14 【EP9】

【EP9】


「(パチっ)はい戻って来ましたー」


「わっ! ビックリした……」

ソファーから体を起こした僕はアイマスクをおでこまで上げ、ビックリさせてしまった依頼主を見て。

「ただいまっ。いやー、なんだか色んな時系列を行ったり来たりしてた気がするよ。いま何時?」

答えたのは、部屋にいるもう一人の相手。

「まだ昼前。瓏が寝てから数分しか経ってない」

「え? ホントだー。『向こう』じゃ一泊して来たってのに。あ、そーいえばナヨさん、せぽねさんと知り合いだったんだね」

「ん。懐かしい名前」

見た目が黒髪ロングパッツンヘアーの童女なナヨさんは、表情を変えずに懐かしんでいる。

「そ、それで、どうだったの?」

食い気味に訊ねて来るのは、今回の依頼主【田道間たじまモリ】ちゃん。

夏制服姿からも分かるように花のJK。

強気そうな切れ目の美少女だが、『真逆な雰囲気の彼女』の面影もキチンとある。

おっぱいが大きいのもそっくり。

「うん、どうにかなるかもね」

「どうにかって……本当に【姉さん】に会えるの!? いつ!?」

「そう慌てんなって。妹がそんなガツガツしてたらあの子もびっくりするでしょ。『ね、クノミちゃん?』」


「はい?」


「あれ? ここは?」

「ふぅ。何とか成功したか。死人を『呼び出す』のは初めてだったから緊張したわ」

「あっ! 瓏さん! 迎えに来てくれたんですねっ」

「ぷわっ。顔面に乳を押し付けるなっ、流れで押し倒すな暑苦しいっ」

「んふふー」

上機嫌になるクノミちゃん。

ここがどことか周りの事とか現状とか、今はどうでも良さそうだ。

「も……もしかして……ほんとに、お姉?」

「ほえ? あなたは……どこかで……もしかして……モリちゃん?」「お――お姉!」

クノミちゃんに飛び込むモリちゃん。

僕を押し倒してたクノミちゃんにモリちゃんが抱きついた情景をイメージすれば分かるように、あたしゃ二人の下敷きだよ。

二人掛けソファーもギィーギィー悲鳴を上げてるし。

因みに蚊帳の外なナヨさんは我関せずと窓の外をボーッと眺めていた。

「ごめん! ごめんお姉! ずっと謝りたかったの! わ、私の所為でお姉が……!」

「おーよしよし、落ち着いてモリちゃん。ゆっくりでいいよ」

「姉妹で募る話もあるだろう、僕は少し席を外して(グリグリと体を動かして下から脱出しようとしてる図)」

「おっと行かせませんよ瓏さんっ、ここにいて下さい!」

「もー、僕の仕事は終わったんだから休ませてよー」

まぁいいや。

このまま女の子二人を漬物石にして漬かってよう。

「あれ? そこにあるクマのぬいぐるみ……」

「(グスッ)そう……全部、あの呪われたぬいぐるみがあったから、お姉は……」

「それは違う」

突然ヌッとぬいぐるみ片手に話に参加して来たナヨさんに、女の子二人はビクッとなった。

「えっと……瓏さん、このお嬢さんは?」

「その人はナヨさん。せぽねさんのお友達だよ」

「女将さんの! では私のお友達も同然です!」

「君をここに召喚サモンするのに協力もしてくれた」

「恩人に格上げしました!」

「この【ミガワリックマ】は決して不幸を呼ぶ代物じゃない。これが現れたのは百年前」

「ナヨさんマイペースに解説始めようとしないでよ。そもこの姉妹とクマのエピソードを先に聞かない事にはさぁ」

「モリちゃん、お願い出来る? 私はもう何があったか忘れちゃって」

「……あまり話したい昔話じゃないけど」


それは十数年前のある日の事。

幼き田道間姉妹が仲良くお散歩していると、姉のクノミがゴミ置き場でクマのヌイグルミを見つけた。

薄汚れたそのクマのヌイグルミはしかしどこか生々しい質感で生きてる様にも見えて。

不気味がった妹のモリはすぐにその場を離れたがったが、姉は『さびしそうだから』と手に取って持ち帰ってしまう。(※窃盗罪)

