48
客間であろう和室に案内される僕。
他の住人とすれ違う事もなく、そもそも他の人の気配は感じない。
一人暮らしだろうか?
一応、電気は通ってるんだな。
「どうぞ」
コトリ、お茶を振る舞われた。
「一人で淹れられるなんて凄いね。ホントは見えてるんじゃない?」
「いえ。ただの『慣れ』です」
「まぁ僕も耳と鼻が良いから同じ事出来るけどねっ」
「ふふ……面白いお方」
クスクスと上品に口元を隠して笑う彼女。
大人っぽく見えたが、実際は僕と同い年くらいかも。
「じゃあ、お茶、貰うね(ズズッ)……うん」
「いかがかな?」
「『独特の風味』があるけど、美味しいよ。何のお茶?」
「この辺りに咲く【アコニット】という花の茶でございます。慣れれば癖になりますぞ」
「ふぅん」
てかアコニットって、別名【魔女の花】って呼ばれるトリカブト系の毒花じゃなかったっけ?
まぁ僕に毒は『効かない』からいいんだけど……それとは別に『毒以上にやばいもの』も入ってそうだな……まぁそれも『別にいい』んだけど。
僕適当すぎない?
「では」
着物少女は、僕がお茶を飲んだのを確認すると、仕切り直したように、
「自己紹介がまだでしたな。某は神代(かみしろ)と言う者。この村の『巫女』をやっております」
「どうも、僕は瓏だよ」
お互いの名前を教え合う……『僕の界隈』じゃあそこには『縛り』だの『契約』だのと意味が生まれるんだけど……例の如く、まぁいいや。
「巫女さんかぁ。なんとなくだけど、家のデカさからこの村じゃ偉い立場?」
「いかにも。村の者を纏める立場、ではあります」
「若いのに偉いねぇ」
「いえ、雑務は他の者がやってくれてます故」
なら、この子は【象徴】的な立場なのだろう。
そして、恐らくは一番の『被害者』。
「さて、本題だけど、僕をここに案内してくれた理由を教えてくれるかな? あと、あの【落ちてた本】の事とかその他諸々も」
「承知」
神代ちゃんは頷いて、
「まず、瓏殿の許可無くこの様な場所へと連れ出した非礼のお詫びを。我ら暮森村は、ただ、『もてなしたかっただけ』なのです」
「ここは良い場所です。現代の若者の心を満たすような煌びやかなモノはございませぬがそれに勝るとも劣らぬ素晴らしい『自然』がございます」
「我らは、定期的に御客人を村に招き、村の良さを伝えています。観光はもちろん、移住者も増やしたい。そう。瓏殿が拾った本は、言わば【招待券】」
「かと言って、誰でも受け入れる、というわけではございませぬ。選別は全て【神】の意思」
「この村に入って、まず、『夜であった事』に困惑した筈。これも全て我らが神【ごえ様】の力。あの方は夜を好み、一日の全てを夜の世界へと変貌させたのです」
「ただの夜、であるならば、植物も育たず我らは飢えてしまうでしょう」
「しかしこの夜もまた特別。特殊な月の光で作物も育ち、あの光る花、ランプフラワーなどの不思議な植物の他、周囲を照らしてくれるヤミホタルなどの生物もご覧になれます」
「ごえ様と我らの先祖は、元を辿れば海外の生まれ。数世紀前、その力を危険視した国に魔女狩りとして追われ、この日本に流れ着いたと聞いています」
「魅力はまだ伝え切れていませんが、一旦、ここまでにしましょう」
「ふぅ」
一通り話終わったのか一息吐く神代ちゃん。
明るい場所で改めてその顔を見ると、雪のように白い肌だ。
生まれた時から夜の世界の住人となると、こう育つんだね。
「これほどを一度に話すのは久しぶりで。少し、舞い上がってしまいました」
「そうなんだ、お疲れ」
まるで台本があるような、行儀の良い観光案内だった。
僕は、彼女自身の言葉が聞きたかったんだけどな。
「それで……いかが、でございました?」
と、思ったら、不安そうに訊ねる神代ちゃん。
さっきまでの機械的な感じではなく、年相応の幼さを感じる声色。
いいね。
「ん、まぁ、この村の事が少しは知れたかな。ずっと夜、って感覚はまだ解らないけど」
「すぐに『慣れ』るでしょう」
慣れるまで居るつもりなんて無いんだけど。
お——い
ふと。
玄関の方から野太いおっさんの声が聞こえた。
「しょ、少々お待ちをっ」
慌てたように立ち上がる神代ちゃん。
少し足がもたついてる。
「ほら、手貸してあげる」
「か、かたじけない……」
顔を赤くする神代ちゃんかわいい。
玄関まで二人で向かうと、既に声の主は厚かましく玄関まで足を踏み入れていて。
期待を裏切らない、野太い声の通りな恰幅の良いおっさんがいた。
「おっ、あんたが客人か? いい時に来たぜ。よっと」
ドスンッ 玄関に置かれたのは、沢山の野菜や果物『らしき』食材。
形はキャベツやリンゴっぽいけど、全てが『真っ黒』。
まだ受け入れられるのはこの蕎麦っぽい乾麺とかかな。
「こんなに……毎度多過ぎでございますよっ」
「がっはっは! 遠慮すんなよ神代様よぉ! 色んな家の奴らから託されたのもある! 客人、歓迎の印だ! 腹一杯食ってきなっ!」
そう言って、おっさんは笑いながら帰って行った。
まぁ、さっきも見た『作ったような』笑みで不気味だったけど。
「……申し訳ない。村の者達は客人が来るといつも張り切ってきってしまって……」
彼女の苦笑いは、申し訳ないと言うには余りに『辛そう』なそれで。
今のやり取りのどこに罪悪感を覚えたのか。
「別にいいよ、みんな楽しそうでなによりだ。あ、この黒い蜜柑みたいなの食べていいかな?」
「え、ええ、どうぞ。ヤミミカン、ですな」
「(むきむき)……(パクっ)……なんかブドウっぽい味で面白いなぁ……いくつか『持ち帰ろう』かしら」
「……瓏殿。貴方はどうしてそこまで『揺らぎ』がないので?」
ん?
「揺らぐ? 落ち着いてるって意味?」
「いかにも」
そりゃあ、何も知らないでここまで来たわけじゃないからなぁ。
それを馬鹿正直に答えたら警戒されるされるから言うつもりはないけど、「そうだな」
僕は顎に手を添えながら、ある意味では正直に、
「ワクワクの方が上回ってるから、かな」
「ワクワク?」
頷き、
「だって、こんなにいかにも怪しい村だよ? 伝奇系作品のようなイカれた風習とか、選ばれた村人を化け物の生贄に捧げる人身御供とか、推理小説のような周りくどい仕掛けの殺人事件が待ってそうじゃん?」
「いえ、そのように期待されている中で恐縮ですがここはそこまで物騒な場所でも……、……本当に、心の強いお方」
「探偵、だからね。生半可なメンタルじゃないよ」
「探偵、ですか?」
「そう。『困ってる人の悩みを解決する』、スーパーマンさ」
「ッ……」
顔を伏せる神代ちゃん。
どうした、ポンポン痛いのか? それとも、何かがツボに入ったのかな?
「……いえ、何でもありません。では、改めて、この村を案内しましょうか。今は『ヤミテッポウウリ』の種子散布の時期で、光るタネを飛ばす様は花火の様で美しいですぞ。もし、空腹でしたら、ここに食材もありますが、敢えて村の食堂にて名物【ヤミラーメン】でも」
「ああ、ごめん、案内する必要は無いよ」
「……え?」
彼女はポカンとする。
それはそうだろう。
こんなにコロコロ気持ちが変わる相手を前にするなんて村の外に居てもそうそう無い。
「確かに、気になる事は沢山あるんだけどね。『神様の正体』とか『君の目の事』とか」
「そ、それは……」
「神代ちゃんは、この村、好き?」
「……え?」
「『え?』は無いでしょ。そこで逡巡しちゃだめよ。神様が聞いてたらどうするの」
「っ……好き、ですよ」
「そう。因みに、『村の外に出たいと思った事』はある?」
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