11 【EP8】

【EP8】


まーた章一つ飛んでるよ。


ベッドのとこまで戻った僕は、ギシリとベッドに上る。

「んー……? 瓏しゃん、どこかに行ってたんでしゅかー?」

「野暮用だよ」

「体冷たーい。えへへ、あっためてあげましゅねー……」

抱き付かれた僕は、素直にそのまま眠りに落ちた。



……ントントン

「んー?」

トントントン

「んー、んー…………はぁ」

夢を見なかったからか、数時間が一瞬で過ぎた感覚。

窓から刺す陽の光。

この世界には朝か夜しか無い。

いや待てよ、今は昼かもしれない。

「あっ、起きましたー?」

包丁の手を止め、こちらにテテテと早足で来るクノミちゃん。

服装は元々の袴に戻ってるので一見昨夜は何も無かった風だが、

そのホッペが少し赤いのは朝の寒さが原因では無いだろう。

朝チュン事後みたいな空気出してんじゃねぇ。

「献立は?」

「シソ入り卵焼きとか大根と椎茸の煮物とか小松菜とじゃこのお浸しとかですっ」

「いーね。味噌汁にはナメコとネギね」

「はいっ」

しかしこうして顎で女を使う姿は今の時代叩かれそうなので、ベッドから下りた僕も浴衣姿のままキッチンに立つ事に。

「いやそこはポーズでも『私がやりますから座ってていいですよー』って一度くらい遠慮しない?」

「しませんっ。瓏さんとの共同作業……えへへ」

「自分で作ったご飯ってワクワク感無いんだよなぁ……味付けは任せるよ」


昨晩同様、息を合わせてテキパキと調理を終わらせーー


「朝食は少し場所を変えて頂きましょう!」

「うん? それはいいけど、ならご飯一式持って行かなきゃ」

「大丈夫、『運んでくれますっ』」


誰が? と訊く前に、手を引っ張られ部屋を出て--


「で、玄関まで来たけど、外に出るの?」

「ハイっ!」

ピクニックをするには少々試される大地過ぎると思うが……ああ、いや、『雪は止んでる』んだった。

玄関を抜けて。

「(ガチャ)ほらっ、見て下さいっ。雪が止んでますっ」

「そうだね。でも残雪はあるし曇り空だしでロケーションもあまり良いとは」

「ふっふっふ。【アレ】を見てもですかっ」

彼女の指差す場所……そこには立派な【かまくら】が。

「はぇー、こんなのいつの間に。雪国出身だけど何年も見てないわ」

「私も、朝起きて窓の外見たら出来てたんですよっ。多分女将さんが作ってくれたんですっ」

「茶目っ気のある人だなぁ」

「さっ、中にドゾドゾッ」

「お邪魔しまーす」

体を屈ませ、入口の穴を抜けると、中は普通に温かい。

外との温度差でそう感じるのもあるだろうが……かまくらの中心には【七輪】が置かれてあり、パチパチと二切れの【鯵の開き】を炙っていた。

……熱でかまくら崩れたり一酸化炭素中毒とか大丈夫かな? まぁ、大丈夫なんだろう。

七輪の手前の座布団(下に防水パッドあり)に座る。

丁度七輪との間にはお膳が置いてあり、その上にさっき僕らが作った朝食が。

ほんと、誰が運んでくれたのやら。

「おや?」

「どしたの?」

「いえ……この小窓からの外の景色……館の裏側にあたる奥の方には『川や山があった』記憶があったのですが……」

「それ別の場所じゃないの?」

「んー、そうかもしれないですねっ。さっ、頂きましょう!」

向かい側に座ったクノミちゃんと手を合わせ、二人きりの朝食が始まる。

食べながらペラペラと一人で喋るクノミちゃんに、僕は「へー」とか「ほー」とか適当に相槌。

彼女は能天気に楽しそうだったけれど……

露骨に、『あの話題』だけは避けていた。


--食後。


部屋に戻り、僕はソファーで横になっていたわけだけど、クノミちゃんは隣でチクチクと何かをやっていて。

「ってそれ僕のスウェットぢゃん」

「はいっ。じっくり眺めて楽しんでたら穴が空いてるのに気付いたんで塞いでるんですっ」

「別にいいのにー。お前はダメージジーンズを勝手に塞ぐおばあちゃんか。因みにそのダメスウェは前に『銃撃喰らって』さぁ」

「ふふ、まるで映画の主人公ですねー」

「すぐに終わりそう?」

「あと一週間はかかりますねー」

「は?」

むんず、と僕はスウェットを掴んで、

「ええい貸せ、僕が直す。ってか直さないでもいい」

「だーめーでーす! 一度気になったら直さないと気がすまないんです! 丁寧にじっくり直させてくーだーさーい!」

「てめぇ! 僕を帰さないつもりだな! 今日帰るんだよ僕は!」

「だーめーでーす! 帰しません!」

「本性現したな雪女めっ」

これ以上引っ張り合いをすると千切れるので手を離すと「ぐえっ」とクノミちゃんが後ろに飛んでソファーに頭をぶつけた。

「全く……君だって分かってるだろうに」

「ぅぅ……なんで帰るんですかぁ……ここに居ればなに不自由なく暮らせるのにぃ」

そのポロポロ溢れる涙は痛みが原因ではないだろう。

「確かに、帰っても僕を待ってるような人なんてそこまでいないけどさ」

「だったら!」

「でも。やっぱり、現代っ子の僕にここは退屈でね。一泊くらいならいいけど。だから……次は君が『こっちに来な』」

「っ!」

僕の言わんとしてる事はすぐに察せるだろう。

「穴の補修したいなら、その時に頼むよ」と僕はスウェットを着て、立ち上がる。

