46
休憩は終わり。
シートと食事を片付けて、改めて出発だ。
——少し歩いて。
「てかさ、今更だけど」
「どうかしたんです?」
「今日って平日だよね」
「はい」
「世間一般の学生さんは普通に午後の授業の時間だよね」
「でしょうね」
「君は『いつになったら通学』するの?」
「……しません」
「いや、おめぇ学校通いたいって『前の職場』で言ってたべ」
「気が変わったんです! 瓏さんとの時間を大切にしたいんですっ! あ、でも瓏さんも通うなら!」
「通わんから。同い年でも僕はもう社会人で収入あるから学校通う必要ないの」
「ぐぬぬ……」
全く。
最近のこの子は恵まれ過ぎて『普通に学校に通える贅沢』すら解らなくなったらしい。
「あっ! 瓏さんっ、あそこあそこっ」
話題を逸らすように、脇道を指差すクノミ。
その先には……キラキラと陽光で輝く場所があった。
「川ですよ川っ。寄って行きたいですっ」
「さっき休憩したばっかだろ」
「食後の運動ですっ」
「つってもなぁ……ん? 狐ちゃんもそっち行くの? て事は、川の方が正規ルート?」
「ほらっ、行きますよ瓏さんっ」
「やれやれ、そんなに水着回したいのか己は」
綺麗な川辺だった。
岩肌には青々とした苔も生えた、人の手の入ってない、自然なままの姿。
せせらぎは穏やかで、川魚ものんびり泳いでるのが見える透明度。
「てかクノミ、水着は? 全裸で泳ぐ気?」
「何をおっしゃってるんですか瓏さんっ。私の今着てるワンピは『あの服』ですよっ」
「ああ、『嫁入り道具』ね」
テンションの高いクノミが変身ポーズを取ると パァー ワンピースが輝きを放ち——
光が収まると、『白のビキニへと変化』していて。
コレには冷静な狐も、ピクリと眉を動かす。
「あの子が着てるアレは『どんな格好にも成れる』そういう便利なコスプレ道具なのさ」
訊かれてもないのに答えた僕に、フンッと狐は興味を無くしたように鼻を鳴らした。
「どうですか瓏さんっ。来る前に雑誌で見た良さそうなのを参考にしたんですがっ」
露骨に豊満な乳をたゆんと揺らすクノミ。
「水着の事はようわからん。エロけりゃそれでいいよ」
「つまりエロいって事ですねっ。私は『瓏さんの物語のお色気担当』なので有難いお言葉ですっ」
「何言っても喜ぶやん君。ほら、披露出来て満足でしょ。忙しいんだから先行くよ」
「えー、瓏さんも脱いで私と遊びましょうよぉ。お水の掛け合いとかっ」
「僕はさっさと仕事終わらせて帰りた——あっ、サワガニだっ。まてまてー」
「私はカニ以外!?」
——一〇分後
「ふぅ、楽しかった……どしたの?」
「なんでもないでーす(プクー)」
戻って来ると、クノミがパシャパシャと足で水面を揺らしていた。
狐は狐でウロウロと何かを探してる。
皆暇そうだな。
「あ、そういえば瓏さん、思い出しました。さっきの話の続きですが」
「さっきって?」
「事務所での話の続きです。ほら、あの『悪巧みする魔術師、妖怪さんらは別に瓏さんの敵じゃない』だのって話。その理由を聞きそびれて」
「さっきじゃねぇじゃん。こんな川辺でする話? 言おうとした事なんて忘れたわ」
主にサワガニに夢中で。
「えーっ、気になりますっ。瓏さんの敵は少ない方が私も安心しますっ」
敵かぁ、敵ねぇ。
「えーっと、アレよ。そういう悪い輩は、寧ろ『仕事仲間』? 不幸な人が居ないと探偵業は成り立たないからねぇ」
「困ってる人を助けるには困ってる人が不可欠……ままならないですねぇ」
医者や消防士みたいなもんだ。
マッチポンプ。
「それに、僕は『世間一般の定義』で見れば正義でもない」
「そうなんですか? でも、瓏さんは『私を助けて』くれましたよ?」
「認識の齟齬だねぇ。見る人によって正義は移り変わるってやつ。自分の事を正義だなんて思った事は無いけど、君が僕をそう思うのは勝手だよ」
僕が人を助ける時は、気が向いた時か、仕事の時くらい。
「では勝手にそう思いますっ」
ニコッと満面の笑みを見せるクノミ。
「……けれど、一つ懸念がありますねぇ」
「なに?」
「瓏さんに敵対する意思がなくとも、今回、瓏さんに『ゲームをクリアされて計画を潰された』相手が居る筈です。その者には確実に敵視されるのでは?」
「ああ、それこそ心配するだけ無駄な話」
僕は肩を竦め、
「あの程度のゲームに頼るような奴が僕の敵に『なれるわけない』だろ?」
「かっこいい!」
「キャン!」
ん?
『アホな会話してないで本題を思い出して下さいまし!』とでも言いたげにこちらを睨んでる狐。
「どしたどした? 何か見つけた?」
「これは……【本】、です?」
本だ。
本が何冊か川辺の地面に散らばってる。
表紙を見るに、日本の本じゃなく、【洋書】。
「捨てるにしても、こんな場所ってのも変だね」
ヒョイっと一冊拾う。
こんな場所なのに、特に濡れてたり湿気ってたりはしてないな。
ふむ……何というか、つい『拾いたくなる』魅力がある不思議な本だ。
「え!? ろ、瓏さん! 体が!」
ん、どうしたんだクノミったら、急に叫んで。
「体? あ、なんか『透け』」
言い終わる前に、パッと、景色が『変わった』。
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