それからというもの、クノミには『不幸』が付き纏い始めた。

植木鉢が落ちてきたり……

風邪で数日寝込んで生死の境を彷徨ったり……

誘拐されそうになったり……

モリは『ヌイグルミが原因だ』と何度も捨てる事を勧め、時にはこっそりゴミ置き場に捨てたりしたが……次の日には当たり前のようにクノミの枕の横に戻っていた。

そして、やって来た運命の日。

その日は雲一つ無い晴天の休日で。

姉妹はショッピングモールで楽しむ予定だった。

もし、『駐車場で暴走した車』などなければ、予定通りに楽しめた筈だった。


「お、お姉は……私を庇って……その車に……(グスッ)」

「あー、なんか思い出したかも。確かにあの頃は『目覚まし鳴らなかったり』、『テストの成績悪かったり』、『おもらししたり』災難だったなぁ……こ、これが呪いッ」

「お姉……」

地味な呪いもあるもんだ。

「それこそが勘違い。彼女はこのミガワリックマに『護られて』いた」

「ほぅ、どういうことだいナヨさん?」

「調べた所、その時期に彼女は『とある組織に魂を狙われて』いた」

「「魂!?」」

驚く姉妹。

確かに……命を狙うならまだ分かる(分からない)けど、魂とは。

『こっちサイド』のファンタジーな話の流れになって来たな。

「どういう理由でクノミちゃんは狙われて?」

「それは調査中。しかし彼女が危険な目に遭ったのもその組織が原因なのは明らか」

「はえー。確かに、逆に考えたらいつもギリギリで助かってたって事ですよねー。それがこのクマさんのお陰だとは……感謝しないとですっ(なでなで)」

「……(ンフー)」

「お、お姉! それクマじゃなくてナヨさんだからっ」

「あれま、うっかり」

「で、でも、その話に納得出来ない部分があるわっ。そのクマがほんとに護ってくれてたんなら、どうしてあの日、お姉は車に轢かれて命を落としたのっ?」

そう。

結局、クノミちゃんは死んだ。

これで護ったと言えるのだろうか。

「彼女の死体に『損傷』はあった?」

「え……? そ、そういえば……あんなに凄い衝突音だったのに……眠ったように……」

「魂も、すぐに冥界へと送られた。結局、組織は当初の目的を達成出来なかった。全ての不幸を、ミガワリックマが身代わった」

「まぁ、組織の目的は、ね。でも死んでるぢゃん?」

「でも、今はこうして『戻って来て』る」

……ん?

