35
「──はぁ、全く。何とか『納まり』ましたわね」
ん? 急に周囲の雰囲気が昏くなって……それに、この声は……
「おや、『せぽねさん』?」
冥界の主。
闇と馴染む黒髪と溟い色の着物を纏いし女帝。
ここに居る筈の無い女将さんが、どうして?
彼女は僕の反応に、嫌そうに眉をひそめて、
「……そう、貴方には『見えてる』んですのね。本当、忌々しい目ですわ」
「感動の再会なのに酷くない?」
「わたくしは会うつもりなど毛頭無かったので」
相変わらずのツンだなぁ、女中らに注いでる愛を欠片ほどでも向けて欲しいよ。
--でだ。
この人がわざわざ現世まで降りて来て椿ちゃんを見つめていた理由とは……まぁ、考えたら分かるわい。
「ナヨさんに依頼したのは、せぽねさん、だよね?」
何も言い返さず「ふん」とそっぽ向くのは、肯定の意思表示だ。
「でも、せぽねさんなら全部自分でやれたんじゃない?」
「それが出来たら『あの人形』に依頼してませんわよ。かねこりを出た女中とは『干渉出来ない』からわざわざこうして……」
「え? じゃあ、椿ちゃんとは話せないの? あっちからは幽霊みたく『見えない』とか?」
「ええ。まぁ元から関わるつもりなど無かったのですけど。宿を出た者など、どうでもいいですわ」
「そんなドライな人ならこんな現地まで来ないっしょや」
「……わたくしが渡したモノで問題を起こされて放置は、寝覚めが悪いですからね」
「素直じゃないなぁ」
少なくとも、この人は椿ちゃんの異変をすぐに感知した筈だ。
でも、こうして十年以上掛かってしまった。
頼れる相手が居なかったのか、同じマザーハート持ちと僕が干渉したのを好機と見たか。
多分、両方だろう。
「……そも、第一」
せぽねさんは僕を睨め付け、
「女中らを苦しめるかの竜神会なる矮小な組織の目的は、『貴方の母に尽くす事』でしょう?」
「あ、それ言っちゃう」
--竜神会。
トップの男は元々ただの一般日本人だったが、ある日、竜魔王である僕のママンを間近で見てしまい、その存在感に衝撃を受け、受け止めきれず、心が壊れた。
宗教団体を立ち上げ、崇拝対象にするほどに。
以来、ママンへの貢物として、不思議アイテムを製造・蒐集するようになったという。
「いい加減鬱陶しいんで、『消して』下さいません? 依頼料は払いますわ」
「王子(プリンス)たる僕が直々に行ったら喜ばれそうで嫌だなぁ」
「貴方の心情などどうでも宜しい。それとも--【兄】が怖いんですの?」
「あ、それ言っちゃう」
僕が一番言われたく無いセリフだ。
そして真実でもある。
「あれほどプライドの高い貴方の母グラヴィが竜神会などというヒトの組織を見逃しているのも、全ては貴方の兄【恵(めぐむ)】の意向というではありませんか」
「らしいねぇ。なんやかんやでママンはお兄に甘いから」
「その寵が、竜神会を利用し呪具を集めさせている。ーーあの男は、一体『何を企んで』いますの?」
「さぁ」
本当に分からない。
「昔から何か目的があって動いてるっぽいけど、ママンや肉親同様の魔王軍にすら隠し通せてるからね。あれだけの力もあって欲しい物は実力で何でも手に入れられるあの人が企んでる事なんて、よっぽど凄い計画なんだろうさ」
興味はあるけど『昔と違って』、関わろうとは思わない。
「というか、竜神会なんてお兄の中じゃあ幾つもある駒の一つでしょ。それはお兄と親交のあるっぽい、せぽねさんも解ってる筈。ま、椿ちゃんにも言ったけど、もし竜神会がちょっかい掛けて来たら容赦なく潰すから安心して」
所詮、人間を捨てた『程度』の連中。
ナチュラルボーンドラゴン(生まれながらの特別)たる僕の敵には成り得ない。
「口だけなら何ともでも言えますわね。場合によっては寵とグラヴィ、ひいては魔王軍と敵対するかもしれないのに」
「知ってるだろうけど、僕だってお兄と同じくママンの息子なんだよ? そりゃあ魔王軍に愛されて育ったし、今でも実家に帰れば手厚く歓迎してくれるだろうさ」
「竜神会を潰した所でお咎めなし、と?」
「知ってる? 僕はそんなやママンやお兄や魔王軍が大嫌いなんだぜ?」
「……要領を得ませんわね」
「色々確執があってね。どのくらい嫌いかと言うと、戦力が整い次第実家に赴いて『壊滅させる』つもりなくらい嫌い」
「……昔、子供の頃の貴方を一度見た時は、貴方も周りも、純粋な愛で溢れていたように見えていたのですがね」
「見られてたんだ、恥ずかしい。まぁ、何も疑わない馬鹿な子供だったんだよ。せぽねさんも知ってるでしょ? 愛は大きいほど、裏切られた時、そのまま憎悪に変換されるって」
辱められた自尊心(プライド)は、彼らの存在をこの世から消し去る事で取り戻さないとね。
そこはやはり、僕もあの我儘な竜の息子って事だ。
魔王や魔王軍が、息子に滅ぼされる。
ある意味王道のシナリオじゃないか。
「……ま、わたくしからすれば目の上のたんこぶだった魔王一派が消えるのは悪い話ではないですわね」
「利害は一致してるようだね。なら、これからも仲良くして欲しいな☆」
「これからも何も今だって仲良くは無いでしょう」
踵を返すせぽねさん。
「もういいの?」
「目的は果たせましたので。ーーああ、そうそう。言うつもりは無かったのですが、一応」
せぽねさんは振り返らず、
「かねこりの館を作ったのは、貴方の兄、ですので」
「そう」
驚きは少なかった。
確かに、あの袴とか中の世界観は、お兄の趣味っぽい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます