15 【EP 10】

【EP 10】


「暑っ! 外が暑いです! え? いま夏だから? 雪! 雪が恋しいです!」

…………

「はぇー、スーパーの中は涼しいですねー。袴脱げって? 嫌です! トレードマークなんです! どこに行っても私はかねこりの女中なんです!」

…………

「かき氷! あの世界では食べる機会などそりゃあ有りませんでしたっ。んー、あはぁ! なんだか懐かしい痛みっ」

…………

「かに! 手巻きすし! ステーキ! おめでたい日なので豪勢ですねぇ! スパークリングは無いんですかっ」

…………


食事も終わって。

「んふーっ」

人の事務所の床でゴロゴロし出すクノミちゃん。

妹のモリちゃんはご飯時まで交渉を粘っていたが、『もう知らないっ』と根負けしてさっき帰った。

また明日来るだろうから『次は店の和菓子お願いね』と頼んだら『知るかっ』と余計機嫌を悪くした。

恩人に対する態度じゃない。

「はぁ……改めて……瓏さんの香りで満ちたお部屋……最高ですっ」

「気持ち悪いなぁ、帰れよ」

「帰りませんっ(ギュッ)」

「あーつーくーるーしーいー」

ソファーに座る僕に抱きついて来やがった。

クーラーの効いた部屋だけど、人肌はジメっとしてて気持ち悪い。

「瓏さんはここを事務所兼自宅にしてお仕事をなさってるんですねっ。私と同じくらいの年なの、しっかりしててカッコいいですっ」

「せやろー、もっと褒めてええでー」

「よしよしぃ。おや? コレは名刺ですか? 【妃探偵事務所】……きさき?」

「僕の苗字」

「お妃様! ピッタリです! 王でも王子でも姫でもなく、妃という上品で高貴なイメージがっ」

「いや、ママンの名前は【グラヴィ・ドラゴ・クイーン】なんだけど、こっちの世界に来てから使ってる苗字が何故か妃なんだよね。女王(魔王)でシングルマザーなのに」

「語呂がいいじゃないですかっ」

「まーね」

あ、そういやママンの真名は魔王軍以外が知ったら色々ヤバいんだった。

まぁ、どうにでもなるか。

「探偵……という事は、殺人事件を解決したり、尾行したり?」

「今の所人探しばっかだなー。まぁ『何でも屋』みたいなもん。『興信所』とは書きたくなくって」

「探偵、の方が響きがカッコいいですもんねー。いつか一緒に殺人現場に立ち会ってスパッと解決する姿をこの目で見たいですっ」

「孤島に別荘あるお金持ちの依頼主に招待されればワンチャンあるかもねー」

僕が本気で捜査したらすぐに犯人見つかってつまらない物語になりそうだけど。

「にしても、キッチン一体型ワンルーム……かねこりの部屋と同じ構造ですねぇ。この構造なら毎日お世話してる気分になれて最高ですっ」

「毎日いるつもりかよ、流石に明日は帰れよ」

「分かってますよー。ついて来て下さいね?」

「一人で行けよー」

「緊張するんですよぉ」

家族なのにどこに緊張するの要素が……と考えて、ふと。

「考えたら肉親との時間よりかねこりに居た時間のが長いのか。せぽねさんの方が親しいまである」

「そうなんですよぉ。居なくなった私が現れたらどんなリアクションを取られるかとか、どんな顔されるかとか……嬉しい方面でも親の泣き顔見たくありませんねぇ。それに、なにより」