「い、行っちゃうんですかっ? そ、外は吹雪いてるからもうちょっと落ち着いてからでも……せめてお昼を食べてからっ」

「晴れてるみたいよ」

「え?」

窓の外……景色は晴れ渡り、青空が見えていた。

「そ、そんな……晴れてる日なんて殆ど……あ、でも、お姉様が出て行く時も、いつも……」

「ほら。お見送りしてよ」

「ぅー……」

部屋を出る僕に、後ろからトコトコ付いてくるクノミちゃん。

廊下を歩いてる時も特に会話は無く、すぐに玄関ホールへ辿り着いた。

いや、洋館だからロビーかな? どっちでもいいか。

しっかし、本当人居ないな……もっとみんなでお見送りしろよ。

なんか既に玄関の扉は開いてるし。

『はよ帰れ』と言われてる気分だ。

まぁ、『そうだろう』な。

「んじゃあね。楽しかったよ」

「ぅー……ううっ!」

抱きっ。

……、

弱々しい力。

震える手。

首筋に落ちる温かい滴。

「『待ってる』からね」

「っ……」

抱き締める力が弱くなり、僕は前に進む。

もう彼女の顔は見ない。

「……ありがとうっ……ございましたっ」

僕は手を上げてプラプラ振る。

--館の外。

雪も消え快晴のまま。

肌寒さは感じない。

これで『花』でも咲いてたら完璧だったけど。

まるでこの先の道を祝福してるかのように、真っ直ぐ伸びる道がキラキラ輝いている。

視線を感じる。

それも沢山。

僕は振り返らない。


ホラー映画ラスト特有の、窓からみんな見てるパターンだったら怖いから。


↑↓


……行ってしまいました。


初めてのお客さん、初めて二人きりになって仲良くなれた殿方、初めての……。

モヤモヤグルグルと蠢く私の心。

叫び出したい気持ちを抑えつつ、私は部屋に戻ります。

本当は、仕事の後女将さんに報告する事など沢山あるのですが、今はそんな気分になれません。

--客室。

瓏さんと一晩を共にした部屋。

普段は私の私室でもある部屋。

バフンッと、ベッドに倒れ込みます。

……スゥ……ハァ……。

まだこびり付いている、新鮮な、甘く脳の奥が痺れる彼の香り。

あの夢のような時間は、夢じゃなかった証です。

フラッシュバックのように、彼との昨晩の遣り取りが頭の中を走り回って。

身体があつくなったりジクジクとなったりドロドロしたり。

ここまで自分が、世界が変わっちゃうだなんて、想像も出来ませんでした。

いや、話には聞いていましたが、イマイチ実感が無かっただけ。

胸が痛い。

まだ別れてから一時間も経ってないのに、もうこんなに会いたくなってる。

お世話したい。

抱き付きたい、お風呂に入りたい、ご飯食べたい……一緒に寝たい。

このもどかしさは、時間と共にどんどん強くなっていくのでしょうか? それとも薄くなっていく?

ハッキリしているのは……彼がいた痕跡は、確実に消えていく事。

そして、時間と共に、彼の中で私が薄くなっていく事。

それが堪らなく、胸を締め付けます。

--お客さんを追って、かねこりの館を出たお姉様方。

あの人達も、こんな締め付けられる気持ちを味わい、決断した。

誰一人、私の知る限り、私の知るお姉様はここに戻ってきていないし、手紙も連絡も無い。

皆さん、ここが大好きな方々でした。

だから、便りを寄越さない『意味』というものがあるのでしょう。

--おチビちゃん達。

あの子達には、私がされたように、お世話の素晴らしさを伝えたい。

いつか来るその日の為に。

私が焦がれたように、あの子達にも焦がれて欲しい。

毎日やってる花嫁修行は、決して無駄にはならないよと。

「……よし」

私はベッドから体を起こし、部屋を出ます。

持って行くものは何もありません。


--その後……報告する為に、みんなの居る談話室に行った私は、扉を開けた瞬間、驚かされます。

何と、みんなが私の為に『サプライズパーティ』を用意してくれていたのです。

シフォンちゃんとマカロンちゃんの双子姉妹はケーキを作ってくれて。

アリスお姉様と椿お姉様は私の好きな麻婆豆腐や油淋鶏を作ってくれました。

他の仲間達も部屋の飾り付けや自身のお気に入りの小物をくれたりと至れり尽せりで。

……それが、何のパーティーかは誰も言わなかったけれど。

察してくれていたようです。


パーティーが終わり、お昼過ぎ。

私は玄関ホールに居ました。

私以外、誰もおらず、シンと静かなものです。

女将さんへの挨拶も済んでいます。

ただ、一つ、『帰って来たかったら特別に許すから』なんて言っていたのが気になりましたが。

--よし。

相変わらず手ぶらな私。

女将さんから貰った着物用コートだけを羽織って、足を進めます。

空は未だに青空。

行くべき先は陽光で輝きに満ちています。

石畳の道には『花』が咲き乱れ、見送ってくれてるかのよう。

思えば、この道の先がどこに繋がるのか考えた事も行った事もありませんが。

何故か、目的の場所への道だと信じて疑いません。

早く……一秒でも早く、あの人に会いたい。

足取りはどんどんと早くなって行って--


『ね、クノミ?』


聞きたかった声が、いるはずの無いあの人の声が、私を呼んだ気がしました。

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