17 【EP2】
【EP2】
翌朝、僕は港に居た。
雲一つない快晴。
朝からじくりと暑くジワリと背中に汗がにじむ。
250のバイクを駐車場に止め、バイクから降りると、背後から声を掛けられる。
「おはようございます瓏さんっ」
頭痛が痛い(重言とは思わない派)。
振り返ると、見慣れた彼女が白いワンピ姿でこれでもかと破顔していた。
更にその背後には、疲れた顔色のモリちゃん(格好はTシャツと短めのデニムパンツ)。
大体察した。
「僕が孤島に行くって言ったから張ってたわけね。『一人でも行きます!』って聞かないクノミに仕方なくついて来たと」
「……アンタが孤島に行くとか言うから」
「せやね」
二人はどんな手段でここに来たのだろう?
と思ったら、すぐ近くに車があって、中から一人の女性が降り、こっちに来た。
「お久しぶりです。娘がいつもお世話になって……」
「はぁ、どうも」
痩せ気味だが、整った容姿の綺麗な女性だ。
姉妹の母親で、顔合わせはこれで二回目。
初対面の時はひたすら頭を下げられた記憶。
あの時よりは顔色も良くなって少し肉も付いている気がする。
「これ、つまらないものですが、お仕事中にでも摘んで頂ければ……」
「アッハイ」
ずしりと重い重箱だ。
重箱って重い箱って意味だったのか。
「もうっ、お母さんったら気合入れちゃって! さっ! では行きましょうか瓏さん!」
「いや帰れよ」
「頷かなければ泳いででもついていきますよ!」
「悪いけど諦めて……」
お母さんも申し訳なさそうにペコペコ頭を下げている。
はぁ、しゃあない。
「仕事の邪魔したら海に放り投げるぞ」
「わーい!」
そういう事になった。
――船着場まで移動して。
「待ってた」
クイっとサングラスを上げてクルーザーから僕らを見下ろすのは例の【ロリババア】。
「ナヨさん! お久しぶりです!」
「ど、どうも」
挨拶する姉妹にコクリと返すナヨさん。
「なんかこのガキどもも一緒に行きたいって言っててねー。いい?」
「何かあっても瓏が責任取るなら」
「大人ってずるいっ。面倒な事は他人にポイかっ」
「早く乗って」
ゾロゾロと乗り込む僕達。
「迷惑を掛けないようにね」
「分かってるわよ」
「ではお母さんっ、明日戻って来ますんでっ」
出発するクルーザー。
姉妹のママンは、姿が見えなくなるまでこちらに頭を下げ続けていた。
――クルーザーは順調に目的地を目指す。
「わーっ、カモメですよカモメっ。凄いっ、かっぱえびせんに寄って来ますよっ」
めちゃくちゃハシャいでるクノミ。
この分じゃ島に着いた途端、疲れて寝そうだ。
「ありがとね」
「あん?」
いつの間にか隣にいた彼女。
その視線の先は姉。
波風に髪が煽られてか、彼女の表情は窺えない。
「なんだいモリちゃん、藪からスティックに」
「別に。お礼を言ってなかったような気がして気持ち悪かったから」
「そういや言われてねぇな、クソ客め。普段から敬意も感じないし」
「やっぱ言って損したわ」
クスリと、姉のような顔で微笑んで、
「母さんも、見違える程に元気になってくれたわ。私達一家は……あの日から、常に電気が消えていたみたいな状態だったから」
「それは良かった。普通ならこんな救済は無いからね」
「そうね……私達はズルをした。物語だったら、凄惨な結末が待ってるでしょうね」
けれど、モリちゃんの顔には恐怖など一切窺えなくて。
「ま、後悔なんて無いけど」
なんとも、達観した子だ。
「意外とポエミーなんだね。高二病ってやつ?」
「まだ高一なんですけど」
「何故だが哀れみの感情が湧いて来たよ。モリや、学校は楽しいかい? 友達はいるのかい?」
「誰よアンタは」
「むっ! 学校の話題ですかっ。学校でのモリちゃんの話しますか!?」
「したら姉さんだろうとぶっ飛ばすわよ」
「この子私が学校に来る前は誰ともつるまない陰のあるクールビューティーキャラとして男女問わず密かにモテモテだったらしいですよ!」
「ヒュー。どうやらそのイメージは姉の出現で崩れたらしいね」
「はいっ。でも今は姉を介護するキャラとして別の意味で」
「二人ともクルーザーから突き落とされたい? ……あー、声出したから気持ち悪い。中で横になって来る」
そう言って、モリちゃんは逃げた。
「あの子、昔から朝弱いんですよねぇ。乗り物酔いもし易いし」
「それでもついて来るなんて姉思いの良い子だねぇ。いや、君が来ようとしなきゃ彼女は苦労しなかったんだが」
「はぁ……」
クノミは感慨深そうに息を吐き、クルーザーに寄りかかって海を見つめながら、
「幸せですねぇ」
「君はね」
「ふふ、全て、あの日、瓏さんがやって来てくれたお陰です。かねこりの館時代も楽しかったですけどね」
「ま、仕事だったし」
「だからこそ」
「ん?」
クノミは、少し節目がちになり、
「私はこんなに幸せでいいのでしょうか?」
「何? 哲学的なアレ?」
僕の返しには答えず、
「こんなに幸せで、ハッピーエンドで……でも、同時に罪悪感もあるんです。館のみんなを差し置いて、一人だけ、恵まれ過ぎじゃ無いかって」
「ふーん。君もそういう真面目な事考えるんだね」
しかしそれは『余計なお世話』というやつで。
「言ったろ、君はただ『前借り』してるだけだって。君より先に行ったお姉様達にだって幸せは約束されてるんだ。せぽねさんが、他の子を差し置いて君にだけ優遇すると思うかい?」
「それは……無い筈です。あの人は平等に厳しく、優しいみんなのお母さんでしたから」
「なら、その心配は不要ってもんだ。これ以上は女将さんを疑うって事になるからね」
「……ですね。……(パチンッ)はい! 切り替えましょう!」
「僕も叩いてあげるよ(パチンッ)」
「ありがとうございます!」
完璧に納得出来たような感じではないが、まぁ、『答え』が見つけづらい問題なのも確か。
この先も背負って行くしこり。
簡単な話、手取り早いのはこの子から『かねこりの館の記憶を消す事』だ。
実際、他のお姉様方は転生した際に当時の記憶は無いわけだし。
クノミだけが転生もせずにこっちに戻れた事で、こうして歪な形になってしまった。
僕の力を使えば、記憶の除去は簡単だ。
まぁ……本人は絶対に断るだろうな。
「そろそろ着く」
ナヨさんの声で顔を上げると、向こうの方に小さく島が見え始めた。
どんな物語が待っている事やら。
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