「まさかそのミガワリックマ、僕がかねこりの館に行くとこまで『想定済み』?」

頷くナヨさん。

それは、何という遠回りな身代わりだ。

「てか僕レベルまで手駒にするなんて、この子何気に『封印級』じゃない? 僕、『呪い耐性』とか『魔法耐性』あるのに」

「そう。組織はこのミガワリックマも狙ってた」

「す、凄いですっ。私はある意味、この子のお陰で瓏さんと出逢えたんですねっ(なでなで!)」

「……(ンフー)」

「だ、だからそれナヨさん! てゆうか、さっきから冥界だの、かねこりの館だのってなんの話?」

掻い摘んで、死後世界での十年の話を妹にするクノミちゃん。

およそ信じられない話だが、一般ピーポーが今日一日で色んな不思議を体験したんだ、受け入れるしかないだろう。

「それで昨日瓏さんがやって来て! 運命の出逢いを! (ふんすふんす!)」

「クノミちゃん、それから先の話はやめときな。成人指定になるから」

「それもそーですねっ」

「アンタお姉に何したの!?」

「……にしても、不思議なクマさんですねー。どうしてこんなに優しい子が、ゴミ置き場に?」

「ミガワリックマは役目を終えれば自然と離れて行って、次の主の元に現れる。原点を辿った時、元の持ち主は『百年前のイギリスの双子姉妹』だった」

ナヨさんのお店にはこんな不思議アイテムが沢山あるけれど、大抵元は普通のおもちゃだったりする。

それに、持ち主の思いやら魂やらが移って不思議アイテムとなるのだ。

にしても……双子の姉妹、ね。

あの姉妹を思い出すなぁ。

それはクノミちゃんも同じだったようで、

「シフォンちゃんとマカロンちゃんを思い出しますねぇ。……ですよね。という事は、お姉様もおチビちゃん達も、既に亡くなってる方々なんですよね」

シュンとした表情になる彼女。

「そ、そうですっ。瓏さんとナヨさんならみんなをっ」

「クノミちゃん」

「……すいません」

僕の呼び掛けですぐにしょげる辺り、彼女も無茶なことを言ってると理解してるのだろう。

「今回はかねこりの館のルールに則って進めた。多少、瓏の力を使ってルールの隅を突いたやり方だけど。『その望み』、やろうと思えばナヨと瓏で出来なくもない。どうする」

「……それで、みんな幸せになれるのでしょうか?」

「ならない。かねこりの館の製作者はかなり『性格悪い』から、ルールを脱した者に容赦はしない。それに、『せぽねが敵になる』」

「だ、ダメです! みんなには幸せになって貰いたいし、女将さんに嫌われたくありませんっ」

「別に、今のせぽねなら普通に倒せるけど」

「ダメですっ」

「クノミちゃん、この人あまり冗談通じないからお願い事はしない方がいいよ」

無表情だし何考えてるか分かんないし。

クルリ――唐突に、ナヨさんは体の向きを変えて、

「じゃあナヨは帰る。瓏、コレの引き取り代金は後で振り込んどく」

「悪いね」

「そのミガワリックマさん……持って行くんですか?」

今となっては名残惜しさすらあるだろうヌイグルミ。

モリちゃんも複雑な表情で見ていた。

「持って帰る。多分、気付いたらまたどっかに行ってるだろうけど」

制御出来ない人形の回収に意味はあるのだろうか。

僕は仕事代貰えるからどうでもいいけど、相変わらず変な人やなナヨさんは。

「さ、最後に! 抱っこしても、いいですか?」

「ん」

スッと差し出すクマを受け取り、小汚さなどお構いなく力強くギュッとして、

「ありがとうございます……貴方のお陰で……(グスッ)幸せを手に出来ました……」

「……ごめんね、疑ったりして」

姉妹に感謝されるミガワリックマはどこか笑ってるように見えた。

「瓏」

「ん? なに、ナヨさん」

「彼女が戻ってきた事で、再び組織が動く可能性がある。頭の隅に入れといて」

「そこは僕の『敵』になれそう?」

「ならない」

「つまんねー、物語が始まんねー」

強すぎる母から生まれた僕は当然ナチュラルボーンチートドラゴン。

味方の魔王軍には僕以上ばかりだが、こと敵となると満足出来た相手は皆無で。

僕みたいに魔法を使えない落ちこぼれでも、持って生まれたフィジカルでどうにかなってしまうのが現状だ。

「じゃ」

クマを返して貰いトコトコ帰って行くナヨさんに、「ありがとうございました!」「(ペコリ)」姉妹も挨拶し……ガチャリ、事務所のドアが閉まった。

部屋に居るのは僕と姉妹だけに。

「じゃあ、姉さん、そろそろ……母さんもビックリするわよ」

「あー、そうだよね。第一声は『うらめしやー』にしようか?」

「お化けとして帰って来ても喜ぶと思うけど……まぁ驚きが先でしょうね」

「現実的な話、戸籍とかどうなるのかな? 『復活したので』なんて理由、役所で受理されるかな?」

「……そんなのはおいおいでいいから。行くわよ」

「うんっ。お母さんに『よろしく言っておいてね!』」

「うん……、……うん?」

あー、今ってまだ昼過ぎか。

どっか外食行こうかな。

「え? これから一緒に帰るわよね?」

「明日辺りに少し帰ってチラッとお母さんに顔は見せるよ?」

「はぁ? 明日までどこにいるつもりよっ」

「そんなのは当然『ココ』だよ! 明日までどころかズーッとね! 私は瓏さん『専属の女中』なんだから!」

「意味分かんないんだけど!? ちょっと! 貴方も何か言ってよ!」

「んー? なにー? てかいつまで居るのよ?」

「ほら! 家主もこう言ってるわよ!」

「瓏さん! 約束しましたよね! お世話するって! ここに居ても良いですよね!?」

「は? もう全部片付いたんだから帰れよ」

「ね!」

「ヤです! かーえーりーまーせーんー!!」


――二対一の攻防戦の末、勝利したのは……

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