5
インクの大人な香り。
灯油の田舎っぽい香り。
紙の甘い香り。
そこには、様々な香りが混在していて。
「ここは?」
「図書館ですっ」
「だよね」
本棚は……五つかな。
一般的な学校のヤツほど広くは無い(よく知らない)けど、雰囲気は悪くない。
部屋の中央には灯油のダルマストーブが置かれてあって部屋をジンワリと温めていた。
「少しぐるっと見て良い?」
「どーぞどーぞ」
一つ目の棚……絵本等の児童書や漫画ね、ふんふん
二つ目の棚……ラノベ含む小説ね、ふーん
三つ目の棚……参考書とか専門書とか勉強関連……んー?
と、まぁ適当に見て周って。
「おかえりなさい、何か気になる本はございました?」
「ラインナップがちと古めだね。漫画に関してはラーメン屋の品揃えっぽい。少女漫画もあるけど」
「そーなんですか? 最近女将さんが追加してくれたばかりなんですけど」
「それが新しい本とは限らないって事だね。まぁ、それでも面白い本は多いけど」
本を読むのは嫌いじゃない。
まぁこんなとこに来てまで読書するなんて時間がもったいないとも思うが、これもある意味贅沢か。
タフや幽白などを数冊取ってお洒落な丸テーブルに置き、アンティークチェアに座ってパラパラ。
「……(ニコニコ)」
「……、……君は読まんの?」
「瓏さんを見てますのでお気になさらさずっ」
テーブルの向かい側で両手肘付きの体勢で僕を覗いているクノミちゃん。
少なくともそれよりはトリコでも読んでた方が楽しいだろうに。
言われた通り彼女の視線は気にせず、それから二〇分ほど静かな時間が過ぎて行って
ピーッ!
唐突な、笛のような音で、集中が途切れた。
音の出所はすぐに見つかる。
ダルマストーブの上に置かれたヤカンだ。
……あんなの置いてあったっけ?
「あっ、お湯が沸いたみたいですね。一休みにコーヒー飲みます?」
「うん、貰おっかな」
「お任せをっ」
ギギッと椅子を引いて立ち上がり、早足でストーブに向かうクノミちゃん。
今更だけど、紙だらけの図書館に湿気ばらまいてOKなのかしら?
まぁ本は女将さんの私物だろうし、少しヘタっても読めなくなるわけじゃないし、いいのか。
……ん? ストーブの上……ヤカンの他にも何か上に載ってる?
気になった僕も腰を上げ、ストーブの元へ。
「あれ? すぐにお淹れしますんで座って待ってて頂ければ(ゴリゴリ)」
「まぁ気分転換にね。それより、何だろう、その【アルミホイルの塊】は」
「何でしょーねー。多分、女将さんが『用意してくれた』物なので、食べてもいいやつですよっ(ゴリゴリ)」
「やっぱり食べ物か。こういう石油ストーブの上に食べ物を置いて温めるの、風情があっていいよね」
「はいっ。たまに女中のみんなで干し芋とかお餅焼いたりしてますよー。女将さんも夜とかにタラコやスルメを炙ってるのを見ますっ(ゴリゴリ)」
「おっさんみたいな女将さんだなぁ」
しかし、女将さんが用意してくれた、か。
いつの間に来たんだろ?
「ささっ、用意出来ましたんで再び席にどうぞー」
「はーい」
席に戻ると、クノミちゃんは机の上にコーヒーカップ、アルミホイル、コーヒーミルを置く。
「味は良く分かりませんが淹れるのは上手いと女将さんに褒められるんですよ、私っ」
さっきからゴリゴリとミルで豆を挽いていた彼女はカップに紙フィルターをセットし、粉末豆を投入。
コポポ…… ヤカンからお湯が注がれると、すぐに香ばしいかおりが鼻をくすぐった。
同時に、館内に流れ出すしっとりしたクラシックのBGM。
結露する窓、可愛い袴娘、ノスタルジー。
さながらここは純喫茶や。
「んー(クンクン)……ん。良い豆を使ってるね」
「はぇー、瓏さんも違いの分かる方ですか?」
「いや? 僕もコーヒーの味とか分かんないけど? 普段は牛乳と砂糖たっぷりだけど」
「私もですっ、お揃いですっ」
「アルミホイル開けていい?」
「どうぞっ」
指で突くといい感じにアチアチ。
ホイルを開けると、フワッと中から湯気と共に甘い香りが漏れ出て……。
「ふむ。スイートポテトかな?」
「みたいですねー。フォークをどうぞっ」
狐色の長細いスイーツ。
小腹を満たすにはピッタリなオヤツだ。
なんとなく今は体内時計的に一五時っぽい気がするし、嬉しいお裾分け。
サクッ……フォークで一口大に切り分け、パクリ。
うん……ねっとりした食感、洋酒の大人な風味、僕好みの控えめな甘さ。
ズズッ……やはり、苦めなコーヒーにも合う。
しかし、女将も解ってるなぁ。
お洒落なケーキじゃなく、シンプルなスイートポテトとは。
この質素さの暴力に、否応なしに落ち着いた気分になってしまう。
「……(ポー)」
「ん? どしたんだい、アホヅラ晒して」
「ハッ! い、いやぁー、絵になるなぁって。コーヒーを飲む様も本を読む様も、まるで一枚の絵画のように心奪われますっ」
「読んでるのは血生臭い格闘漫画なんだけどなぁ。――ま、僕が美しくて魅力的なのは当たり前。生物の頂点かつ魅力の塊なドラゴンなんだから」
「うふふ、そうですよねー」
「こいつ、信じてねぇな」
「あ、でもドラゴンと言えばっ」
クノミちゃんは席を立ち、なにやら絵本のある棚を漁り始め……「あった!」
一冊の絵本を取って戻ってきた。
「女将さんが昔読んでくれた絵本で、大好きなやつがありましてー」
『異世界に一人の魔王がいました。
その魔王はとても強いドラゴンで、敵無しで、その世界を飽いていました。
なので、魔王は魔王軍諸共別の世界へ飛び立ちました。
その新たな世界は魔王の理想郷でした。
対等に強い敵が居て、気候も良く、文化も栄えている。
世界征服をする為には準備が必要です。
手始めに、魔王は軍と共に【遊園地】を作りました。
周りの警戒心を解いて油断させ、同時に資金も稼ごうという完璧な作戦です。
――それからなんやかんや十年以上の時間が経ち、魔王は子を一人産みました。
魔王に似たなんとも可愛らしい男の子で、その子は周りに愛されすくすく育ちました。
そんなある日、その息子は魔法を使います。
魔王の血筋を証明するかのような、魔王の資格足り得る『時を操る魔法』を。
その魔法を、息子はうっかり自分に使ってしまったのです。
気付いた時には……息子は過去へと飛んでいました。
その過去とは、自分が生まれる前、十数年前の世界でした』
「と、まぁプロローグはこんな感じのお話です。この後の展開は壮大でスペクタクルで時には切なくて、母と子の愛を描いた感動的なお話なんですよー」
「ああ、それ僕のママンとお兄の実話だよ。絵本の作者は僕の叔母さんでね」
「またまたー、あははっ」
「全く。はい、あーん」
「あむっ!? んっ、んっ……」
「スイートポテト、おいし?」
「んっ!」
「そ」
コーヒーを一口。
甘いものを口にしてないのに、この甘ったるい空間のおかげで苦味も辛くない。
「さりげなくやられましたが、いいですよねー、あーんって。少女漫画みたいですっ」
「なんだい、やっぱり憧れるもんかい、少女漫画シチュに」
「それもですが、学生生活なんかは見てて楽しそうと思いますよっ」
「ふぅん。でも世の学生さんらを見ると、勉強はつまらなさそうだがねぇ」
「そうなんですか? 私や他の女中さんらでたまにここで勉強会しますけど、楽しくやれてますよっ」
「楽しく学べるのはいいねぇ」
……でも、ここの女中さんらが学校に復学するのは可能なんだろうか。
やはり何の為に、彼女達は『ここに居る』?