「周りに誰も知り合いがいない、浦島太郎状態みたいなものだから、心細いと」

「っ! 流石は瓏さんっ、私の事お見通しですねっ。この相性ピッタリっぷりは運命感じちゃいますっ(グググッ)」

「ええい一々体を寄せてくるな、こんなん少し考えれば誰でも分かるわいっ」

「謙遜しないでいいですよぉ」

「なんで謙遜して貰えると思ったんだコイツは。僕が行ったら行ったで変な詮索されそうで面倒い」

「何も話さなくていいですからっ。側にいてくれるだけでっ。あ、グラスのお茶が空になりましたねっ。注ぎますっ」

露骨に媚び出すクノミちゃん。

僕はコクリとお茶を一口飲み、

「いいかい? 無知な女の子だろうが元死人だろうがもう甘やかさねーからな? これから君はこっちの世界の住人だ。一人でもやらなきゃダメな事は山ほどある」

「んー、でも瓏さんがいれば乗り越えられますっ」

「僕の言う意味解ってないな。今後学校だって、通うだろ? 色んな人と触れ合う機会だって増える」

「あー、学校ですかー。憧れはありましたがこんな状況になってみると面倒くさくなって来ますねー、勉強とか」

「そこんとこは親御さんと相談しな。小卒でも中卒でもない子が高校入るって色々手続きめんどそうだけど」

「えー、考えたら瓏さんはガッコ、どうしてるんですか? まだ通うお年頃ですよね?」

「僕は行った事ないなー。はなっからお金稼げるスキルもコネも持ってたからねー。学校って、ようは将来の金稼ぎのスキル培う場所でしょー? 天才には無駄無駄ー」

「むぅ……で、でもお友達はお金には変えられない糧になる筈ですっ。かねこりの館のみんなは親友……いえ、姉妹のようで楽しい事ばかりでしたっ」

「そりゃーあそこはねー、悪意を隔離させた悪者の居ない純度一〇〇パーの優しい世界だからねー。現実は辛い事ばかりさ」

「ふぇぇ……外に出たく無くなりましたぁ……瓏さんも学校一緒に通うなら行きますぅ」

「行くわけねぇだろ。せめて妹ちゃんと同じ高校通えるくらい勉強頑張れ」

「外に出たくないのにぃ……」


――それから。

狭い風呂を(突撃され結果的に)二人で入り、歯磨きも(僕のを使いまわされて)済ませて――


「もー。シングルベッドだからせーまーいー」

真夏の夜。

日中に比べて涼しくはあるが狭い部屋にもう一人増えればその分室温も上がるわけで。

「むふっ、狭い方が体温を感じられますぅ」

人のシャツも勝手に寝巻きにしやがって。

「雪山ちゃうねんぞ。てかおめー客なんだから気遣ってソファーに行けよー」

「瓏さんがソファーに行くなら私も行きますよっ」

「寄生生物め……仕方ない。良い機会だから奮発してクイーンサイズに変えるか(妃だけに。いやだけにじゃねぇな)」

「狭い方が良いのに……まぁどちらにしろ密着距離は変わらないんですがねっ」

「真ん中にデカイぬいぐるみ置いて仕切ってやる」

「抱き枕が欲しいなら私がなりますからっ」


話が通じねぇな、いい、もう寝る。

デジャビュを感じる流れだが、今回も相手に背中を向けてゴロン。


「もー、こんなに良い物件もないですよぉ? 炊事洗濯お掃除お風呂の世話から寝る前のマッサージまで付いてお値段なんと無料ですよぉ?」

「一人暮らしだからそこまで困らないんだよなぁ……寧ろ二人に増えた分仕事が増えるまである。というか君は、もっと僕に対して敬意をあらわして欲しいね」

「えー、これ以上無いほどお慕い申し上げてますのにぃ」

ツンツンと背中をつつくクノミちゃんから距離を離しつつ、

「そういうとこやぞ。いいかい? 本来、僕はビジネスと買い物の時以外はおいそれと一般人が会話出来る存在じゃないんだぞ?」

「と、いうと?」

「宿泊してた時も言ったけど、僕が(魔王を母に持つ魔族の)王子様ってのには納得してくれたかい?」

「こんな(死人が生き返るファンタジーな)状況になれば信じざるを得ませんねー。それに、瓏さんから漏れ出る高貴なオーラは王族と言われれば納得しますっ。今度瓏さんのお母様に挨拶させて下さいっ」

「女連れで帰ったら君がママンぶち殺されて死人に逆戻りになるわい。まぁそんな生物として高位の存在たる僕だけど、『世界から付与された因果』も物凄い数値なわけで」

「むぅ……何が何やら……」

「まーそんな難しい話でも無い」

僕はゴロンも仰向けになって天井を見つめ、宙に数字を描くように指を動かしながら、

「考えてもみなよ。そんな僕に一般人たる君が助けて貰えてこうして添い寝イベントまでして貰える確率ってやつを。君は凡ゆる奇跡を経て僕と出逢えた。運が良いってレベルを越えてる」

「瓏さんの凄さは本能的に分かっていたつもりですが、そんなに凄いんですか?」


「考えてみて。

世界を転々としてるミガワリックマが君を選んだ確率、

凡ゆる時代凡ゆる国の不幸な早世少女が定員もそう多くないかねこりの館に招かれる確率、

そして僕が迎えに来る確率……これらを合わせたら?」


「な、なんだか凄い確率になりそうです……確かに運が良いってレベルじゃないのでは」

「数字にしてざっと、『十の四万乗分の一』……宇宙に生命が偶然生まれるのと同じくらい」

「す、スケールが大きすぎて余計解りません……」

「この数式を出した博士が、コレを例えるなら『廃材置き場に突風が発生して浮き上がった廃材がぶつかり合って飛行機が出来上がる』そんな確率だと」

「まず起こり得ないゼロパーセントの話というのが解りました」

正確には僕らの奇跡はこの確率よりもっと低いんだけど。

「瓏さんが神様か何かに見えて来ました……」

「そう思っても結構よ。逆説的に、『僕と会える』という宝くじ当選にはそこまでする必要があって、君は見事当選した。無自覚にね」

「一度死ぬくらいじゃ無いと瓏さんと仲良くなれないんですねぇ」

「一度死んだ『くらい』じゃ普通添い寝できないよ、僕とは」

「ふふ……ならば納得の達成感幸福感満足感ですぅ」

幸福、ね。

見方を変えれば、これは天中殺レベルの大不幸だ。

僕に逢う為だけに、彼女は死に、家族などの周りも不幸になったとも言える。

妃の者と関わった者は、例外無く地獄を見る。

その地獄は相手の捉え方次第ではあるけれど……もしこれが僕じゃなく、僕の上位互換たるお兄との出逢いだったなら、もっと楽しい『地獄』が約束されていただろうに。

なんて不幸な子。


――ピトリ。


「うふふ……」

こちらが離れても、磁石のように何度もくっついて来るクノミちゃん。

この行動の意味は、さっきも言ったけれど、愛情と同じくらい孤独が混在しているからで。

本能が、人肌を求めてしまう。

「ここまで来てしまったら、私はもっと本能の赴くがままに愛のままに我儘に……(ハァハァ)なので、このままあの夜の続きを……!」

「復活初日から発情するな」

「体が熱いですぅ……」

「環境の変化で風邪ひいたのかもしれんぞ、今日はゆっくり寝ろ」


そんな感じに倦怠期の旦那みたいな塩対応していると、


プルルルル!!!


あん? こんな時間に電話?

「(ピッ)もしー」

「瓏。あたらしい仕事の依頼」

「えー。別に明日でも良かったっしょやーナヨさん。老人(合法ロリ)なんだから早く寝なよー」

「瓏さん構ってくださいー(ゆさゆさ)」

「ええぃ、通話中だからジッとしてろっ(シュルルッ)」

「ああんっ、タオルケットで拘束するだなんて! 口も塞がモゴモゴ!」

「ふぅ。で、ナヨさん。仕事の内容は?」

「『何故か冥府の蓋が開いた』から死者が逃げる前に塞ぐのを手伝ってほしい、って外部からの依頼」

「また冥府かー」


せぽねさんと早めの再会待ってそう。


嫌な顔されるだろうなぁ。

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