39
2
放課後。
今日、一日中ビクビクして過ごしていた私だったけど、少なくとも、今の段階では杞憂で終わった。
『見えない』。
その事実に対する喜びと、『また見えるようになったら』という恐怖が混在している。
「帰りどっかでアソブー?」
「……いや。今日、ちょっと用あるから」
「ソ。じゃ、また明日ネー」
校門の所でミヤコと別れる。
離れて行く友人の背中。
「……『アレ』も、もう見えないか」
あの子はあの子で、私の周りで変な事があっても、まるで動じなかった不思議な奴だった。
たまにポルターガイストみたくモノが動いても、気にも留めない。
変な物が見えていた時、あの子の体からは『眩しい光』が漏れていたのが見えた。
まるで、溢れんばかりの生命力。
不思議と、変な物はその光を恐れていたようにも見えた。
私が、今まで心が折れず頑張ってこれたのは、あの子が常に側にいてくれたのもあるだろう。
今度、何か奢ってやろう。
――街へと移動する私。
今朝、あのお姉さんと出会った場所だ。
また会いたい……その気持ちは時間経過と共に大きくなる。
一目見ただけで、一言話しただけで、脳を支配したあの人。
もし、もう会えないのだとしたら、発狂してしまいそうになる。
それは既に憧れや恋を過ぎ去り、『崇拝』の域に達してると、自分でも自覚している。
「何か……何かあの人の手掛かり……あ、そうだっ」
妙に頭に残ってるワード、【むちむちぷりん】。
アレを検索したら何か分かったり……
「ん?」
スマホで検索しようとして、ふと、なんとなしに顔を上げると、視界に【彼女】が。
買い物……? 確か、部活はしてなかったよね?
そんな彼女が、路地裏へと消えて行く。
去り際の横顔は、普段とは一八〇度違う、別人かと思うほどにニコニコと柔らかなものだった。
……良く無いとは自覚しつつ、私は彼女の後を追った。
↑↓
「ふわああ……ふぅ」
ねむ。
今日は朝早かったから寝足りない。
でも、やっぱり、平日の朝ゆったりとモーニングをつまみながら足早に歩く社畜どもを眺めるのは最高だね。
今は……夕方前か……さっき歯も磨いたし、寝よっかな。
ドンッッ!
「瓏(ろう)さん!」
うるせぇのが乳を揺らしながら帰って来た。
「うるせぇのが乳を揺らしながら帰って来た」
「すいませんっ。でもメッセージを送っても電話をしても反応してくれなかったんで急いで帰って来ました!」
「無視してただけだから安心して。つか、帰って来た? ここは君の家じゃ無いでしょ【クノミ】」
ふふん、とドヤ顔のクノミはおっぱいを支えるように腕を組んで、
「実家には週一でしか帰らず普段はここで寝泊りしてるんだからもう半分以上ここが私の家じゃないですかぁ」
「誰に説明してんだよ、帰れよ。おっかさんとモリちゃん(妹)が心配してんぞ」
「瓏さんはお母さんに信頼されてるんで大丈夫ですよぉ」
「たまに来るモリちゃんには小言言われるんだよなぁ」
「彼女はツンデレさんですからねっ」
「ああ、もういいや。兎に角僕は今から寝るからね」
「はいっ。その間にご飯の支度始めますからねー」
クノミが白いエプロンを掛けたのを見届け、僕はソファーに寝転ぶ。
ぐー……ZZZ……
ピンポーン
……ん?
「あ、私が出ますねー。おかしいなぁ、アポ、あったかなぁ」
ZZZ……
「(ガチャリ)はーい」
「あっ……こ、こんにち……」
「……柱(はしら)さん、でしたっけ?」
「う、うん。えっと、ここは……」
「知らないでいらしたんです? ここは【探偵事務所】ですよ」
「探偵……」
「学生には縁の無い所だと思いますが」
「……ここは田道間さんの家、なの?」
「そうですよ」
「だから違うだろぉ?」
僕はムクリと起き上がり、頭を掻きながら事務所の出入り口へ。
「もー、寝るっつったのにいつまで話してんだよー」
「す、すいませんっ」
「あっ……貴方はっ」
「んー? ああ、朝の『ゴーストギャル』」
「ゴーストギャル?」
クノミは首を傾げた。
――それから。
「どうぞ(コトン)」
「ど、どうも……」
テーブルにコーヒーカップをぶっきらぼうに置くクノミと、ビクビクと頷くゴーストギャル。
「あーん? なに? 同じ学校の知り合いじゃないん? ギスってね?」
「私は瓏さんや私の関係者や瓏さんの関係者の方以外には大抵こんな感じですよー」
「頭の軽そうなお前に裏表あるとか知りたく無かったなー」
「私は正直に生きてますよ?」
「それはそれでなぁ。ま、何にせよクノミの学校での知り合いの子を見るのは初めてだ。名前は?」
「は、柱 ヒトミですっ」
言って、彼女は大袈裟に頭を下げた。
黒髪ロングで整った顔立ちの、イマドキって感じな女子高生。
にしても、『柱』で『ヒトミ』ね。
あまり『縁起の良い苗字』じゃ無いなぁ。
「そっか。僕は妃(きさき)瓏。表にも看板あるけど、探偵事務所をやってる探偵さ。実情は『何でも屋』だけど」
