13 【EP7】

【EP7】


んー……もう驚かないよ。


で、今の状況だっけ?

今はクノミちゃんと超エキサイティンした後だよ。

そのクノミちゃんを一人ベッドに残して、僕は今、玄関ホールに居る。

さっきからチョイチョイ感じていた『揺れ』。

アレの正体が気になる。

クノミちゃんは雪崩が何かだと信じて疑わなかったけど……引っ掛かるものがあった。

根拠は無く、ただの勘だ。

僕の勘はよく当たる。

玄関の扉は……ガチャガチャ……開かない。

恐らく、女将さん以外開けられない内鍵。

まぁこんな時間に外に出るのは危険だからな。

ここの女の子はそれを『疑う事すら』なかったろう。


「『行ってきます』」


ガチャリ――鍵が開いた。

ヒュウウウウ すぐに寒い風が玄関ホールに舞い込んだので外に出る。

……さて、と。

夜というのもあって、一寸先は闇。

更には風雪も強いので、鬱陶しい事この上ない。

「『月が綺麗ですね』」


呟くと、風は止み、雲が晴れ、月が顔を出した。


……あの月は『なんなのだろう?』 深くは考えないようにする。

で、視界は良くなったわけだが、僕の目的は散歩ではない。

「んー……この辺、かなぁ?」

少し歩き、何となく立ち止まった場所に違和感を覚えた。

洋館の裏側。

その先にはまっさらな雪原と奥の雪山しか見えなかったが……。


「『みーつけた』」


瞬間。

目の前の空間がグニャリと歪み――真実の光景を露呈させた。


雪原ステージなのは変わらない。

しかし、一点だけ、先程は居なかった存在が10メートルほど先にポツンと立っていて。

【黒い着物】は、この闇の中でも良く映える。

「こんばんは」

「はい? ……ああ。こんばんは、です。こんな夜更けにどうされたのでしょう?」

一瞬、驚いた様に目を見開くも、すぐに平静に。

元々、僕に対し『思う所』があったのかもしれない。

「雪崩の様子を見に行くっていう女将さんの事が気になって。大丈夫そうですか?」

「雪崩? あー、そうですわね。今晩は荒れている感じですわ」

言いながら、せぽねさんは奥の雪山の方に顔を向ける


――ズシンッ ズシンッ


振動は、こちらまで伝わってくる。

雪崩、というのは、せぽねさんが女中達を安心させる為の方便で。

実際は【アレ】が原因だった。

「アレ、なんなんすか?」

雪原の中心に流れる川の向こう。

【なにか】が遠くにいる。

水面に工業用油を垂らした様な虹色で半透明。

大きいヤツは山ほどの背丈があり、小さいヤツは僕らと同じくらい。

シルエットも――ツノの生えたヤツ、耳の尖ったヤツ、甲冑を着ているようなヤツなど――様々。

「幽鬼、ですわね。不浄な『死者の亡霊』ですわ。大きな幽鬼はその集合体のようなものです」

「死者? ……んー、ここって有名な心霊スポットか何かで?」

「なにをとぼけて」

せぽねさんは呆れたように目を細めて、


「ここが【ハイドゥー(冥府)】と知っていたでしょう?」


サラッと、ネタバレした。

「ハイドゥー……確か、ギリシャ神話の冥府で、死者の世界、だったか。という事は、あの川はアケロン川すかね? 日本でいう三途の川みたいな。つまり、女将さんことせぽねさんは、あの花の女神で有名な」

「そんな確認は、今はどうでもよろしい。アレは実質『貴方が呼んだ』モノですわ」

「あんな面白い見た目の知り合いは居ないっすねー。……ふむ。整理するに、雪崩だと周りに言い聞かせていた話は実は『幽鬼の襲撃』で、女将さんはその度にヤツらを退けて館を護っていた、と」

「……幽鬼は清純だったり力強い魂を好みますからね。と言っても、これほどの『大軍』はそうそうありませんが」

「あー。つまり、『僕が来たから』ヤツらは誘蛾灯のように集まって来たと」

「間違いないでしょう。清純さに惹かれて、では無さそうですがね」

仕事を増やしやがって、という嫌味を隠さない瞳で睨まれた。

てかもう客として見てねぇな。

やれやれ……ほのぼのイチャラブ物が急にファンタジーになったぜ。

「け、あの有名な冥府の女神たる女将さんならこの程度サラリと片付けられるのでは?」

「……『色々あって』力を殆ど制限している現状です。なので、アレらの相手は少々堪えますわね」

「なら僕も『手伝い』ますわよ。コレも宿泊代として」

言って、僕は地面の雪を両手で救ってコネコネ。

それから、丸めた雪玉を、あの一番でかい的目掛けて――ヒュン!


