二章 16 【EP1】

【EP1】


「ちょっと姉さん……ハシャギすぎ……」


「わはー! 気持ち良いですよー瓏さんっ! そこの二人もこっち来て遊びましょう!」

「ど、どうする? 『マカロンちゃん』」

「……まぁ、いいんじゃねぇか? 『シフォン』」

「ふぅ」

僕はビーチチェアに座りながら空を眺める。

青い空、白い雲、8つの豊満なオッパイ。

俗に言う水着回である。


――話は昨日まで遡る。


冥府の蓋パカ騒動も終え、事務所でグータラしていた平日の昼過ぎだ。

プルルルル!

……はぁ、電話か。

プライベートと兼用してるスマホだけど、最近じゃ仕事のしか来ないな。

いや。

最近じゃわざわざ『声聞きたいから』なんて理由で電話してくる暇人も居るけど。

「(ピッ)はぁい」

「瓏。仕事の依頼」

「だよねー。てかナヨさん。そろそろ電話じゃなくてメッセージアプリかなんかで依頼して来てよ」

「そういうの面倒くさい」

「携帯のお店に行って老人に混ざって講座受けて来いよぉ」

「それで仕事の内容だけど」

「嫌な事から逃げるのは悪い癖だぞ。はぁ……で?」

探偵事務所としてはそろそろ血生臭い依頼を請け負いたい所だけど。

「瓏にはとある孤島に行って貰いたい」

「ほう」

ソファーで寝転んでいた僕は、ムクリと体を起こした。

「いいね、孤島、ワクワクする舞台だ。依頼人や依頼内容は?」

「依頼は差出人不明の手紙で、内容は『探し物』。それを持って帰ってナヨに渡して」

「んー? 意味不明だね。孤島に行って宝探しするのはいいけど、その依頼主は何がしたいのやら」

「ナヨはその探し物にしか興味が無い」

「ホイホイ島に行った僕がまんまと捕らえられて危険な目にあっても良いっていうの?」

「そういう過激な展開を待ってるんでしょ」

「せやね」

探偵がいる場所では事件が起こらねばならない。

探偵は死神でなければならない。

「で、依頼の品は?」

ボソリと告げたナヨさんの言葉に、僕は首を傾げて、

「それって、何が出来るアイテムなの?」

「やりようによっては『一瞬で国を一つ消せる』」

「いいね」

依頼を快諾した僕は電話を切り、ギシリとソファーに背を預けた。

基本、これが普段の仕事受注の流れ。

受付自体はホームページや電話からでも問題無いのだが、今の所、僕の独断で請け負った仕事は皆無。

そもそも、この探偵事務所は『知名度が無い』。

低い、ではなく、無い。

客には『全ての可能性に裏切られ藁にもすがる思いにならないとこの事務所を認知出来ない』という条件があり、余程の者でないとまず辿り着けない。

まぁ、つまらない仕事はしたくないという僕のポリシーがあるので、ひっきりなしに電話が鳴るよりは良い……が。

しかし、そこをクリアしてなお、更に『客になる為の選別』があって……


・仕事の報酬は珍しいアイテムのみ


これが尾を引いている。

僕にはアイテムの価値が分からないし興味も無いので、選別はパトロンであるナヨさんがホームページに載せられた写真等でしているわけだが……

あの人は余程の逸品でないと、食指が動かないのだ。

客が可哀想になるレベルで困った蒐集家である。

……たまにふと。

僕は『何をやってるんだろう?』と冷静になる時がある。

依頼を達成すると、ナヨさんからお金が貰えるわけだが、

別に、お金に困っているわけでもない。

僕の通帳には、事務所を始める前からたんまりと貯蓄があった。

これでもお坊ちゃんなんで。

『なら、なんでそんな仕事を始めるの?』

誰かに訊かれた事がある。

それは、僕自身もまだハッキリと言葉に出来ない感情なのだけれど。

多分――


「(ガチャン!)たっだいまでーす!」


シリアスモードを吹き飛ばす明るくうるさい声。

田道間クノミ(制服バージョン)である。

「おじゃまー。入るわよ」

後に続くように入り口を潜って来たのは、クノミの妹、モリちゃん。

「いやー今日も暑いですねぇ! 雪山が恋しいですっ。はぁ、クーラー涼しー(服パタパタ)」

「冷蔵庫開けるわよ。(ガチャ、トン、コポポ)んっ、んっ……はぁ。ルイボスティーうま」

「お前ら何寛いでんねん帰れや」

「帰れー? ここが私の家ですがー? (パタパタ)」

「お、ダブルソーダあるじゃん、なつかしー。(パキッ)はいお姉、半分」

「ありがとー」

「なんて厚かましい姉妹なんだ」

僕は退去要請を諦め天を仰いだ。


――見ての通り、クノミは今、高校に通っている。


コスプレではなく、モノホンの制服。

近くにある有名進学校のセーラー服。

普通なら復学? には色々と手順があるっぽいけど、『様々な力』が働いた結果、あっさり入学出来たようだ。

学力自体はかねこりでやっていた勉強のお陰で問題無いらしいし。

着々と、彼女はこの世界へと馴染み始めた。

妹のモリちゃんは元依頼人の癖にヒトの事務所に馴染みすぎだが。

「ふふ、明日から土日ですねー。瓏さんとなにしましょーどこ行きましょー」

「ちょっとお姉、週末は家に帰る約束でしょ?」

「えー。でも学校のせいで一日中ここでダラダラ出来てないしぃ」

「別にここに居てもいいけど僕は留守にするよ?」

「えっ?」

バッと勢い良く僕を見るクノミ。

「さっきナヨさんから仕事の依頼を受けてね。土日はその案件で留守にするよ?」

「私も行きます!」

「「ダメ」」

僕とモリちゃんの声がハモる。

「何があるか分からないから足手纏いはいらん」

「ロクでもない瓏の行く場所とかロクな目に合わなそうだしこれ以上心労増やさないで」

「ふ、二人とも酷いですっ、息を合わせてっ、仲良しさんですかっ」

クノミは半泣きだ。

「いやー楽しみだなぁ孤島。きっと殺人事件でも起きて双子の姉妹の首入れ替えトリックとかあったりするぞぉ」

「それ私達姉妹の前で言わないでよ」

「むぅ……そ、そうだっ! 島に行くなら海で遊べるじゃないですか! ねっ! モリちゃん!」

「いや、私は海とかあまり好きじゃないし」

「ふぅむ……モリちゃんの水着か……それが見られると言うなら」

「モリちゃん! ここで頷かなければ姉妹の縁を切ります!」

「どんな脅し文句よ! ちょっと瓏っ」

「へいへい。兎に角諦めて家にカエレ」

その後も数時間ギャーギャー粘って僕にしがみ付いていたクノミだったが、最終的にモリちゃんに引っ張られて帰って行った。

やっと一人になれた。

久しぶりの一人。

いや、あの子が学校に行ってる間は基本一人だけど、それでもこの土日の仕事の間は一人の時間が増えるだろう。

いやぁ静かだなぁ。

……


さ、寂しくなんてないんだからねっ。

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