「よ、よろしくお願いします……」
「むぅ。それで、さっきのゴーストガール云々は何のお話です?」
「……ひと月くらい前からです。前兆は何もありませんでした。突然……見えるようになったんです……アレは……多分、【幽霊】」
「初めは『人魂』みたいなやつで、次は『手』が地面とか人の肩とかに見えるようになって……」
「スマホで写真を撮っても、変なのが写りだして……」
「最初は勘違いだと思ったんです。見間違いだって」
「でも……どんどん……見えるものが増えて来て……『ヒトの形をした気持ち悪いモノ』とか……」
「必死に……目を合わせないようにして」
「学校でも家でも、安らげる場所はありませんでした……」
「お寺とか神社にも行ったんです……お払いして貰おうって」
「でも……『ウチじゃそういうのやってない』とか、『ウチの手に負えない』とか、漸く見てくれる所が見つかっても直前になって『神主さんが泡を吹いて倒れた』り、貰った御守りは『その場で真っ黒のススになった』り……」
「限界でした。もう呪い殺されるしかないのかって、諦めてました」
「でも……今日。救世主に出逢えたんです」
ポロリ――ヒトミちゃんは涙を零し、俯く。
「ありきたりで面白味も無いエピソードですねっ」
「鬼かお前は(ペシッ)」
「んふふー(ご満悦)。しかし、お化けの除霊『くらい』出来ないなんて、今時の女子高生は情けないのでは?」
「普通は出来ないんだよなぁ」
「グスッ……(ゴシゴシ)」
ヒトミちゃんは顔を上げ、涙を拭い、
「あ、あの……朝してくれたアレで、私の『見える体質』は消えたんですか?」
「うん、消えたよ」
即答。
「朝シたアレってなんですか!? エッチなのなら許しませんよっ」
「ウルセェ少し黙ってろ」
「モガモガ! (少し楽しそう)」
「……また、ふとした時に見えるようになったりとかは」
「無いね。僕が掛けた『おまじないバリア』はちょっとやそっとじゃ破られないよ。『僕より凄い人が呪い掛けたら』分からないけど、一般人の君にそんな事するメリットは無いだろうし」
「よ……良かった……です」
力が抜けたのか、彼女はズルリとソファーから落ちそうになる。
お、パンツ(ピンク)が見えた。
「ぷはっ! ふぅ……全くっ。瓏さんは凄い方なのに、気紛れに人助けしすぎですっ」
「いいんだよ。人は誰かの気紛れで傷付けられ、そして誰かの気紛れで助けられる生き物なんだ」
「それっぽい名言を言っても誤魔化されませんっ。良いですか瓏さんっ。本来なら、彼女には『ドラマが待っていた』のかもしれないんですよっ」
「まーたこの子は変な事言い出して」
「苦難の克服にはドラマは付き物っ。――傷付く彼女、思わぬ救世主、真の敵の出現、友情パワーで撃破、ハッピーエンド……
そんなストーリーが彼女には控えていたかもなのにっ」
「ああ、そういう事」
僕はため息をつき、
「僕が一気にゴールを呼び寄せた事で、あり得た『友情努力勝利』の物語が潰れて、一番つまらないオチになったって? どうでもええわ」
「良くないですっ。というか、そも何故瓏さんほどの方が彼女のような一般人を助ける流れになったんですかっ」
「しつこいなぁ。その子がむちむちぷりんのレシートを拾ってくれたんだよ。で、『見た所』その時の一番の悩みっぽかったのが『霊感』で、それで、さ」
「くっ! 私が昨日『行きたい』と言わなければっ(ダンッ)」
「なにを悔しがってるんだか……ねぇ?」
「えっ? ん……んふふっ」
クスクスと肩を揺らすヒトミちゃん。
「あっ、この女笑ってますぜ旦那っ」
「小物くせぇ子分は黙ってな」
「す、すいませんっ……ふふっ……笑ったのなんて久しぶりで……なんだか急に安心して……はぁ」
ヒトミちゃんは再び目の端から滲み出た涙を拭って、
「こうして、再び会えて良かったです。少し、朝の時とは印象が違……い、いえっ、悪い意味じゃなくてっ」
「まぁ僕は初見の人の前じゃミステリアスで意味深な大物キャラ装うからねぇ」
「私からすれば会った時からその印象は変わってませんよっ」
「そりゃあ僕がミステリアスで意味深で大物なのは事実だからな」
「あの……それで、貴方は一体、どのような経歴の方なのですか? 昔は有名な霊能者だったとか……?」
「瓏さんをそんなインチキ臭い人達と一緒にしないで下さいっ。あと情報を得ようと必死すぎですっ」
「僕には別に探偵以外の肩書は無いよ。基本『何でも出来る』ってだけ」
僕は少し冷めたコーヒーに口を付ける。
カッコつけてブラックだけど普段は甘いカフェオレ。
「何でも出来るだなんて、憧れます。今回の件で、自身の非力さを痛感しました。……しかし、どうして、普通に生きてた私に、今回のような事が……」
「そりゃあ君、誰かに『呪われた』んだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます