私自身を捨てていくことと同義だったのだ。
ほとんどモノがなくなり、丸裸に近い一人となった今、私はつくづくそれを思い知った。
この部屋がこんなにもがらんとしているのも、私がこんなにも臥せって何をする気も起きないのも、私自身がここから無くなろうとしているからだ。
これはいけない、と暗闇のなか私は目を開く。
体に残されたわずかな力を総動員してなんとか起き上がろうと努めた。
並大抵の労力ではなかった。
はじめの内、私の体はそこでそうあることが当然だという様に布団の上でへばりついたままだった。
私の脳裏を今まで捨てた物たちが次々によぎった。
レコード、書籍、CD、服、靴、中華鍋、ポット、カーテン、ベッド、ゴミ箱……。
やつらから力を得ようとした。
今頃どこかのゴミ山で、焼却炉で、リサイクルショップで眠るやつらの力を感じようとした。それは即ちかつての私が何であったかを思い出すということだ。
じわじわと、私の体に気力が戻って来る。
しかしまだ足りない。
辛うじて布団から浮いた肩甲骨に集中しながらさらに多くのモノたちを思い出した……。
ノートパソコン、食器、バランスボール、カラーボックス、圧力鍋、登山リュック、コート、ヘルメット、ギター、VRゴーグル……。
そこでやっと、私の体は45度の角度で布団から起き上がり、そのまま勢いに任せて私は重力を振り切った。
まだ手をこまねく布団から逃れるように脇に置かれていたゲーム機に飛びついた。
まだまだ私はがらんどうだった。もっと、もっとモノを、私の中に私を増やさなくてはならなかった。私を形成する必要があった。
流れるような動きでゲームを起動する。
間抜けな音楽が私を迎え入れる。
空が白み、次の日が動きだし、そしてその日が暮れるまで、私はそのままゲームをやり通した。
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