ゴアアアア!!! ズシーン……


雪玉はダイダラボッチ(巨人)の顔面をズボッと貫通し。

空気が震えるほどの断末魔を上げ、倒れた。

「……、……只者ではないとは思ってましたが。しかし、アレさえ始末すれば、残りの片付けは楽です」

「いや。他のもパパッとやっちゃうっす。しかしなぁ……雪玉たくさん作るのも面倒いし……仕方ない」

僕はスッと右手を頭の高さまで上げ、手をパーにし、前方を見据える。

「貴方、何を……いや、『この感じ』は……まさか?」

しかし、このままヤラレっぱなしで終わる幽鬼らではない。

そりゃあ雪玉貫通しただけであんなフワフワした幽鬼が消滅するわけもなく、更に他の幽鬼と融合し、余計巨大化。

近くの雪山の先端を抉り取り、意趣返しのつもりかこねくりだして特大雪玉に。

あんなのをこっちに投げられたら、かねこりの館ごとペチャンコだろう。

せぽねさんや僕なら潰されても『ノーダメ』だけれど……今、後ろの建物では何も知らぬ女の子達がすやすや眠っているのだ。

させない! 僕が! あの子達を守る! (原因は僕なのには目をつむって)

ブォン!

投げられた特大雪玉。

問題ない。

僕は、ピッチャースイングが如く、思いっきり『爪を振るった』。


直後――

僕の視界の先は一瞬で『更地』になり。

ドッッッ ゴオンッ――――!!!

後から遅れて、雷鳴のような轟音が彼方へと走り去った。


「んー……よし。幽鬼どもはみんな『消し飛んだ』なっ。ついでに積雪も山も川も消えたけど」

ミッションコンプリート。

これで暫くは寄ってこないだろう。

てか流石に、今の音で起きちゃう女中さんも居るんじゃないかしら?

「……、……今のは、もしや『ドラゴンペイン(竜の暴爪)』では?」

あら。

「せぽねさん知ってたんすね。僕の正体」

僕の、というより、僕の『種族』の。

「いえ……そも貴方、『認識をズラす』魔法なり魔具なりを使って、正体を隠してますわね? 今のわたくしでは、どうにも見破れませんわ」

「隠してるってわけじゃないけど、存在感は薄めてるっすよ。この【カラコン】でね」

パチリッ―― 目を瞑り、意識して瞳の色を変えると、せぽねさんはすぐに眉間にシワを寄せ、

「その『黄金の竜眼』……成る程、【時魔王グラヴィ】の血族でしたか」

ママンの名前まで知ってる人は極稀だ、その名を呼んでいいのは近親や魔王軍のみなのに。

「じゃあナヨさんを知ってたり? このカラコンくれた人で僕が一番仲の良い大人」

「……【月の絡繰人形オートマタ】。それもあまり聞きたい名前では無いですわね。と、なると、今回貴方がここに来られたのもアレの手引き……本当に鬱陶しいですわ」

「何があったんだあの人と」

「あの人形と魔王は不倶戴天の間柄なのに、何故貴方が平然としていられるのか……それに、知りうる限り、あの捻くれた竜が作るような血族は一人か二人……貴方、【寵めぐむ】で?」

