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「さ、案内して貰おうかな」

「あ? え? あ……?」


目蓋を手で押さえ、困惑した様子の神代ちゃん。


「んー? もう『見えてる』よね、その目。まぁ慌てるのは分かるけど」


「ぅあ……?」


おっかなびっくり、神代ちゃんは手を離して、パチクリ、目蓋を開いた。

綺麗な碧眼。


「……(ジー)」

「なに? そんなに、久し振りに見たヒトの顔に戸惑ってる? それとも僕がイケメン過ぎて驚いてる?」

「――美しい……」

「ありがと。神代ちゃんも美少女だと思うよ」

「ぅぅ……し、しかし、い、一体……これは……」

「これが、僕の力さ。僕の言葉は世界を変えられるんだ。あ、因みに、目が見えなくなったのは後天的だよね? 先天的だったら色々と説明がさ」

「は、はい。視力を失ったのは幼少の時で……なのに……こんな、急に……」

「まぁもっとじっくり慣れさせてあげたいとこだけど、さっき言ったように、案内して貰いたいとこがあるんだよね」

「あ、案内……村の中、を?」

「神様んとこ」


――予想通りに慌てる神代ちゃん。

素直に案内して貰う事は期待出来なかったが、僕が勝手に屋敷内の散策を始めると後ろから付いてきて……

『目的地までの正解ルート』を僕に進まれると、実に分かりやすい反応(表情)をしてくれたので、特定は容易だった。

もっと急いで歩きたかった所だが、今の彼女の『見え過ぎる視界』のせいで彼女自身の足取りがおぼつかず、それに合わせて少し遅くなった。


そうして、辿り着いた先は、屋敷の裏側。

と、言っても【そこ】は言葉通りの裏側ではなく、屋敷内の『いかにも』厳重そうな扉の奥にあって。

恐らく、この扉を通るという『ルール』を守らないと、こうして目にすら出来ぬ場所なのだろう。


――例えるならば、そこは【神社】。


件の扉を抜けた先に広がっていたのは、『なんちゃら八幡宮』だの『なんちゃら大社』だのと呼ばれそうなレベルの広く立派な境内。

そして……一番奥には、これまた立派な本殿が。


「ほ、本当に会うつもりで?」

「勿論。君んとこの神様をひと目見たくてね」

「……会ってくれるとは限りませぬぞ。あのお方は、神代の巫女の前にしかその姿を現さぬ故」

「随分とシャイな神様だね、天岩戸かな。――けどまぁ、僕が現れたら『姿を見せずにはいられない』と思うよ」

「ろ、瓏様……貴方はいったい……」


僕はその質問を意味深な笑顔ではぐらかし、チラリ、両脇に見える『森』に目をやり、


「あ、その前に、少し『確かめたい事』があったわ」

「確かめたい事、です?」

「それにはまず、『視界を良くする為』に……えいっ(パンッ)『明けの明星』!」


夜空を眺めながら手を叩くと――

徐々に、徐々に、徐々に……まるで早送りのように『空が明るくなっていって』……太陽が顔を出した。


「ウッ……!」


まるで吸血鬼のように、サッと扉の後ろに隠れて陽光から身を隠す神代ちゃん。


「そりゃあ眩しいよね。生まれて初めての『朝』だろうし」

「こ、これは……本当に……?」

「じゃ、確認、行ってくるね」

「あっ、ちょっ」


本殿ではなく、『森に向かって走り出す』僕。


――数分後。


「(ガサガサッ)ぷはぁ! ふぅ……」


生い茂った森から抜け出す僕。


「ろ、瓏殿?」

「ああ、やっぱここに『戻って来た』か。真っ直ぐ走ったつもりだったけど」

「そ、それは……」

「思った通り、この村はゲームのワールドマップみたいにループしてるようだね。その理由は、まぁそういう事だろうさ」


体にくっ付いた葉っぱやらを払いつつ未だ陽を怖がってる神代ちゃんの元まで戻って、


「さ。今度こそ本丸に行くよ」

「ぅぅ……」


その辺にあった傘を渡して日傘代わりにして貰い、神代ちゃんと共に進む。

思えば、急に世界に太陽が現れた事で村人とか生き物とか植物は大丈夫かな? と少しは考えたが、そこは生物としてうまく適応して貰おう(丸投げ)。


「か、神は……ごえ様は、お怒りになるかもしれまぬ……このような事、初めてでしょうし……」


不安そうに僕の服を掴む神代ちゃん。

神という存在は『見た事はあって』も敬おうなどとは思った事がない僕の人生だが、彼女の体の震えからして、ごえ様というのはこの場所にとって余程の象徴なのだろう。

侵してはならぬ神域。


――まぁ、それはそれ、これはこれ。


「怒ったらその時はその時だよっと。はい、着いた」


本殿の扉前までやって来た僕達。


分かってはいたが、異様な空気感はここが一番濃い。

この村にやって来て時、神代の屋敷に足を踏み入れた時に感じた『異物感』の正体が、ここにある。

コンコンッ 一応扉をノック。


……反応なし。


まぁそうだろうさ。

僕は『招かれざる客』だし。


「もう逆に入っちゃうよー(ガチャガチャ)」

「何が逆になんです!?」

「むっ、鍵が掛かってるのか、開かないや」

「と、当然です……ごえ様曰く、『なんぴとも破れぬ封じ』を掛けてるとの事で」

「(パンッ)『開けーゴマ』っと。(カチャ)うむ」

「開いたんです!?」

開いたので、「失礼しまーす」と観音開きの重い扉を開け放った。


……誰も居ない。


しかし、中の状況は想像していた光景では無くって。


「うーん。仕事柄、たまに神社の方に行くから本殿内は把握してる方だけど、本来は神具とかでゴチャゴチャしてるのに……【高そうな壺】、【絵画】、【ハイスペPC】、【最新ゲーム機】……なんていうか、充実してるな?」

「そ、そうなのです?」

「お香でもなく香水っぽい香りもするし。ここはいつもこんな感じ?」

「は、はい……見る度に物が増えたり減ったりしてますが……」

「ふーん」


僕は本殿の最奥、【机の上にある物】を見つめる。

【黒い本】だ。


「ごえさーん、居ますかー?」

「さ、流石にそれで姿を現す方では……」


「じゃあ本名で。【ゴエティア】さーん」

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