36
──パンッ
「ハイハイみんな、シャキッとするっ」
「あ、あれ? なんだか急に世界が早くなったような気がします……」
「……お前、なんかしただろ?」
「してないよー」
「ついボーッとしてましたね……んっ? (スンスン)何やら瓏さんから良い匂いが……瓏さん特有のエッチな香りじゃなく、落ち着くフレーバーというか(スンスン)」
「ええい嗅ぐな嗅ぐなっ。それよりほら、椿ちゃんが警察に職質されてるよっ」
「あっ、本当ですっ、助けに行かなきゃ!」
「ぶ、豚箱行きは可哀想です……」
「まぁ誘拐事件の件なら犯人で重要参考人なのは間違い無いがな……」
──警察官から椿ちゃんを引き剥がし、その後オシャなカフェで食事を済ませた僕らは……現在、駅前。
「いやぁ、ほんま、みんなには感謝してもしきれんわ。また近い内に会おうなー」
「はいっ」「で、ですねっ」「おう」
気持ち良く去って行く椿ちゃん。
その姿が見えなくなって、
「ホント、大丈夫ですかね椿さん? さっき目覚めたばかりなのに、十年以上も離れた故郷に帰る事になって」
「そ、そうですっ、心配です……」
「本人が良いって言ってんだ、水差すなよ。なんかあったら連絡あるだろ(そわそわ)」
全く、この姉妹達は……。
「心配なら君らも今から京都に迎えばいいじゃない。まぁ、君らが行かなくても僕は仕事で『今から』向かうけど」
「「「えっっっ!?」」」
いいリアクションだなぁ、おちょくり甲斐がある。
「さっきナヨさんから追加の仕事依頼があってね。現場は京都。抹茶パフェでも食べて来るよ」
「わ、私も行きます! 島での仕事が早く(?)終わったので明日の日曜日はフリーですし! 何なら月曜からの学校もサボりますよ! 家に電話しますね!」
その場にしゃがんで電話を始めるクノミ。
「君らは?」
「……とりあえず、今すぐには行かねぇよ。連れも居るし即決は無理だ」
「ほ、他の仕事もありますしね……相談しないと……」
「そ。まぁ君らが来る頃には『ドキッ! 魑魅魍魎渦巻く京都編』は終わってるかもね」
依頼された仕事の内容上、激しい戦闘は避けられないだろう。
ナヨさんとも縁の深い妖(あやかし)御三家も関わってるから、久々に骨のある仕事だ。
「……正直ウチらは、お前の側にクノミが居る事実は気が気じゃない」
「ん? 何さ藪から棒に」
「そんな急な話でもないだろ。ウチらみたいに『そこそこ』な仕事をする分じゃあ、そんなに危険も少ないだろう。けど、お前の周囲は、ウチらが言うのもなんだが『異常』だ」
「うん。それで?」
「命が幾らあっても足りねぇって話だよ。同じマザーハート持ちの同志を心配するのは当然だろ? それに……クノミ自身も、命のやり取りの場ですら躊躇がない」
「ガンガン行こうぜの精神してるよね」
「ビビリや尻込みは生きる上で恥じる事じゃない。死ねば終わりなんだ。けどクノミは危機意識が少な過ぎる。……お前なら、仕事について来ないよう上手く『やり込める』だろ」
今更そんな話か。
「来るなとは何度も言ってんだけどねぇ。でも君らだってクノミの頑固さは痛感してるでしょ? 『死んでも』、この子は僕の側から離れたくないらしい。自分の『死に場所』を既に決めてる子なんだよ」
「……なんでこんな野郎なんかを……おいシフォン。お前も何か……何やってんだ?」
鏡をこっちに向けてるシフォンちゃん。
「身嗜みを整えろって? いつも通りのイケメンでしょや」
この鏡だけは、見ててエグい能力ばかりだから好きになれないってのに、無言で向けて来て怖い。
「……し、知りたかったんです。クノミさんが選んだ方を。中身の見えない貴方の『本質』を」
「なんか言い始めて怖いんですけど? 何か能力発動してんの? ……あれ? 映ってる像が変わり始めて……」
『鏡の中の僕』はどんどん若くなっていき、年齢一桁くらいのショタに。
その僕は、『怒り顔』でメソメソ泣いていた。
てかこの鏡、『魔法・呪い無効化』な体質の僕の加護を通すの? せぽねさんの道具やばない?
「す、『姿見』は占いのようなものなので身構えないで下さい。自身を見つめ直す為だけの能力。貴方の根幹が映るだけ」
「僕の精神はまだ子供で、実は泣き虫って事かい? 別にそれは否定しないけど」
「い、いえ、この表情は、そうーー『好きな人に見て貰いたくて悪さしてる』ーーソレ、です」
「……成る程ね」
本当に、嫌な鏡だよ。
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