サブエピソード1 38
っ……また『見えた』。
朝の市内。
空も青く晴れ、爽やかな朝。
『一般人』にとっては。
少なくとも、私は違う。
……目の前からやって来る通勤途中のサラリーマン……の、肩の部分。
手だ。
『手だけ』が見える。
サラリーマンは顔をしかめ、そっち側の肩を回している。
肩凝りの症状でも出ているのだろうか。
あの様子じゃあ、サラリーマンには肩の手が見えていない。
――ゾワッ
(鳥肌……まだ『別のが近くに居る』サイン……)
手なんて、優しい方だ、これでも。
ミギミデ! ヒダリミデ! ミギミデ! ヒダリミデ!
……赤信号の、車の走る横断歩道の真ん中に居るのは、『頭の無い子供』。
一体、どこから発声しているのか。
……そういえば、最近ここで飲酒運転の交通事故あったらしい。
犠牲者は、小学生の男の子。
まだ、あの子は現状に『気付いてない』のかもしれない。
グチャア!
「ッ……」
背後で何かが潰れる音。
振り返る勇気は無い。
「そーいえばこの前ここで『飛び降り自殺』あったらしーよー」
「うへぇ、こわぁ。原因分からんけど、そんな勇気あるなら生きられただろうにねぇ」
別の学校の学生がそんな話をしながら通り過ぎる。
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ
明らかに血の通って無い声色。
絶対に振り返らない。
「もぅ……やだぁ……」
そんな弱音を思わず漏らしてしまう。
けれど――『あちら側』は配慮などしてくれない。
日常を『繰り返してる』だけだから。
ァァァ ナンデェ ミテェェ ワタシヲ ミデェ
「うっ」
反射的に下を向く。
進む方向。
数歩先。
――異様に背が高い、赤い服の、女。
長い髪で、顔は見えなかった。
(大丈夫大丈夫……見たのは気付かれてない……『見えてる』のもバレてない……大丈夫……)
ドク! ドク! ドク!
心臓がうるさい……お願い……早く通り過ぎて……
ミ ダ
「ひっ!」
下から、覗いてる。
目が合った。
あり得ない身体の曲がりよう。
(か……体が……動かな……だ、誰か助け――)
「ちょっとお姉さん、通行の邪魔(ペシッ)」
ヴッ
……
……
……?
フワリと、良い香りがして、顔を上げる。
あ、あれ? 居なく、なってる?
「んー、この辺だと思ったのになぁ」
声がした。
アニメキャラのような、高めの可愛い声。
声がした方に目をやると、後ろ姿が見えた。
(――綺麗)
白いワイシャツ、カーキーのパンツ、スラリとした体躯。
そして、キラキラと上品に輝く長い銀髪。
出来る大人の女性、という雰囲気。
気付けば、先ほどまでの恐怖心は消え失せていた。
でも、ドキドキは消えなくって……。
「場所間違えたかなぁ。この辺にお洒落なカフェと美味しいモーニングがあるって……スマホスマホ(ゴソゴソ)」
ポケットからスマホを取り出した彼女は、ポロリ―― 同時に、紙切れを溢す。
彼女はそれに気付く様子も無く、スマホを見ながら先を行く。
拾わなきゃ!
体は勝手に動いていた。
彼女が居た場には、彼女の良い香りがまだ残っていて……いやいや、恍惚としてる場合じゃない。
(えっと……レシート、かな? )
ホントは、こういうの見ちゃダメなんだろうけど、好奇心には勝てなかった。
彼女の事を、もっと知りたいと。
それは、本能だった。
(どこのお店の……む、『むちむちぷりん』?)
飲食店……これは……ま、まぁ、お菓子屋さんか何かだろう。
なんにせよ、渡さなきゃ。
「あっ……あのっ!」
「ん?」
「ッ!」
息を飲んだ。
美人、という次元じゃない。
例えようがない。
『別の世界から来た』と言われても疑わないレベルの芸術品が、そこに居た。
顔が小さい、肌が綺麗すぎ、瞳も白金みたいに輝いていて……いつまでも見てられる。
神秘的、ですらある。
そして、思ったよりは幼い顔。
もしかしたら同世代かもしれない。
「なぁに? 朝からナンパかい? ギャルちゃん」
「え!? いや、あの……こ、これ!」
「んー? ああ、落としたのかな。ありがとね」
受け取るお姉さん。
(ああ……終わっちゃう……唯一のキッカケが……)
「――おやぁ? 君」
え?
お姉さんの顔が近い(いい香りっ)。
ジーっと、私の顔を凝視して。
「『悪霊退散』」
パンッ
目の前で、猫騙しみたいに手を叩かれて、ビクッとなった。
「ま、『お礼』って事で。じゃあね(ポンポン)」
お姉さんは私の肩を叩いて、そのまま去って行った。
……不思議と、肩のダルさや重みが消えていた。
1
「アレッ? ヒトミ、今日は顔色良くナイ?」
学校に着いて、自分の席に座ってると、やって来た友人のミヤコがそんな事を言う。
因みに今のはイントネーション的に『顔色良いね?』という意味だろう。
「……そう?」
「最近、貧血みたいに青白いのに。あとなんか、ボーッとしてるネ? 普段とは逆に、血色良く顔が赤いっていうか……あ、風邪?」
「……そういうんじゃないよ」
「風邪じゃないんなら……ま、まさかっ、恋(ラブ)!?」
「……うるさいよ、周りが見てるでしょ」
完全に否定出来ないのが厄介だ。
「へー、あのヒトミがネェ。この前、イケメンと話題のバスケ部先輩からの告白断ってたモテモテのヒトミさんがネェ」
「いや、全然知らん人だったし……なんか偉そうで、顔もタイプじゃなかったし……」
なんか『半透明で怒り顔の女の人が五人ほど纏わりついてたし』……
「てか、恋とかじゃないから……朝、めっちゃ美人な人とお話ししただけだよ。芸能人とかアイドルとか目じゃないレベル」
「エっ……ヒトミって『そっち』ダッタ?」
バッと自身を抱き締めるミヤコ。
「いや、だから恋愛感情じゃないから。例えるなら……芸術品を見て感動する専門家の気持ちが解った、的な?」
多分、それ(恋愛感情)では無い、と思う。
「フーン、そんな美人さんがこの街にねぇ。それだけの人なら有名になってそうだけど、観光客かなんかだったんじゃない?」
「ああ……あり得る、かも。平日の朝からノンビリした感じの人だったし……てか、アレは外人さん、かな? 日本語上手かったけど」
「外人さんならねぇ、人形みたいに綺麗な人居ても不思議なさソー」
『他人事』みたいに言うミヤコ。
しかし、外人、か。
アレは外国の、というより、外の世界、と言った方が正しい。
漫画とかアニメとかから抜け出したような、別世界の人。
それか、人外。
「見たかったなぁ。写真、撮れば良かったのにィ」
「無理無理、そんな失礼な事出来る感じの人じゃ」
ふわり
……え?
この、甘い香りは、あの人の……。
振り返ると、一人の女生徒が私の横を通り過ぎただけだった。
「ドシタ? クノミちゃんに何か用?」
「い、いや……別に」
最近、転校して来た女の子。
「おいおいヒトミさん、可愛い子なら何でもイケちゃうのかい? 確かに、あの子はヒトミよりモテモテだしオッパイ大きくて抱き締めたくなるのは解るけどサァ」
「……アンタがそっちの気あるんじゃない?」
田道間(たじま)クノミさん。
中途半端な時期に転校して来て、過去の素性を殆ど明かさず、普段は既に生徒だった同い年の妹さんと行動している謎多き美少女。
「なんていうか、『品』があるヨネ? 所作の一つ一つが整ってるってゆうか……どこぞの『良家のお嬢様』とか『一流旅館の娘』さんとかかなぁ?」
「どう、なんだろうね」
そこまで会話はした事無かったが……しかし本当に、今の、彼女から漂った香りは――
ピタリ
と。
クノミさんの足が止まり、クルリ、こちらを向いた。
前髪の揃った黒髪ボブカットが似合っていて、振り向いた際、豊満な胸がふよんと揺れる。
彼女は、『私を見ていた』。
「え」
クノミさんはズンズンと私の方までやって来て……クンクン……匂いを嗅ぎ始める。
「え、なに? どゆこと? ヒトミ、仲良かったノ?」
「い、いや……ちょ、クノミさん……」
「成る程」
クノミさんは納得したように、私から離れて、
「銀髪」
ビクッ! 驚いて肩が跳ねた私の反応を、彼女は見逃さなかった。
「はぁ……いえ、すいません急に。『良い匂い』がしたもので。それでは」
何事も無かったように、彼女は離れていった。
「……不思議な子ダネ」
感慨深く呟くミヤコに頷かざるを得ない。
「あっ! く、クノミさんっ、放課後お話がっ」
「すいません、『帰りを待つ』人がいるので終わり次第寄り道せず直帰します」
「……だ、だったらお昼休みでもっ」
「すいません、その時間は『妹とお昼』なので」
固まる他クラスの男子。
「わー、今回も瞬殺だねぇ。『あの塩対応が堪らない』って調教された男子も増えてるらしいケド」
「うん……」
適当に相槌をうってるけど、ミヤコの言ってる台詞が頭の中に入ってこない。
やっぱり、さっき。
クノミさんからは、あの人の香りがした。
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