ドキリとなる心臓。

悟られないよう、平静を装いつつ。

「『お兄』と勘違いして貰うのは光栄の至りだけれど僕はもう一人の影の薄い息子っす」

「どうだか。性格の悪いあの男ならば時魔法で見た目を若くして現れてもおかしくありませんわ。……いえ、それすら、どうでもいいですわね」

館に戻ろうとする女将さんについて行く僕。

「ねーねー。結局、ここって『あの子達にとってどういう所』なの?」

「それを聞いて、どうするのです」

「さっきみんなの前で言ったでしょー。明日クノミちゃんが僕を追ってここを出るって。いつか本人に『ここの役割』を伝える日が来るかもじゃないすか」

「ああ、その件とは別に言いたい事があったのでした」

女将さんは振り返り、僕を睨め付けて、

「今後一切、不用意に、他の女中に近づく様な真似は控えて下さいませ。もうそのような機会は無いでしょうが」

「あーやっぱり。お客さん以外の男が近付くと不味いんすね。でも多分大丈夫すよ。コンタクト付けてたし、あの子達にとって僕はそこまで印象に残ってないと思うし」

「い、い、で、す、わ、ね? ふんっ」

「もぅ、どんどん先に行っちゃってー」


玄関入口まで辿り着いた女将さん。

話せる話題は時間的にもあと一つだろう。

「これは今までの情報を繋ぎ合わせた僕の妄想なんすけど」

僕はそう切り出して――


――かねこりの館。

そこは、フラリとやって来たお客さんを心身共に尽くす癒しの場……ではなく。

女中である少女達を『救済』する為の援けの場。

『ある事』を経験せぬまま、幼い命を落とした少女達。

それは、最も、少女が可愛らしく美しく輝く瞬間……『恋』。

凡ゆる場所、凡ゆる時代から冥府へと導かれた少女は、お姉様達やチビ達に囲まれ、時が止まったようなこの館で花嫁修行を始める。

全ては、ある日訪れるお客さんに尽くす為に。

「お客さんがここに来られる条件は大方『事故後の臨死体験』とか『神隠し』みたいな色んな要素を経てかな。中には普通に『死人』もいるかもしれない」

そこは大した問題ではない。

重要なのは、その後、お世話された女中と再会する事だから。

「お客さんと女中がその後再会出来る場があるとしたら、最短でも『来世』とか。大切なのは、少女が未練を残さぬよう『成仏』する事。合ってる?」

お客さんを追い掛ける事を決意した女中は、この玄関から館を去って行くだろう。

その胸の中を、愛と希望で満たして。


「……はぁー」

女将さんは長く息を吐く。

その反応で、僕の推測は大凡正解だったのだと受け取った。

「結構なヒントは、テレビもネットも新聞もカレンダーも無くて、一昔前のゲームや本しかない点すね。露骨に現代事情を避けてるように見えた」

「別に。他の事に興味を持たれてここを出られたら困るというだけの理由ですわ」

まぁそうなるとコンセプトが崩れちゃうからね。

「んー、あ、そうだ。多分、この晴れは暫く続くと思うから、明日、僕とクノミちゃんがここを歩く時は周りを花で一杯にして下さいよ」

「……何故わたくしが貴方の為に……というか、やはりこの天気は貴方の仕業でしたか。談話室に入った時といい、先ほど結界を通り抜けた時といい……この世界での時魔法の乱用は控えて下さいませ」

「残念ながら、僕は落ちこぼれドラゴンで。三歳から使えた天才のお兄と違って、未だに時魔法が使えないんすよ。その代わり言霊の力で『口にした言葉を現実に』出来るんす。フワッとした言い方でも可」

「ふん……それも、ある意味時魔法の『派生』でしょう。結界も天候も、時間操作でどうにも出来ますからね」

流石は冥界の女王、勘がいい。

まだ謎の多い能力だけど、似たような事をナヨさんも言ってたな。

「それで、クノミに『ここの役割』を教えるだのなんだの言ってましたわね。無駄だと思いますわよ。クノミやここの利用客は『ここでの事は忘れ』ますので」

「ああ、そんなこったろうと。でも、僕やクノミちゃんは例外で覚えてるかもっすよ」

「だとしても。ここを出たクノミが貴方と再会するのはいつになるか分かりませんし。本人に真実を教えても一理もありませんわ。貴方も、ここを出るまで余計な事を吹き込まぬ様に」

全く、この人は。

「女中の子達に対してはホントに優しいっすね。居なくなった後の事まで考えてる。お母さんのようだ」

「嫌味ですの? わたくしは別に、自主的にこんな真似をしているのではありません。『押し付けられて』仕方なく、です。このような奉仕活動、早々に投げ出したいですわ」

そんな投げ槍な気持ちなら、何年も少女らを見守れないだろう。

この人達にとっては、瞬きほどの短い時間かもしれないが。

「では、本当に行きますので。これ以上余計な仕事を増やさないで下さいまし」

「はーい。じゃ、次来る時までゲームキューブくらい用意しといてね」

「もう来させませんわよ」


嫌われたもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る