「瓏さん?」
「うん? ああ、なんでもないよ。それで、君は学校に行けたら何がしたい?」
「一番は青春ですねぇ。恋愛して、さっきみたくあーんしたいしされたいですっ」
「結局色恋かぁ、女の子だもんねぇ。じゃあ、予行練習しようか」
「れんしゅー?」
「どうもここの子達は男に耐性が無さそうだし、いきなり君みたいな美少女が学校に現れたら、ここぞとばかりに言い寄られて男に恐怖し楽しい学校生活じゃなくなるかもしれない。だから、男に慣れておこう」
「成る程、名案ですねっ」
せやろか? 割と無茶苦茶な提案だが。
「なにをすればいいんです?」
「シチュエーションを決めよう。どっちかが先輩後輩シチュと同級生シチュ、どっちが良い?」
「イチャつけるのはどっちですか?」
「僅差で同級生かな」
「同級生で!」
「個人的にはアホな元気っ子後輩シチュが好きなんだけどなぁ。じゃ、舞台は場を活かして図書館。時間は放課後。僕らはそこそこ仲良い同級生の男女。はい用意、スタート」
「ふぅ、今日も授業疲れたねぇ。やっぱり図書館は落ち着くよぉ」
「瓏さんっ、チューしましょ!」
「飛ばしすぎだよ、フルスロットルか。流石にそこまでグイグイくる少女漫画はねぇぞ」
まぁキスから始まる少年漫画やセックスから始まる少女漫画も……いや、後者は年齢層少し高めのか。
「もう、クノミちゃんの冗談は相変わらず面白いなぁ。そんな事色んな男の人に言ったら勘違いされちゃうよ?」
「誰にもは言いませんよっ、瓏さんだけにですっ」
お、そうそう良い感じ。
敬語同級生や先輩属性も個人的にグッド。
「というか、瓏さん以外の男性と話す気も興味もありませんっ」
「重いなぁ、まだ付き合ってねぇぞ?」
「なら付き合いましょう!」
「ノリノリだなぁ、ギャグ漫画だなぁ」
ここは強引に軌道修正しなきゃ。
「やっぱり、クノミちゃんは田舎から来た(という設定)から少し変わった感性をお持ちのようだ。普通の男女はもっとこう、ゆっくり関係性を縮めていくものなんだよ(知らんけど)」
「そーなんですか? 私はもう既に、出会って間もない瓏さんとイチャイチャしたいのですが」
「それは男の人に警戒心が無いからさ。ちょっとこっちおいで」
「ッ! はいっ」
餌を前に出された犬のようにハッハッと駆け寄るクノミちゃん。
「男と女とでは全てが違う。匂いも、体格や体の柔らかさも、思想も。だから実際、男の僕が君に『触る』って解らせるのが手っ取り早い。その時、少しでも『違和感』や『受け付けない』と思う生理的反応が大事なんだよ」
「難しい事は分かりませんが、兎に角早く触って下さいっ」
「はいはい(ポフンッ)」
「んっ……」
僕は立ち上がって彼女の頭に手を載せると、気持ちよさそうに目を細めて。
そのままグイッと引き寄せ、抱き締める。
「んんっ……ぁっ……」
そのまま、首裏、背中、腰――
「ふふ、どんどんやらしくなる手付きに、君も引き始めたんじゃない? もし、このまま触られ続けても不快じゃ無いと、もっと触って欲しいと思えたなら、その男への思いは本能的に本物かもね」
「ぁぁん……もっとぉ……(クンクン)はぁ……頭がクラクラして気持ちいいですぅ」
「うわきも」
思わずバッと離してしまった。
「むぅ! なんで終わるんですか! もっともっと!」
「考えたら僕って魅力過ぎるから男としてのサンプルには適さないんじゃ無い?」
「確かに!」
納得した所で図書館でのお世話は終了。
大変素晴らしい場所であった。
さぁて……チラリと窓の外を見る。
もう夕方が近付いて来たな。
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