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↑↓


気付けば、ごえ様の前に立っていました。


某の主張などお構い無しに、突然現れた彼女が某諸共滅ぼすつもりで巨大な十字架を薙ぎます。

彼女の行いは正しいのでしょう。

某は、今まで悪行と知っていながら、ごえ様に従って来ました。

凡ゆる者達を騙して村に招き入れ、思想も自由も奪い、閉じ込めて来ました。

これも、全て報い。

瓏殿が来て。

太陽の匂いや暖かさを感じられて。

外に出られるという希望を抱けて。

そんな、ひと時だけでも夢のような世界が見られて、満足です。

——全てがゆっくりと進む感覚。

この結末すら受け入れ、目蓋を閉じます。


ゴンッッ!!


……鈍い衝突音。

風圧も凄まじく、髪は乱れ体も仰反るほど揺れて……、……あ、れ?

痛みが、無い?

感じる間も無く吹き飛ばされたのでしょうか?

恐る恐る、目蓋を開きます。


「……瓏、殿?」


彼の背中が、目の前にありました。

その後ろ姿は、華奢なのに頼り甲斐があって、サラリとした銀髪もシルクのように美しくって。

眩し過ぎる存在感は、目が見えぬ時の某にも太陽という概念を暴力的に理解させて。

そんな彼が、片足で、『十字架を受け止めて』いました。


「——クノミ」


ゾクリ

鳥肌が立つほどに、冷たい声。

今の彼の表情はこちらからは覗けませんが、声と同じ程に冷たいソレでしょう。

……けれど。

それとは真逆に、某の体はドキドキと熱くなって来ていて。


「君が『あの場所』で『あの人に』学んだ事は、人を傷付ける作法だったのかい?」


カタカタカタ

空気も怯えているのか、本殿が小刻みに揺れるほどの威圧感。

そんな、怒りとしか捉えられない瓏殿の圧力を、向けられていた彼女は、


「そうですよ! 自身を守り大事なモノを守る作法です! 私のしている事は全て許されます!」

「ああ、そうだったね」


瓏殿は頷き、すぐに空気が緩みます。

思っていた展開と違いました。


「けど、実際君は現状を勘違いしてるよ。僕は洗脳なんてされてない。僕を洗脳出来る相手なんて限られてるだろ?」

「それもそうですね! ウッカリしてました!」

「もう同じ様な場面に遭遇してもこんな事はしないね?」

「いえ! 確実にする自信があります!」

「だろなぁ」


瓏殿は肩を竦めます。


……慣れた様な二人の気さくな遣り取りに、いつしか某は、羨望を覚えていました。


「終わったぁ?」

「むっ、なんだいゴエティアさん、その文頭に『茶番は』って言いたげな顔は」

「お仲間のその子の暴走をはなから止めなかった時点で、そう思われても仕方ないわよねぇ」

「興奮したクノミに説得は無駄だからねぇ。まぁそれはそれとして……」


瓏殿は某に向き直り、


「神代ちゃん、この子がさっき言った『仲良くして欲しい知り合い』のクノミだよ」

「「えっっ??」」


唐突な瓏殿の紹介に、お相手方共々思わず顔を見合わせます。

……改めて見ても、綺麗な方です

クノミ殿は、自身を瓏殿の助手と申していました。

一緒に暮らしている、とも。

今までの態度を見るに……やはり、『そういった関係』なのでしょうか?


「よくもまぁ、今しがた命の遣り取りをした者同士をくっつけようと思うわねぇ」

「逆だよゴエティアさん。そんな一瞬ながらも濃密な時間を過ごした二人が仲良くならない筈ないだろ? 喧嘩した後の不良みたいなもんだよ。うーん、なんて完璧なシナリオを描くんだ僕は」

「(ふんっ)」

「むっ、なんだい狐ちゃん、その『自分で放火して自分で鎮火したような巫山戯たマッチポンプ展開ですわね』みたいな顔は?」

「えっと、この彼女と仲良く、ですか? 瓏さんがそうしろと言うのなら、私は構いませんよ」


クノミ殿は、某を見ていません。

興味など一切無いのでしょう。

それも当然で、お互い、まともな会話も情報も殆ど無いので、急に『仲良くしろ』と言われても無理からぬ話です。

まぁ、知ったところで、彼女が某に興味を持つ風景は想像出来ませんが……

しかし、と、某は考えます。


『彼と繋がりのあるクノミ殿』と関係を持てば、彼との縁も切れずに——


なんて、不純な思いを巡らせていると。

クノミ殿は、某を『見て』いました。

先程のように、『敵』として。


「不埒な事は考えないで下さいね」

「なに睨んでんだお前は(尻ビンタ)」

「キャウン! だってぇー」

「だってじゃないよ。ま、すぐにじゃなくても、仲良くなるのはここから出た後でもいいや」

「むー、別に『外の』知り合いは必要ないのに……どうしてそんなに仲良くさせたいんですかっ」

「友達増えたら遊びに行くだろ? 事務所から居なくなるだろ? 僕一人の時間が増えるだろ?」

「絶対に友達なんて作りません!」

「ねぇ。そぅ言えば、貴方はどんな方法でこの村にやって来たの? 入れる条件は厳しいのに」

「え? 何となく気合で? でも村に行く別ルートを見つけてくれたのは狐さんでー」


……まるで、某の存在など霞かと思えるほどに、目の前では和気藹々とした会話が交わされています。

入り込む隙など皆無で。

無理に入ったとしても、空気を壊すだけでしょう。

光を取り戻したこの瞳にも、見えない壁が見えています。

皆の輪に入りたいと……それはなんて、贅沢な悩みか。

強欲。

希望を知って、更に欲してしまうとは、なんたる意地汚さ。


『君の願いを全て叶えてあげる』


けれど、そう、瓏殿は申してくれました。

某の願い……

一つは、光。

一つは、外。

そしてもう一つは……この場では決して得られなかった、嘘偽りの無き存在……友。


「え?」


ふと。

輪の中で会話をしていたごえ様が、某に顔を向けていて。

声には出さず、口を動かし、何かを伝えようと……

『頑 張 っ て ね ぇ ?』


パンッ

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