6 【EP3】
【EP3】
「さっ。夕飯の準備ですっ」
「あ、やっぱり今夕方なんだ」
と、なると、僕がここに来たのは昼過ぎか。
「てゆうか、時計とかカレンダー無いの?」
「時計? ……ああ、時計ですか。考えたら今まであまり『意識して来なかった』ですねぇ。カレンダーもです。女将さんなら持ってるかもしれませんが」
「なら時間とか暦はみんなどう判断してるの?」
「『何となく』じゃあないですか? 暗くなれば寝て明るくなれば起きて……暦は……この場所、一年中『雪が降ってる』から分からないんですよねぇ」
「原始人みたいな暮らししてんな」
「でも、女将さんがみんなの誕生日や大晦日とかを『〇〇日後だから』って事前に教えてくれるから、困った事はないですねぇ」
ああ、そう。
なんかもう色々と『女将さん』が握ってるって事ね。
「それで、夕飯は凄いご馳走を期待していいのかな? この場所の特産品とか」
「はい! 私の愛情たっぷりカレーです!」
「……それは、特殊なスパイスや珍しいお肉を使ってるとか?」
「ふふっ。それは出来てからのお楽しみっ、ですっ」
口元で指を立ててウィンクするクノミちゃんに、僕は少しイラッとした。
そんな僕の繊細な心の機微など察せるわけもなく、彼女はドア横にあった黒電話をガチャリと取って、
「はいっ。カレーの材料一式をっ。はいっ、よろしくお願いしますっ」
どこかに電話する素振りを見せ、ガチャンとすぐに通話を終えた。
「誰?」
「女将さんですっ。すぐに用意してくれると思いますよっ」
トントン 直後にノックされるドア。
「ほらっ、来ましたよっ」
「流石に早くない? でも、確認はしとくか」
ガチャリ 扉を開くと……台車と、その上には食材一式。『それだけ』。
誰もいない。
気配すら感じない。
相変わらずの静かで薄暗い廊下。
「んー(クルッ)ほんとはこの宿、君が一人で経営してるんじゃない?」
「アハハ! どーゆー意味ですかー」
台車を中に入れ、ドアを閉める。
「いや、他にも人が居たとしても、事前にカレーの予定伝えてたんでしょ?」
「言ってませんよー。女将さんは仕事が早い方なんですっ」
「早すぎるよー。あーあ、女将さん、見たかったのになー」
「むっ。だめですっ。女将さんはスッゴイ美人さんなんですから、並ばれたら私が惨めになっちゃって瓏さんもそっちに靡いちゃいますっ」
「僕はそんな浮気性じゃないけどそう言われると意地でも見たくなるなー」
「ダメったらダメですっ」
ガチャリ。
クノミちゃんは部屋の鍵を閉め僕を閉じ込めた。
ば、馬鹿な……内鍵だから簡単に開けられるのに……!
「さっ、カレー作りますよっ。瓏さんは期待して待ってて下さいっ」
「暇だし手伝うよ」
米の入った袋を持った僕に「一人で出来るのにー」と彼女はほおを膨らませた。
――ワンルームなこの部屋にはダイニングキッチンのようなエリアもあるので、僕らはそこへ移動。
「なんでもあるねーこの部屋には。このまま暮らせそうだ」
「構いませんよっ。何泊してもいいと女将さんには言われてますっ」
「裏がありそうで怖いなー」
シャカシャカと冷たい水で米を研ぎつつ僕は身を震わせた。
果たしてここから無事にお帰り出来るのかしら。
「私も色んな料理を振る舞いたいですねー。肉じゃがとか、シチューとか(トントン)」
「味違うだけで材料一緒だなー。あ、クノミちゃん、ジャガイモは僕好みにも少し大きく切って」
「はぁい」
「あ? 何牛肉入れようとしてんだ、カレーには豚だろっ」
「えー。普通牛でしょー。豚なんて貧乏臭いですっ」
「てめぇ東北人を敵に回したな!」
仲良くテンポ良く進む調理。
カレーの他に海藻サラダやミネストローネなんかも付けちゃったりして……それほど減ってなかったお腹も、急に疼いて来た。
「この女将さん特製らっきょうも美味しいんですよっ。んー……はあ……ヴぅぅ……はぁっ! 相変わらず瓶の蓋が硬すぎますっ」
「そう? ふんっ(パカッ)えー、別に普通じゃーん」
「す、凄いっ! お姉様達も開けられなくていつも女将さんに開けて貰ってるのにっ」
「こんくらいでヨイショするなよ、異世界転生もの主人公じゃねぇんだぞ僕は」
「やっぱり男の人は凄いですっ。女の子だらけの宿ですので……一人くらい男手が欲しいですね……? (チラチラ)」
「隙あらば引き摺り込もうとするな『雪女』め(ピシッ)」
「いたっ! えへへー」
デコピンされたのに嬉しそうだなんて変な子だなぁ。
――料理をテーブルに運び、お互い向かい合わせに席に着く。
中央に置かれた蝋燭の頼りない灯りがまた良い雰囲気を出してる。
「わぁー。予定してたご飯より色とりどりな感じになりましたっ。なんかご飯も黄色いやつになってますしっ」
「ターメリックな。なんてーか、欲しいと思った物が『都合良く』冷蔵庫に入ってたんで張り切っちゃったよ」
「料理も出来る男の人ってカッコイーですねぇ。益々ここから『逃したく』なくなりましたっ」
「正体現したね。さっ、いいから食べるよ」
「いただきまーすっ」
パクッ。
うん……うん……割と普通のカレーだ。
「んーおいしいっ! かねこりの館特製カレーの隠し味の【◯はんですよ】がいい味出してますし、らっきょうも合いますっ。あ、豚肉も悪くないですねー」
「でしょ。(ズズッ)ん、ミネストローネもいい感じ」
「へへへ……これは『とっておき』を開ける時ですねー」
氷の入ったワインクーラーから一つの瓶を取り出し、
「女将さん手作りの【コキュートスの滴】、行きますよー」
「待てバカそれポンッてなるやつだろ」
危機を察した僕は瓶の先端を抑え、洗面台までクノミちゃんを引っ張る。
ポンッ シュワアア…… 案の定スパークリングな中身。
「こらっ(ポカっ)危なかっただろ」
「ふひひ、すいません」
テーブルに戻り、瓶の中身をお互いのワイングラスに注ぐ。
ただのべっこう色の炭酸水……では無いだろう。
「これが美味しいんですよー」
「因みに、この飲み物は?」
「しゅわしゅわぶどうジュースですよー(クィッ)ぷはー。しみますぅ」
「ぅん……(クイッ)……ぅん。上品なぶどうの香り、ほどよい甘さ、大人向けな苦さもある後味……判断つかねぇな」
ってやべ、普通に飲んじゃった。
睡眠薬とか痺れ薬とかの毒入りだったらどうしよ?
あ、僕には『そういうの効かない』んだった。
『家庭の事情』でねっ(キリッ)。
「んふふぅ(ゴクゴク)はぁ……何だか不思議な気分ですぅ……今日初めて会った殿方なのに……体がポカポカして……みんなと居る時とは違った安心感があるというか……でもこうして見つめていると心臓がドキドキして……(うっとり)」
「やっぱこれアルコールじゃないの?」
「瓏さぁん……」
ガタガタと椅子ごと僕の隣にやって来たクノミちゃん。
「んふふふ……瓏さぁん……呼んだだけー」
「うわウゼェ」
謎のしゅわしゅわジュースのせいでウザ絡みがより強力になった。
「瓏さんの唇……おいしそう……チューしましょーチュー(ンー)」
「はいはい、水入りコップにチューしましょーねー」
「んー(ゴクゴク)はぁ……いけずぅ」
「もうお腹いっぱい? なら少し横になりましょうねー」
「はーい」
ヒョイと再びお姫様抱っこをして、ソファーに寝かせる。
「やーだーまだ寝ーなーいー。あー、でも瓏さんも一緒に寝てくれるならー」
「寝ないから。君は寝てもいいけどそのまま朝まで寝ちゃったらこっそり帰るからな」
「帰っちゃやーだー。寝ーなーいー……グゥゥ」
寝た。
「さぁて。んー……はぁ。さて」
体を伸ばし気持ちを切り替えた僕は、『下準備』をした後、そのまま部屋の外を目指した。
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